第34話お絵かきしてみる

 落書きの延長で、「艶漢」(あでかん)(尚 月地/作)の模写をしていたら、「艶漢」のすごさにはまってしまった。

 まず、目、唇が艶やか。

 いくら注意しても、アニメの真似をしていた頃の癖が抜けずに、スカッとした印象になってしまう。

「艶漢」はそうではない。制服などを着ていなくとも、この人は「警官」だなと思わせる目。きれいごとだけを見てきたのではない、暗い世界を見据える目。

 具体的に言うと、アイキャッチという目の光がすごく小さい。切れ長で陰りのある三白眼。顎を引き眉を吊り上げてじっと睨みつけてくる感じ。「許さないぞ」と言っている。実際彼は、だらしないのがぜんぜん許せない熱血正義漢。それが一巻の表紙の山田光路郎(やまだこうじろう)巡査である。鼻筋と唇にハイライトがつやっと。

 一見して地味なのに、油断も隙もなく美形である。

 そして唇。すごい。前歯八本がしっかりしている人であることが、引き結ばれた様子からわかる。何勉強してきたんだこの人!? って驚く。人体模型図? 解剖図? なにを標本にしたら、こんな美しい、というかセクシーな唇が描けるのだろう?

 あんまり惚れこまないようにしないとな、と決心する。

 だって、わたくしはコピー魔だから、入れ込むとパーフェクトに模写するまで我慢できなくなるのだ。トレースだってかまわない。

 しかしそれをしてしまうと、感性が育たない。感受性が働かなくなってしまう。

「パーフェクトにコピーできるということは、その人と同等のレベルだと言うことだ」

と、父だか教授だかが言っていた。完璧にコピーできるということは同じものが描ける力をもっているのだと。

 だけどわたくしは同じなんてつまらない。コピーしきったと思った瞬間、その絵に興味を無くすのはよくあることで。わたくしは鑑賞するときにすごく損をしている。

 たとえば、モナリザの絵は本物が四枚あると言われているが、四枚並べられたら、わたくしは本物を見分ける自信がある。模写をした人の、モナリザへの渇望、理想、憧れ、熱意、そんなものが無意味に思えるほど残酷に。そのときわたくしは完璧な傍観者になるのだ。絵を描く面白さ、探求心、満足感からは程遠いところにいる。むなしい。本物しか認められない。模写作品にも見るべきところや、新たな試みがあるのだとしても、ミリ単位で偽物と思うとみる気を無くす。

 違うんだ。

 わたくしが求めているのは。

 いつまでも手の届かない憧れで、奥深く、深淵な存在に圧倒されつつも惹かれ続けていたい。そのすごさをまざまざと感じていたい。

 だから、まずはパーフェクトな模写に至るまで、多少の苦労を経験してみたい。

 おのれの未熟さに打ちのめされ、このままじゃダメだと落胆したり、また自分の新たな希望を見出したりしたいのだ。そのうえで、自分にふさわしい表現を身につけたい。

 というわけで、漫画初心者用のテキストを取り出してみる。部屋を掃除してたら出てきたのだ。真ん中までやりかけていたので、最初から始めてみることにした。

 うんざりするほど、基礎をやった。

 だが、これが「艶漢」に通じる道なのだと思えばつらくない。

 今日は、ぐっすり寝られそうだ……。

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