パンドラの箱

白黒音夢

プロローグ



 走る。走る。走る。

 一階から二階。

 二階から三階。

 一気に駆け上がる。

 三階まで来たけどここで終わりではない。三階の上には屋上と呼ぶべき場所があるのだ。階段と言うには物足りない、たった十段にも満たない段差を上るために足を動かした。

 上り終えた僕は鉄製の重たい扉を前に一際大きな息を吐いた。


「やーっと着いた」


 ぜえはあと荒い息を吐きながらもポケットに手を突っ込み急いで鍵を取り出した。

 屋上へと続く扉の前には、馬鹿でかい文字で立ち入り禁止と表記されていた。

 つうか立ち入り禁止ってなんでなんだろう。危険だからかな?


「こういう文言って誰がなんの為に考えるんだろうね」


 思わず独りごちてしまったけどもちろんこの場所には誰も居ない。

 いやまあそれにしても、このゴシック体はダセえにも程があるよなあ。申し訳程度に添えられているちゃちなイラストを尻目に僕は鍵を差し入れて回した。そのまま押し開けようとし、その瞬間手首に鈍い痛みが走った。


「痛っえ……」


 手首を少し痛めていることを思い出し、片手で開けるのを躊躇して体重を掛けるようにして扉を開いていった。ギチギチと音を立てるのは、多分定期点検に訪れる人くらいしかここを開けないからだろう。

 飛び込む光に目を細めながら僕は屋上へと歩みを進めた。

 その瞬間背後からドタドタと複数の足音が聞こえ、慌てた僕は扉を閉め、鍵をした。そしてそのまま戸の前に座り込み、目を閉じて小さく笑みを浮かべた。

 扉に誰かがぶつかったのだろうか、ドンと大きな音を立て扉が揺れた。衝撃で少しだけ僕の身体も揺れた。


「開けろ!」「おい悠太ゆうた!」「こんなことして分かってるんだろうな!」「鍵は何処だ!?」「あいつが持ってます!」


 教師達の声が蝉時雨のように響いている。ウザったいなあ。

 それよりも……


「ホント、良い天気だ」


 手を虚空に翳しながら晴れ渡る空を眺めた。澄み切った青空とコントラストを描くようにして真っ白な入道雲がたゆたっていた。照り付ける太陽も何処か気持ちが良くて、意外に暑さを感じなかった。


「暖かいなあ」


 扉にもたれかかって再び目を閉じた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る