6
ウティマをのぞく六人が、室寺の車に乗って歴史博物館へと向かった。問題のオルゴールを直接調べるためである。当然ながら、職員である久良野桐子に対しては、事前にナツから連絡をいれてあった。
電話で話をしていたナツは、「……いや、それはいいから。とにかく、詳しいことは会って話すから、よろしく」と言って、ドアを無理に閉めるみたいに通話を切った。何となく、話の内容が想像されるようでもある。
六人は博物館に着くと、すぐに受付けへと向かった。ハルとアキにすればここに来るのはそう久しぶりのことではなかったが、ひどく印象の質感が違っている。知らないうちに、絵の題名が変わってしまったみたいに。
玄関ではすでに桐子が待っていて、横にあるロビーで話をするということだった。彼女はさすがに戸惑った様子で、事態をどうとらえていいのか迷っているようだった。集まった六人のうちには、千ヶ崎朝美の姿もある。
「――オルゴールについて調べたいということでしたが、いささか困っています。私は魔法使いじゃありませんし、話の事情についても完全に理解したとは言いがたいところです。しかも問題の品は寄贈品でもありますし、博物館で自由に扱っていいものでもありません。いくら可愛い息子が懇願してきたからといっても、そう簡単には許可しかねますが」
懇願などしていない、とナツは言いたいところだったが、そんなやりとりをしている場合ではない。
「お話はもっともですが、これは緊急を要することです」
と朝美は言って、桐子に対して一枚の名刺を渡した。
「どうしてもというのでしたら、そこにご連絡ください。不都合やご不満があれば、そちらのほうで処理させてもらいます」
桐子は黙って、差しだされた名刺に目を通した。主に、その所属所管について。そうしてちょっと眼鏡を直したあと、どこかの蔵で発見された珍しい史料でも眺めるみたいに朝美のほうに視線を移した。
「――わかりました、とりあえず上司と相談してみます。そのあいだに、みなさんは目的の場所に移動してください。場所は……ハルくんとアキちゃんなら、わかるわよね?」
言われて、二人はうなずく。それを確認すると、桐子は事務室かどこかへ向かって去っていった。六人は指示されたとおり、先にオルゴールのある特別展示室へと向かう。
二階にある展示室には、人の姿はどこにもなかった。オルゴールの演奏は終わっていたし、閉館時間もそろそろ近づきつつある。空間をつなぎとめていた糸がほどけ、ばらばらになっていくような雰囲気だった。
「これが、問題のオルゴールというわけか?」
机に置かれたそれを見て、神坂は言った。確かに、画像で見たのと同じものが存在している。
「だが、これがいったいどうしたというんだ? 三本目の樹はどこにある?」
訊かれても、「さあ……」としかアキには答えようがない。外から見ただけでは、特におかしなところは見つけられなかった。
やがて桐子がやって来て、上司の許可がおりたと報告する。オルゴールについて自由に調べてよい、ということだった。
「うちの館長、あの名刺を見せたら引っくり返りそうなくらい驚いてたわね。それこそ、達磨も二度と起きあがれそうにないくらい」
と桐子は愉快そうに笑う。
「――で、あなたたちは何を知りたいわけ?」
訊かれて、六人は顔を見あわせた。ともかく、まずはこのオルゴールが暗号の鍵になっていることを確定する必要がある。
「とりあえず、蓋を開けて中身を見せてもらって構いませんか?」
と、朝美が慎重に考えながら発言した。
了解、と言って桐子はオルゴールの蓋を開ける。中はガラス板で仕切られていて、その向こうに、真鍮色をしたシリンダーや各種の装置が組みこまれていた。ちょっとした金属の臓物、といったこところである。そうして蓋の裏側には、曲名を列記したらしい簡単なキャプションが貼りつけられていた。
題名の一番目には、「The tree」と表記されている。
六人は、ほぼ同時に顔を見あわせた。
「やっぱり、そうじゃないですか」
とアキは勝ち誇ったように神坂のほうを見た。
「らしいな」神坂はオセロにでも負けたみたいに肩をすくめる。「蓋の表面に二本あって、これが三本目というわけだ」
けれどそれは、多少皮肉な話でもあった。もともと、鴻城希槻は櫻のためにそれらを寄贈していたのである。彼女が目覚めたときにも、すべてが同じ状態であるように。しかしそれは、彼が最後まで解けなかった暗号の鍵でもあったのだった。
「これが暗号の鍵だとしても――」
フユは五月踊りでもするような二人に対して、雪山の厳しさで言った。
「どこに差しこめばいいのかしら?」
キャプションにあるほかの曲名に、特におかしなところは見あたらない。内部機構や、箱の形状、無数のピンが生えたシリンダーや、ピアノの鍵盤にあたる櫛歯についても同様だった。結び目はまだからまったままらしい。
「このオルゴールに、何か変わったところはありませんでしたか?」
と、朝美は桐子に向かって訊ねてみた。
「展示の前に技師のかたにも見てもらいましたけど、別に気がつくようなことはなかったですね。高価な物ではあるけれど、オルゴールとしては一般的なものです。部品も、構造も、特に変わったところはありません――」
桐子は難しい顔をしながら言う。
実際、ハルとアキの二人はそれが演奏されるところも聴いていた。けれどその時にも、何も変わったことは感じられずにいる。これが鍵であることは間違いなさそうだったが、それはよほど特殊な形をしているらしい。
そうして六人とも、オルゴールを前に考えこんでしまった。難解な神託について、あれこれ思いを巡らすみたいに。けれど大抵の場合、そうしたお告げは実際に事が起こってみないと意味のわからないものだった。
「どうも、手詰まりって感じだな」
ナツは降参するように、ため息をついた。これ以上の思考は、両手をばたつかせて空を飛ぼうとするのに似ていた。
「……仕方ない、ここは専門家に任せるとしますか」
しばらくして、アキはふとつぶやくように言った。
「専門家?」
ハルが怪訝な顔をする。
「そう――」
と、アキは指を立てて、ひどくまじめな顔で言った。
「暗号好きの乙女に、ね」
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