この時間、城址公園にはさすがに人影はなかった。

 日増しに密度を増していく冬の濃く重い暗闇が、あたりを覆っている。空は雲に閉ざされ、月明かりもない。公園のあちこちに立てられた水銀灯だけが、冷たい光を放っていた。

 フユの足元では玉砂利を踏む音が、まるで硬い雪の上でも歩くみたいにして響いていた。水銀灯のそばで足をとめて、フユは白い息を吐く。誰かに言いそこねた言葉みたいに、白い塊は暗闇の中へと消えていった。

 歩きながら、フユは妙なものだと思った。奈義にはじまったつながりが、予想外の経路をたどってまた元に戻っている。それがいったい、何を意味するのか。

 やがてフユは、遊具の置かれた小さな一画にやって来た。中央の明かりが全体を冷ややかな光で照らしている。まるでそこだけが、月の裏側とでも直接つながっているみたいに。

 公園にあるブランコのところに、人影が一つあった。誰かを待っているような、誰かに助けを求めているような、そんな――

「こんなところで何をしてるの、奈義真太郎?」

 フユが声をかけると、その男は座ったまま顔をあげた。

「よくここがわかったな、フユ」

「あんたと同じ魔法を使ったのよ」

「俺と?」

 フユはポケットから、あるものを取りだした。つぎはぎにされた犬のストラップである。

「それは、あの時の?」

「ええ、どこかの作家に飼われてた、フォックステリアみたいではないけれど」

 そう言って、フユは少し笑った。

「……これを私に渡したときのこと、覚えてるかしら?」

「やるよって言ったら、いらないって言ったな」

「そう」フユはストラップをポケットにしまった。「その時、このストラップのがどうなったかわかる?」

「…………」

「あの時、沢谷ゆずきから関係を切られたこのストラップは、その所有権をあんたに移した。そしたあんたはそれを私にやろうとしたけど、私は断わった。つまり、このストラップの持ち主は奈義真太郎というわけ」

「〝追跡魔法〟か」

「あんたの〈境界連鎖〉と同じ、ね。でも、本当は違う。あんたのはそれとは別のものだった」

「…………」

「思えば変なものよ。私がはじめて弓村桐絵を訪ねたとき、そこには宮良坂統のところにやって来たあんたがいた。その宮良坂統は、たまたま弓村桐絵の主治医だった。何もかもがつながっている。そしてその本当の中心は、

「面白そうだな」

 と、奈義はブランコに腰かけたまま、いつものようなとぼけた顔をする。

「どういうことか、説明してもらおうか」

「――そもそも、これは話のはじめからおかしかった。いるかいないかもわからない魔法使いを探せ、なんていうところから」

「魔法使いの発見は、結社の任務としてはおかしなことじゃないはずだが」

「確かにそうよ」フユは逆らわなかった。「でもやはり、不自然なことには違いない……そう、まるで魔法使いのいることが

「…………」

「その辺のことは、よくわからない。でも確かにわかっていることが一つある。それはあんたがある時点から、沢谷ゆずきが魔法使いだと気づいていたこと」

「俺が? 彼女を? いったいいつからだ」

「おそらくそれは、例の自販機の話あたりからでしょうね」

 フユは奈義の前に立ったまま続ける。

「あの時、あんたは予感した。その自販機を使えなくしたのは、彼女が無意識に魔法を使ったせいじゃないのか、と。そして駅前で頻繁にライブを行っている彼女の行動範囲は、例の地図とも一致する」

「それはすべて、推測にすぎないな」

「――あの時、あんたが何て言ったか覚えてる?」

「何?」

「はじめて彼女のライブを聞いたあとでのことよ。あの時、あんたは質問するときにこう言ったわ。『どんなやつが関わってるんだと思う?』――このセリフ、おかしいわよね」

「…………」

「沢谷ゆずきは魔法も、魔法使いのことも知らないはずだった。それなのに一連の現象のことを訊かれて、それをだと考えるのはおかしい。でも、沢谷ゆずきはその質問に疑問を持たなかった。彼女はすでに知っていたからよ。それらの原因が、自分なんだということを。そしてそれを確認するために、あんたはあんな質問をした」

「彼女は適当に答えただけかもしれない。ライブのあとで疲れていただろうしな」

「でも、は間違いない」

 フユはさらに言葉を重ねた。

「それに、おかしなことはまだある」

「何のことだ?」

「ストラップのことよ。あんたが〈境界連鎖〉とやらの魔法で彼女の跡を追ったっていう、あの」

「別におかしくはないだろう。現にそいつは彼女の持ち物で、だからあの時も道の先で待ち伏せすることができた」

「おかしいのよ、それが」

 フユは首を振った。まるで子供がいなやをするかのように。

「あんたはどうして、使わかったの?」

「…………」

「まさか、落とすところを目撃したわけではないでしょう? つまりあんたにはそれが魔法使いのものだとわかる、何か理由があった。そもそも、こんな小さなストラップを夜中にそう簡単に発見することができるかしら?」

「……何が言いたい?」

「あんたが見つけたのはストラップだけじゃなかったってことよ。それが沢谷ゆずきのものだとわかる、何か別のものといっしょだったはず。そして思いかえすとあの時、逃げる彼女は当然持っているべきはずのものを持っていなかった。それは、ギターよ」

「…………」

「おそらく酔っ払いから逃げるときに、邪魔にならないようにそれをどこかに置いていったんでしょうね。あとで回収するつもりだったはずのそれを、あんたが偶然見つけた。ギターを見つけたあんたにはすぐにわかった。そのギターの持ち主と、誰が魔法使いなのかが」

「なかなか面白いな」

「――でもあんたはそれを、私に隠してた。二度目の追跡のとき、彼女が私に警告したのはそのことだった。彼女はあんたに自分の正体がばれていることを、すでに知っていたのよ」

 奈義はしばらく黙っていたが、やがて言った。

「何故、俺がそのことをお前に隠しておかなくちゃならない」

「あんたには別の目的があったからよ。本当の目的が」

 フユは即座に返答する。

「本当の目的……?」奈義は愉快そうに言った。「何なんだ、それは」

「一言でいうなら、ね」

「俺はそれほど情熱的な人間じゃないな」

「でも伊沢政志のことでは、そうではなかった」

「…………」

 奈義は口を閉ざす。

「問題は、あんたが弓村真花と沢谷ゆずきの両方に接触のあったことだった」

 フユは淡々とした口調で続けた。

「本屋のバイトをしてたっていう、そのことでよ。二人はそこであんたと出会い、一人は魔法使いになり、もう一人はその魔法に変化が生じた……大胆な想像をすると、こんなふうに考えられる。あんたはその二人に、みたいなものを渡したんじゃないか、と。おそらくそれは、複数人に対して無作為に行われた。いざというとき見つけやすいように、同じ中学の生徒を対象にして」

「…………」

「魔法の核は、誰に与えても結晶化する、というものではなかったんでしょうね。だからあんたはそれを、できるだけたくさんの人間にばらまいた。結果として、沢谷ゆずきには魔法の素質が現れ、その副産物としては弓村真花の魔法に変化を起こした。けどあんた自身には、誰にどんな魔法が生まれるかはわからなかった」

 フユはポケットから、携帯端末を取りだした。結社の人間にだけ使用可能な、見ためには何の変哲もない代物。

「これであんたに連絡をとろうとしたのに、電話はつながらなかった。でもそれはおかしい。結社の〈悪魔試験〉を受けた人間であれば、問題なく連絡はとれるはず。これはまるで、そうではない人間みたい――」

「〈悪魔試験〉を解くことはできない」

「普通なら、そうでしょうね」フユは静かに言った。「でも同じようなことを、私は知っている。私の〈断絶領域〉を解除したのと同じようなことを。例の〈孤独証明〉なら、それができるはず」

「…………」

「あんたは〈悪魔試験〉を解くための方法を探っていた。そして自分の魔法を使って、。一つの中学に限定して、都合のいいようそこに通う私を仲間にして」

「結社に復讐するために、か」

「そうよ、五年前の爆発事故。たぶんそれは、結社が起こしたものだった。だから今回のことは、最初からあんたが仕組んだことだった。すべての関係は、みんなあんたをはじまりにしていた――!」


 あたりは沈黙に覆われていた。水銀灯の光が雪のように地面に積もる音が聞こえる。銀色をした見えない蝶が、すぐそばで羽ばたくような音だった。

 奈義はそっと、一滴の水を零すようにして言った。

「確かに、俺の魔法が〈境界連鎖〉だなんていうのは嘘だ。あれはただの〝追跡魔法〟だよ」

「…………」

「〈幻想代理クラウン・ギフト〉――それが俺の魔法だ。お前の言うように、〝人に魔力を与える〟魔法だ。その結果、特殊魔法に目覚める人間もいる。そしてその場合にはもう一つ、〝与えた魔力を魔法といっしょに取りもどすことができる〟」

「沢谷ゆずきの様子がおかしくなったのは、そのせいなの?」

 フユは彼女の友人だという女子生徒に聞いた話を思い出している。

「ああ、そうだ。彼女の魔法は今は俺が持っている。それを使っていくつかの記憶を消した。彼女はもう何も覚えていないし、害もない。魔法がなくなれば、ただ少し孤独なだけの、ごく普通の女の子でしかないよ」

「弓村真花のことは?」

「あれは俺も予期せぬ事態だった。魔法使いがそうごろごろいるもんじゃないからな。もっとも、彼女自身はそれを拒みはしなかったが」

「……会ったことがあるのね、真花と?」

「魔法のことについて訊かれたよ。彼女は気づいていたんだな、俺が魔力を配っていたことに。それがどういうものなのか、その効果がいつまで続くのか、そんなことを質問されたよ」

 そう――

 弓村真花がフユにこだわった理由の一つは、そのことだった。奈義の正体を知るために、彼女はフユとの関係を維持したほうが好都合だったのである。

(もっとも、それだけではないんでしょうけど……)

 もういなくなってしまった少女のことを考えながら、フユはふとそんなことを思う。

「あとのことは、大体お前の言うとおりだ」

 奈義はそう、かすかに笑うようにして言った。

「俺は結社の魔法を解くために、魔法を解除する魔法を探してた。同じようなことは、すでに今までも何度か試したことがある。ほとんどは知りあい相手だ。だが今回は思いきって規模を大きくした。ただしお前の推察通り、同じ中学に範囲を限定してだったがな」

 フユは黙ったまま、奈義の話を聞いた。

「魔法使いの噂が広まりはじめたとき、俺は目的の魔法に近いものができたんじゃないかと思った。関係を切る――結果的には、それは俺の期待したとおりの魔法だった。俺は魔法使いの特定を急ぐと同時に、それが完成するのを待った。最初に沢谷ゆずきを追跡したとき、お前の魔法を消したのを見て間違いないと思った。これが俺の望んでいた魔法だ」

「――そしてあんたは、彼女から魔法を取りかえした」

「彼女は結局、自分とギターとのつながりは断てなかった。それが彼女にとって、本当の完全世界だったからだ」

 フユは一瞬うつむいてから、坂道でボールを手放すようにして言った。

「あんたは何故、そのことをずっと黙っていたの?」

「お前のことを信用していなかった……というのは、半分嘘だ」

 奈義は言いながら、少しだけおかしそうに笑った。

「本当のことを言うと、誰かを巻きこみたくなかった。これは俺の個人的な、私怨だ。いや、それも本当じゃないな――

「…………」

「ここからは、お前の知らないことを少し話してやろう」

 奈義はそう言って、芝居がかかった咳払いを一つした。

「――昔々のことだ。一人の少年がいた。とても不幸な少年だ。父親はどこの馬の骨とも知れないろくでなし。そのろくでなしがいなくなってしばらくすると、母親のほうは精神に変調をきたした。世界中がよってたかって自分を罠にかけようとしているんだと言いはじめた。実の息子を悪魔の子供だと罵った。そいつがいるから、自分は幸せになれないんだ、と。

 やがて母親は病院に入れられ、少年は一人ぼっちになった。少年をひきとってくれたのは、その伯父さんだった。変てこな人だったが、その人は確かなやりかたで少年を愛してくれた。少年はようやく水の底から浮かびあがったみたいに息をすることができた。少年は幸福だった。そこが、少年の完全世界だった。

 ところが、その伯父さんは死んでしまった。爆発事故に巻きこまれた。少年はひどく悲しんだ。失われた完全世界を、彼は求め続けた。そんなものは、もうどこにもないことを知りながら。だが何年かして、彼はある結社が例の爆発事故を起こした犯人だと知ることになる。そこで、彼は決めた――完全世界を取りもどすことを」

 話は静かに終わった。まるで雪が融けていくみたいに、静かに。

「その伯父さんが、なんて求めているとは思えないけど」

 フユは言った。その問いかけが無意味なものだと、自分でも知りながら。

「――だろうな」

 奈義は簡単にうなずく。

「だが、俺はそれを求めている。どうしようもないくらい、強く」

「そんなことをしても、完全世界は取りもどせない」

「いや、取りもどせるのさ」

 奈義はそう言って、穏やかな笑みを見せた。

 その顔に、フユは見覚えがあった。

 つい最近にも、それを同じものを見たのだ。どう考えても損な取り引きをしながら、それを少しも後悔していない顔――

「そんなことをしたら、きっとあなたは殺される」

「かもしれないな」

「伯父さんがそれを喜ぶとでも?」

「死んだ人間は何かを喜んだりはしない」

「――――」

 フユは何かを言おうとして、けれど何の言葉も出てこないことに気づいた。そこには見えない壁があった。どんな魔法を使っても、その壁を消すことはできない。

「――やめて、そんなことをしても意味がない。何も手に入らない。何かをもっと、失ってしまうだけ」

 奈義はブランコから腰をあげて、フユの前に立った。

「今のままで何が悪いの? 失ったものを求める必要なんてない。そんなことをしたら、もっと失われていくだけ。心を閉ざしてしまうほうがいい。月の裏側かどこかで、小さな箱の中にでも入っているほうが」

「――フユ」

 言われて、フユは顔をあげる。今にも泣きだしてしまいそうな顔を。

「少しじっとしてろ」

 奈義は何かを取りだすと、フユの前髪にそれをつけてやった。雪のひとひらが音もなく手の上に乗るように、そっと。

「何なの、これ?」

 フユは訊く。

「髪留めだ。お前の母親、志条夕葵が作ってくれた」

 ――それは雪の結晶を象った、ガラス製の髪留めだった。六角形のその透明な花は、そうあるのが自然な美しさで、フユの前髪を飾っている。

「〝共鳴魔法〟の魔術具を借りに行ったときに、彼女から渡されたものだ。本当は彼女が直接渡すのが筋なんだろうが、俺にやって欲しいと言われた。ちょっと渡しそびれちまったけど、今お前にやるよ」

「…………」

「お前の母親はお前を愛してくれてるよ、フユ」

 そう言って、奈義は満足そうにフユのことを見つめている。少しもまじりけのない、純粋な笑顔を浮かべながら。

 フユはただ、そんな奈義を見ているしかない。

「それから、もう一つ」

 と、奈義は言った。

「お前にかかっている魔法を解いてやろうと思う」

「何?」

 フユは顔をしかめた。この男は何を言っているのか。

「〈悪魔試験〉を解く。これから、それがお前にとって必要になるかもしれない。わかるだろう? 完全世界は、もうお前には必要ない」

「…………」

「俺がこんなことを言うのもなんだが、完全世界はもういらないんだ。人は魔法を失った。そのほうがよかったからだ。俺たちはこの不完全世界に生きる魔法使いだ。完全世界は、もういらない」

 フユはしばらく黙ってから、言った。

「あんたがそう、望むのなら」

「――ああ」

 奈義は静かに手をのばして、フユの額にかざした。そして魔法の揺らぎが起きると、朝の光に月がそっと姿を消すみたいに、フユにかかった魔法は解けてしまう。

「これで、お前は結社から自由になる」

 と、奈義はフユの頭から手をどけた。

「このあとは、魔法委員会に保護を求めたほうがいいだろう。少しくらいは役に立つ。結社にしても、ことに気づけばそれなりの動きはしてくるだろうからな。注意したほうがいい」

 こくん、とフユはうなずく。そのほかに、どうすることもできない。

「それから最後に、こいつも渡しておく」

 奈義は照れ隠しのように、急にそんな顔をして言った。

「俺がお前にしてやれる、これが最後のことだ」

「……何のこと?」

「お前に、俺の魔法を渡しておく」

 奈義真太郎の〈幻想代理〉は、人に魔力を与える魔法だ。

「何かの役には立つかもしれない。純粋な魔力だけだが、どのみち俺にはもう必要のないものだ。全部お前にくれてやるよ」

「形見わけでもするつもり?」

 魔法の形見というのも変な話ではあった。

「そんなようなものだな」

 言われて、フユは子供みたいに首を振った。

「そんなものいらない。あんたが死んでもいいなんてつもりでそうするのなら、私はそんなものいらない。そんなもの、欲しくない――」

「なら、だけでもいい。お前がそう望むなら」

「…………」

「どっちにしろ、お前にはこれを拒むことはできない。壁を作ったって、俺はそれを消してしまう。お前がどんなに強くて固い壁を作ったって、俺にとってはそんなの何の意味もないことなんだ」

 フユはぐっと、拳を握る。けれど、少しも動くことさえできない。

「やめて……」

「お前は誰かに愛されるべきだよ。誰かに愛される資格がある。お前は誰かを傷つけるような人間じゃないから」

「……やめて、心が痛い!」

 フユは叫んだ。

 けれど――

 奈義はそっと、フユの頭に手を乗せる。

 それは、優しい手だった。

 かつてフユをブランコの上に残して、さよならを言うために振られた手。すべてのつながりを残酷に断ち切ってしまった手――

 それとは、まるで違う。

 奈義の手が、フユの頭を優しくなでてやった。

「俺の最後の魔法だ。俺の全部をお前に渡しておく。何かのお守りくらいにはなると思うから」

 何故だか、フユは泣いていた。

 奈義の魔法がゆっくりと、自分の中に入ってくるのがわかる。その魔法は、フユの中にあった壁を壊してしまったみたいだった。そして、その場所で小さな箱に閉じこめられていたものを、広い場所へと解放していく。

 おそらく、フユはようやく泣けたのだ。

 あの時、雪の降るあの日に流すべきだった涙を。心の中に降りつもったまま、ずっと凍りついていたその涙を。

 フユはようやく、流すことができていた。

 ここはもう、月の裏側なんかではない――

「悪いな、フユ」

 奈義の言葉に、フユは子供みたいに泣きじゃくりながら言った。

「私はあんたのことが好きだった!」

「ああ……」

「とても、好きだったのに!」

 フユは叫んだ。

 強く。何かを願うように、強く。

「……そのうち雪が降って、みんなが寒さに震える」

 奈義はそんなフユの頭をそっとなでてやりながら、言った。

「その雪もいつかは融けて、春になる。でも俺は冬が好きだよ。冬は素敵な季節だから。みんなに穏やかさと温もりを教えてくれる、素敵な季節だから」

「…………」

「大丈夫、つながりはなくなったりしない。それは少し、形を変えるだけなんだ」

 そして、奈義は言った。

「フユ、お前は俺とよく似てるよ」

 それが奈義真太郎が志条芙夕に与えた、最後の贈り物だった。

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