たいみんぐ

藤村 綾

たいみんぐ

「なにい?あいたいって、したいんじゃないの?」

 深夜の電話。彼は泥酔で電話をかけてきた。

「あいたい。お願い。明日、少しでもいいからあって」

 泣きそうな声で懇願をした矢先の言葉だった。

 否定も肯定もできかねた。

 

 一体、あいたい。って、なんだろう。

 正直、別にセックスをしたい。訳ではない。

 単純にただ、あいたいのだ。顔が見たいのだ。

 触れたいのだ。抱き合いたいのだ。あ?


「うん。したい。だから。もう、10日以上もあってないんだよ」

「わかった、わかった。一度電話するから」

「絶対だよ。絶対ね」

「ああ、わかった」


 彼も少なからずあいたいから電話をしてきたのだと思う。仕事が忙しいのはわかっている。あたしの顔を見れば愚痴を吐くし、明らかに疲弊の色を滲ませた形相であたしを抱くのだから。

 

 それでもいいと思う。

 しかしながら、あたしのあいたいマックスなタイミングで電話をしてくる彼。


 好きに理由などはない。抱き合えばまたしばらくは温もりで生きてゆける。誇張ではない。あたしの身体の半分は彼の体液で出来ているとゆっても過言ではない。

 抱き合うたびに、吸い込まれ、抱き合うたびに遠くなる。

 海みたいな彼にあたしはたゆたうクラゲになる。


「やべ、まだ、相手にメール送ってない!」

ホテルに入るや否や、パソコンをひらき、図面を書き出す彼。

あたしは、マウスを握り締める手をじっと見つめる。

この手であたしの身体をさわり、あたしを感じさせるんだ。


真っ黒に日焼けした手がやけに即物的で、あたしは、ベッドの中で何度も彼の指を口に含んだ。

手を綺麗に洗ったのだろう。せっけんの味がした。

あたしは無心に舐め続ける。溶けてしまえばいいのに。と、思いつつ。

薄明りの中、小声で囁く。


「きもちいいの?」

彼はなにもいわない。変わりに、あたしの唇を自分の唇で塞ぐ。

繋がっている事実。どうして好きな人とのセックスはこうも気持ちがいいのだろう。

感極まって毎回胸があつくなり、涙を抑えるのにひどく苦労を要する。

簡単に会えないから、簡単に温もりを消したくなくて、あたしはシャワーを浴びずに洋服を着た。

「シャワーしないのか?」

「あ、うん」


そういう彼もシャワーをしなかった。

彼は今から自宅に帰るのだ。


奥さんと子どもの待つ家に。


「じゃあね」

「ああ」

ホテルの駐車場で軽く抱き合いキスをする。

目一杯抱き合ったのに、離れるせつながとても悲しくて死になくなる。


虚無感が一気に現実を連れてくる。

今度はいつ会えるのだろう。あたしと彼に『また』『今度』の単語はない。


すでに終わっているのだから。先のない恋愛。

あたしは一人立ち止まっている。彼の車のテールランプを小さくなるまでじっとみていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たいみんぐ 藤村 綾 @aya1228

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ