第8話

相談部を設立するときに必要だからと教師陣から頂戴した学生名簿を見ながら比空と奥苗は一年四組の前に辿り着いた。

「ここね」

 名簿を横から覗き見ると、一年四組の生徒の中に容疑者の一人である今福誠治の名前があった。

「どうやら綾瀬ちゃんも同じクラスみたいね」

「作延の妹もいるな」

 綾瀬真麻という名前と作延美世という名前も載せられている。

「それじゃあ、訊いてきてくれる?」

「おれがか?」

「だって、今福くんは男の子だし」

 奥苗は後頭部をがしがしと引っ掻く。こういう役回りを比空は奥苗に押しつけることが多い。他人のために何かやりたいと言ってるくせに、引っ込み思案な性格はまだまだ残っているようだ。

 奥苗は一年四組の教室に足を踏み入れる。

 異変に気づいた四組の生徒の視線が集まってくる。なぜ他のクラスの人間がこんなところにいるんだという怪訝そうな顔が広がっていく。

 奥苗は近くにいた男子生徒をひとりつかまえて訊ねた。

「おい、おれは二年三組の奥苗春希っていうんだ」

「あっ、はい。先輩さんでしたか」

 昼食を食べてる最中に突然肩をつかまれた男子生徒は弁当箱を持ったまま立ち上がって頭を下げた。

 ざわめきが広がる。上級生が何の用なんだという四組の生徒の感情が視線を通して伝わってくる。独特の緊張感が漂い。空気が張り詰める。

 奥苗は自分がその空気を作り出しているにも関わらず、自分自身が緊張していることを感じていた。

「いや、実は今福誠治ってやつに話があんだけど、今いるか?」

 今福誠治に関する話がいたるところで弾ける。

「今福って、あいつなんかしたのか?」

「上級生に呼び出し食らうって、変な奴だとは思ってたけど、そこまでとはね」

 奥苗は今福に関する会話を断片的に拾いながら、男子生徒の答えを待つ。

「えっと、来てはいるんですけど、教室にはいないです」

「ん? なんだそれ?」

「学校には来てるんですけど、鞄だけ教室に置いていつもどっかに行っちゃうので」

「授業も出てねーってことか?」

 男子生徒はこくこくと頷く。

「じゃあ教室じゃなかったらどこにいんだ?」

「えーと」

 男子生徒は助けを求めて辺りを見回す。視線を合わせないようにと生徒たちが次々と俯いていく。

「前に、五階の隅のトイレで見たことがありますよ」

 のんびりとした口調でそう教えてくれたのは、相談者の一人である綾瀬真麻だった。彼女の発言に周りの何人かの生徒も、「そういえばわたしも見たことがある」「あー、いたなトイレに」など呟きのような声を発する。

 奥苗は四組の教室を見渡す。たしかに綾瀬が虐められているような雰囲気はどこにも感じられない。

「そうか。ありがとな」

 奥苗は男子生徒と綾瀬に礼を言って教室を後にした。

 廊下で待っていた比空の元へと戻る。

「なんかトイレにいるんだとよ」

「なにそれ?」

「なんだろうな」

 歩きながら会話を続ける。四組の生徒が交わしていた今福の情報を比空に伝えた。

「鞄だけ教室に、ね」

「んなことして意味あんのか?」

「半分不登校みたいな感じね。悩みとかでもあるのかしら」

 奥苗は苦い顔をする。比空がまた悩みを解決させてあげると言い出さないか不安だった。

「とりあえず、そのトイレに行ってみよっか」

「そうだな」

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