第6話

相談部の部室に注ぎ込む光の角度が変わって、床に広がる影が面積を広くしている。

 奥苗がバナナジュースを飲み干そうとしていると、比空が慌ただしく相談部の部室の扉を開けた。

「もう一人いた」

 髪も呼吸も乱れた比空。手を引かれている少女もどうやら被害者の一人のようだ。

 先ほどと同じようにテーブルを挟んで向かい合って座る。

 少女が話した内容は綾瀬真麻のものと類似している点が多かった。違うのは下着があった場所。少女はどうやらプールの授業中に下着を切られたらしかった。

「下着は捨てました」

「そうだよね。そんなのもう履けないよね」

「その時メッセージつきの紙も一緒に置いてあった?」

「はい。ありました」

「そこに書いてあった言葉覚えてるか?」

「たしか……イースト・アン……なんとかって書いてありました。すいません。全部は覚えてないです」

 十分だ。

 やっぱりそういうことか。

「なに? なんかわかったの?」比空が訊ねる。

「誰がやったかはわかんねーが、彼女が切られた下着の種類はわかったぞ」

「えっ?」少女の抜けた声。

「イースト・アングリアは縦縞の模様の入った下着だ」

 少女は目を丸くした。当たっているようだ。

「なんで?」疑問の言葉を発したのは比空だった。

「こういうのに詳しい奴がいてさ。おれが知ってたのはそいつに聞いたからだった。んで、比空が部室から出て行ったあと、おれ、そいつんとこ行って教えてもらったんだよ」

 比空が腑に落ちないという顔をしていたので奥苗はさらに続ける。

「ブルマはマーシア。縦縞模様はイースト・アングリア。七王国とパンツを引っかけた隠語だよ」

「それにはどういう意味があるの?」

「そんなに深い意味はねーよ。ただ、男が女に履いて欲しい七種類のパンツを王国に例えただけみたいだ」

 比空が複雑な顔をする。

 奥苗は比空が連れてきた少女に言った。

「話してくれてありがとな。もし犯人が見つかったら君にも報告する」

 少女が部室から出て行くのを見届ける。

 下着が何者かに切られた事件が二件。この二つは間違いなく関係していた。

「先生に言うぞ」

「言わない」

「もうおれたちがする範囲じゃねーよ」

「相談部の仕事は話を聞いてそれを解決すること」

 奥苗はテーブルを叩いて立ち上がった。

「じゃあ、殺人事件が相談されたら解決すんのかよ?」

「その人が相談部に頼みたいって言うならね」

 意地になるように強い口調の比空。

「下着切ったの、学校の中にいるやつが犯人だとは限らねーんだぞ」

 プールの授業は六限目だ。その時間帯はプールの授業があるクラス以外は全クラス授業がない。だからこそ生徒のほとんどに犯行を起こすチャンスはある。けれど、生徒以外にも下着を切ることができる人間は存在する。

 プールはグランドの隅にあり、屋外だ。プールに隣接して更衣室があるが、学校を囲っている塀を越えてしまえばその更衣室の中に忍び込むことは難しくない。外部の人間が犯人だった場合、比空はそのことの重さを考えているのだろうか。

 校舎の中や女子更衣室に侵入してきて、女子生徒の下着を切るような奴を探すことの危険さを理解しているのだろうか。

 しばらくの間、奥苗と比空は睨み合う。

「被るから」

 そう告げて比空はテーブルの上のブルマを手に取った。

 奥苗は息を飲む。ブルマが帽子のように比空の頭に被さる。

 比空はまぶたを下ろす。吐息の漏れる音が室内に響く。比空は自分の身体を抱きしめ、頬を赤くする。肩が揺れ、上体が前に折れる。

 相変わらず目のやり場に困る光景だった。

 奥苗は顔を背けて視界の隅だけで比空を見守る。

 しばらくすると比空はブルマを取り、目を開いた。呼吸はまだ荒く、瞳も少し潤んでいる。

「おい、大丈夫か?」

 比空は頷きだけで返す。

「それで、どうだったんだ?」

 比空の状態が完全に回復するのを待つことができず、奥苗は訊ねた。

「はあ、ちょっと……待って……」

 比空はテーブルに置いてあったイチゴジュースを手に取り、残りを全て飲み干した。

「触った人、わかった」

「おう。誰だったんだ?」

 知らない人。外部の人間の仕業であればいいと思った。それならさすがの比空も教師に連絡することを渋々ではあろうが承諾してくれるはずだ。

「三人いた。全部、この学校の男子」

「はっ?」

 間の抜けた声が漏れる。三人もいることにまず驚き、それが学校内にいることにさらに驚き、それらが全て男子であったことに驚きを通り越して呆れた。こんなことってあり得るのだろうか。

「全員の名前もわかった。久住佑、今福誠司、そして作延好道」

「えっ?」

「どうかしたの?」比空が怪訝そうな顔をする。

「最後の名前もう一度言ってくれよ」

 比空は不思議そうに首を傾げながらも、もう一度名前を口にした。

「作延好道」

 奥苗は視線を彷徨わせる。どういうことだ。なにが起こってるんだ。意味もなく部室の中をうろつく。

 シャツを比空が引っ張った。

「ねえ、どうかしたの?」

 奥苗は比空の隣に座り込む。

「作延好道」

「彼がどうかしたの?」

「七王国。下着と七王国の関係の話を教えてくれたのはあいつなんだ」

 比空は目を見開いた。奥苗はどういう表情をすればいいのかわからなくて、ただただテーブルの上に残る水滴を見続けた。

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