第3章
あなたが愛する玩具の庭は 01
王の前に立つと、いつも心が萎縮して、その上に分厚く肥大して覆い被さった【腐り姫】が強調される。
それがアビスは嫌いだった。皮肉や強がりばかりが口をつき、きちんとした話が全然できない。親の年ほど離れた夫を前に、一体何を強情になっているのだろう。自分でもよくわからないが、四年前の邂逅以来、まともにコミュニケーションを取る事ができずに二人の関係はこじれるばかりだ。
折角王から一番近い私室を宛がわれていたのに、一度も部屋に呼ばれる事も無く、晩餐を共に囲むような事も数えるほどしかない。後はずっと戦場だった。意識して使うようになってから能力は洗練されていったが、その結果出撃の回数が増えて、城には寝るために帰るような日々となりつつある。
最初は憎かった、能力だけを求められて住みなれた故郷から浚われ、恋もしないまま輿入りした。年頃の娘が経験するだろう楽しい事は全て、死者と共に戦場で行った殺戮に塗りつぶされた。
だが二年も経った頃に気付く。
戦うことはもはや惰性だ。
憎しみだけでは生きていけない。
郷愁の念だけでは心が枯れるばかりだ。
鏡に映る自分の肌は、高山の強い日差しを失って随分色が薄くなっていた。あらゆるものを映し返す瞳は見る陰もなく今は曇り、この身体は悪戯に薔薇の棘の上に寝転がり自分を傷つける事しかしない。
抜け殻のような人間がそこにはあった。死者よりも余程、死者らしく見えた。
だから、アビスは変わろうと決めた。
愛そうと心に決めた。
いつか愛されるその日まで。
「順調なようだな」
アビスはティアラとドレスを受け取った事を、勇気を振り絞って玉座へ向かい報告した。贅を凝らした贈り物への感謝の念を告げるアビスに、王は励ましの言葉をかける。
「最後の地のラーストチカへも明日には発ちます」
無意識で口をついて出た最後の地、という言葉にアビスは思わずはっとした。何が最後の地だろうか。あそこは自分のすべての始まりでしかない。
「思ったよりも早かったな……まあいい。ラーストチカの戦が終われば一旦落ち着くはず。それからは城でゆっくり休め」
玉座に背を凭れ掛け、天井を見上げて眠るように目を閉じる。
「お前がかえってくるのを、楽しみにしているぞ」
その言葉にアビスの心が跳ねる。喜びが湧く。
「はいっ!」
元気よく返事をすると、アビスは玉座を後にする。
大臣だけが残った玉座の間で、王が閉じていた目を開けた。
「――どうだ、見つかりそうか?」
「はい、大部分は回収が終わっています。まさに鬼畜の所業……近衛騎士達め、恐れを知らないとはまさにこのことです」
「だが、どこまでやっても無駄だ。事実こうして準備は整っている」
遠く視線を飛ばし、王の目が細められる。
「ラーストチカか……懐かしい。漸くだ」
話は終わったと王は口を閉じ、大臣は礼をして王座を後にする。
王は目を閉じる。玉座の間には沈黙だけが残った。
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