毒の沼底に沈む光をそこに見た 04
ヴァローナは激動の地として有名だ。数年前に豊かだった土地がたった一晩にしてぬかるんだ湿地帯に変質して以来、主要産業だった穀物の栽培は機能不全に陥り、一時は人口が激減した。だがその後湿地に適した作物を上手く取り入れた事で再び農業地として復活を果たし、豊かさを取り戻した不屈の地でもある。
そんなヴァローナは国境から程近いせいで、ちょっかいをかけてくる隣国の盗賊や軍属崩れの傭兵部隊が後を立たない。彼らは総じて、正面からぶつかって来ずに夜の闇や霧の日に葦の間を音も無く掻き分けて町村を狙う。敵国の正式な軍隊ではないというところがいやらしく、我が国の意向とは無関係だと隣国はこの問題の抜本的な解決に消極的で、結果自国が自衛のためにネズミ取りのような諍いを続けているのがこの地の現状だった。
「今回は、先に嫁入り道具を取りに行きましょう」
湿地帯でのゲリラ戦闘は体力を消耗する。楽しみを後にとっておくのも一興だが、場合によっては敵を求めて遠くまで移動を繰り返す事になりかねない。また、フォルトはヴァローナにあまり長居したくなかったので、そう進言した。
アイビスは特に反対も無く御者にアコニトの村へ進路を変えるよう指示する。段々と水分を増して馬車の速度は遅くなる。泥に車輪を取られながらガタゴトと揺れる箱の中でアビスは窓の外を眺めながら口を開いた。
「ありがとう」
「え?」
ちらりと湿地の沈んだ緑に濡れた瞳がフォルトに向けられる。
「僕は墓には行けないから、助かったの」
頼めるような人もいなかったから、ずっと心残りだった。アイビスはそう言って、窓の外に視線を戻す。
「僕にとって墓って概念は、まだよく分からないの。集落にも無かった……骸を一箇所に集めるって言うのは、効率的なのかもしれないけど」
「……墓でご夫人に会いました」
その一言で、彼女は全てを理解したようだった。
「ああ。ゴルトの事なら、事実なの」
淡々とアイビスは言葉を吐く。こちらを見ずに。
会話は途切れた。フォルトは、今日ほど馬車の歩みが遅い事を恨んだ事は無かった。
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