青春・視線・急降下・ジェットコースター
「進捗どぉ?」
スマホの向こうの友人の、そのような呼びかけに課題八割終了と返事をして、部屋のカレンダーを一枚捲った。画面が光って、じゃあ遊びに行こうよというメッセージがそこに表示されていた。
短いやり取りを交わした明日後、バスを乗り継いで遊園地に来た。入り口の藤棚にたわわに咲いた藤の花を眺めつつ、伸びてきた髪の毛をいじりながら入園ゲートの前で友人たちを待っていた。
「おまたせ!今日は曇りで丁度いいね。あ、割引チケットちゃんともってきたから」
デニムのショートパンツに袖がレースのトップス、足元はスニーカーサンダルの友人は、同年代のよく日に焼けた男性を二人連れていた。
戸惑う私に、彼氏とその友人であると紹介された二人ははにかんだ笑みを私に向けた。
てっきり友人と二人でまったり園内を回るのかと思っていたがアテが外れ、ひざ丈スカートできたことを今更ながらに後悔した。
「なんでスカートできたし」
「いや、派手なアトラクションはせいぜいカルーセルくらいかと思いまして」
「あはは、カルーセルって。なぜにメリーゴーランド呼びしない」
「いや、ほら、英語の予習で出てきたじゃん!」
「え?じゃあとりあえずカルーセルに乗る?」
若さと勢いを持て余しながら、メリーゴーラウンドに乗り込んだ。その後、空中ブランコやティーカップをはしごして、笑ったり叫んだりふざけているうちにだんだんお腹がすいてきた。誰ともなく昼食にしようと言いだしたので、フードコートに入る。
学生や家族連れでにぎわうフードコートの、端っこの方に席が空いていたのでそこに腰をおろした。
「うどんが食べたいんですけど」
「ええ?なんでそんなにあなたの胃は歳をとっているの?私ビビンバ食べるけど」
「ドリンクバー、俺取ってくるけど、何がいい?」
友人の彼氏が気を利かせてくれたので、ウーロン茶を頼んだ。私はうどんにかきあげとおにぎりを携えて席に戻った。
「え?そんなに食べるの?」
「いや、みんなで食べようかなって。ほら二人とも野球部だし」
「なるほどね、気が利くじゃん」
ビビンバを二人前、カレーと四つのカップを満載したトレーが男子達によって運ばれてきたので、お礼を述べ食事を始める。
「お待たせ。うどん伸びてない?」
「大丈夫だよ。ウーロン茶ありがとう。おにぎり食べていいから」
目の前で大盛りのご飯を頬張る、男子という生き物を物珍しげに眺めていると、ぼんやり口から言葉が出ていた。
「二人とも野球部で、野球部のマネージャーだから知り合って付き合った、ってことだよね?」
「何いきなり?びっくりしたなぁ。いや、まあそうだけど」
「私帰宅部だからさ」
「弓道習ってるくせに。ねぇ、弓道って社会人がやっぱり多いの?」
「うん、ってか先生とか年金暮らしだし。うーん、若くてもみんな二十代後半とかだなあ」
レンゲに中途半端な量のスープを掬いながらメンバーを思い浮かべる。
「弓道の練習って何してるの?矢撃つだけ?」
「弓も引くけど、引く時の型を修正したりとか」
「フォームを確認してるんだ」
「そうそう」
伸びたうどんをメラミン容器の中で泳がせながら喋っていると、話題はいつのまにか野球の話にすり変わっていた。
とくにオチも面白みもない男子達の内野手の守備論だとかコンパクトなバッティングの極意についてだとかの話を、フードコートが閑散とするまで聞かされていた。
話が一段落し食器を片づけて、ぶらぶらと歩きながら次どこ行く?と間延びした会話に諾々と混じりつつ、惰性でミラーハウスに入り、鏡張りの壁にぶつかったり転んだりした。そこそこ楽しめたが、食後の倦怠感には勝てず、少し早い時間だったが観覧車に乗ることになった。
「・・・・・あっ、ですよねぇ」
友人とその彼氏が同じゴンドラに乗り込んだので、残された私たちも同じゴンドラに乗ることになった。大分うちとけてきたと感じるが、やはり二人きりだと少し気まずかった。
上昇していく窓の景色を眺めながら、そういえばジェットコースターに乗っていなかったなといまさら馬鹿なことを考える。
円周の四分の一ほど回ったところで話しかけられた。
「もっと、クールというか、大人っぽい人だと思ってた」
「えっ?そう?」
「うん、でも、そうでもないんだね。弓道習ってるのは少し意外だったけど」
「・・・・・家帰ってロキノン系聞きながら勉強してる様に見えた?」
「ははは、なにそれ。でもそんな感じ。あと、巫女さんしてるってホントなの?」
観覧車のそばにあるジェットコースターがガタゴトと登攀する音が聞こえる。返答に少し迷ったが、後ろめたいことでもないので正直に答えた。
「うん、そうだけど?」
「先輩がそれっぽい人がいたって言ってたからさ。そっかぁ、本当だったんだぁ」
歓声と悲鳴が混じったジェットコースターが滑り降りていく音を背にして、私は今日初めて会ったばかりの男性の目を見た。目が合う。
私を見つめる彼の目には、優越感と羨望とが光っていた。それはいつぞやのカメラマンが私を見つめる目を彷彿とさせた。でも、彼がカメラマンと決定的に違う所は、敬意が欠けている事だ。巫女さんのバイトをしていることは黙すか濁すかすればよかったと少し後悔した。
「バイトでも巫女さんの格好すんの?」
好奇心、という純粋なものよりも少し野卑な言葉はべたついた不快感を私に投げて寄越した。
「うん」
素っ気ない返事にへぇと満足げに頷いた向かいの男には、釘を刺さないといけないと感じた。加速をつけて最後のカーブに差し掛かったジェットコースターの喧しい走行音が私たちの前を横切る。
「何で巫女さん始めたの?趣味?」
からかい半分の質問にうんざりしながら足を組んだ。
「・・・・・付き合いってものがあるんだよね。私の付き合いじゃなくて、家族と神社関係者との付き合い。弓道始めたのも弓道の師範とお付き合いがあったから。そういう感じなの、わかる?」
大人っぽい、と言われたのでその感覚だけで語気を強めに、遠回しに言いふらすな、調子に乗るなと伝える。ゴンドラはもう少しで一周する。
「その、付き合い、でやっているということ?」
「うん。そういうこと。だからあまり私の事喋らないで欲しいんだけど」
先にベンチから離れ、ゴンドラを降りる。同年代の男というものの、子供っぽさに辟易している事が伝わればいいなと思いながら。
帰り道は、皆疲れていたのか口数も少なかった。帰りのバス停で誰ともなく今日は楽しかったねと口にしたので同調の言葉を言い合って、家に帰った。
夕食を済ませた後、あの男子の眼差しが浴室で不意によみがえり、女子高生に、巫女さんに、そのどちらでもある私に、そういう視線を向ける者がいるのだという生々しい現実を突き付けられた気がした。その不快感を、身体にまとわりついた泡と共に排水溝へ洗い流してしまおうとシャワーの水栓を思いっきり開けた。
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