マヤリオコの日々

秋空 脱兎

始まりの日

 ここはムマシクフツ、マヤリオコ。少しだけ昔に起こった大きめの戦争の跡を、他所と同じ様に引きずる、そんな国の中の一つの町。

 

 朝方。天気は、生憎の曇天だった。

 中心地区から少し離れた場所の一角に、少しボロい家があった。

 「ほら、ニルテー!遅刻するっ!置いてくよー!?」

 玄関先に慌てて出てきた十代前半の少女が、家の中に向けて大声で言った。

 「ま、待って、杏奈、い、今行くから!」

 そう言って、ニルテと呼ばれた人間が出てきた。十代前半の少年だった。杏奈と呼ばれた少女は、

 「準備できた?ほら、行くよ!」

 そう言って駆け出した。

 「ちょ、ま、待ってよぉ!」

 ニルテも、慌てて追いかける。

 

 ニルテと杏奈が向かった先は、雑貨屋『セルフレスラヴ?』だった。二人は、ここで働いている。

 「お、今日は十分前に来たね。さ、着替えて来な。今日も頑張ろう!」

 ちょっと強そうな女性、この店の店長が、やって来た二人に言った。

 「はい!」 「はーい!」

 二人は、元気良く返事をして、着替えるために奥に入って行った。

  

 「あ、ニルテ、それそこに置いといて!うわぁ、杏奈っ!それ危ないから!?私運ぶから!?」

 慌ただしく仕事が始まった。ニルテが良く分からない金属製の何かのパーツを棚に並べて、杏奈がなんだか随分過剰に封がされた、時々小さくガタガタと動く大きな木箱を運ぼうとして、慌てて店長に止められた。

 そんなこんなで、時間は過ぎて行った。

 客は、常連の三人が昼頃にやって来た以外は、来なかった。

 

 「よし、今日はもう店じまいだよ!お疲れ様」

 「お疲れ様でした!」「お疲れ様でした!」

 店長が、二人に大声で伝えた。

 残業は、無かった。

 

 帰り道。今度は、ゆっくり歩いている。

 「今日も大変だったねー」

 ニルテが、そう切り出した。

 「そうだねー、あの箱、何だったんだろ?」

 杏奈が、首を傾げた。

 「……知らない方が良いと思う、うん」

 ニルテが、そう返した。若干、顔がひきつっていた。

 というのも、昼休み中に、ニルテは、何となくあの過剰梱包木箱に耳を当ててみた。 すると、

 「ァァァァァァァァァァ、ウウウウウウ、えうっ、えっ……」

 呻き声と、何故かえずいた泣き声が聞こえてきたのだった。

 ニルテがその事を最後まで思い出した所で、家に着いた。が、

 「え、なんで明かりついてるの?」

 杏奈が、困惑した様子で言った。

 二人以外に、家に住んでいる者はいない。

 「お、おばけとか?」

 「そんなワケないでしょ!」

 ニルテの冗談に、杏奈が本気になって食いついた。

 「いやいや、冗談だって。でも……鍵はかけていったよ?何で……」

 「……泥棒とか」

 ニルテの疑問に、杏奈が真面目に考えられるケースを上げた。

 「……ボクだったら、泥棒入るなら明かりは付けない」

 「……そう、だよねぇ」  

 二人は、少しの間黙って、

 「とりあえず入ろう。暗くなってきたし」

 「……そうだね。当たって……砕けたくない、けど……」

 そう言って、鍵を開けて家の中に入った。杏奈が、隠れもせずにズカズカと明かりが付いている部屋、リビングに突入して、

 「誰だ!」

 入り口で叫んだ。

 「ちょっ、杏奈、それはマズイって」

 「……どちら様ー?」

 「……え?」

 リビングから、返事が帰ってきた。

 「……」

 ニルテが、恐る恐るリビングを除くと、そこにいたのは、

 「お客さん、かな?ごめんね、今お茶も出せないんだ……。また今度、明日にしてもらってもいい?」

 少女が、段ボール箱を整理していた。年齢は、見た目で見る限りだと十代中頃。整った顔だちで、髪は長く、黒く背中まで伸びている。二人より年上に見えた。

 「……何してるの?」

 「え?荷物の整理」

 ニルテの質問に、少女は簡潔に答えた。

 「ここで生活するの、私。だから、荷物の整理中。色々買ったからねー」

 「いや、ここ、わたしたちの家なんだけど!」 杏奈が、困惑しながら怒鳴り気味の声を上げた。少女は、荷物整理を止めて、二人を見た。

 「あっ、そっか!」

 ポン、と手を打った。

 「あなた達ね?子供が二人住んでいるって言われていたんだ!そっかそっかー!」

 少女は、二人に歩み寄って、

 「私、ケイ・シー。ケイが名前で、シーが名字ね。よろしく!」

 握手を求めたが、

 「いやいや、ちょっと待ってよ!おかしいって!なんで!?誰がここ紹介したの?」

 杏奈が、大声で反論した。

 「え?名前聞かなかったけど、悲惨なハゲかたしたオジサンから」

 「いや誰だよ」

 ニルテが呆れ半分に突っ込む。

 「まぁ、そゆことで、よろしくね!」

 二人は、何か色々諦めた。 

  

 翌日。 

 「……炭じゃない物食べたの凄く久し振り……」

 「……右に同じー」

 ケイが作った朝食に、そんな感想を述べた。

 献立は、ご飯、もやしの味噌汁、炒めもやしと、とっても質素だった。

 「……す、炭?」  

 「二人とも料理がダメで、散々炭を増産しては食べていたの……」

 杏奈が、ばつが悪そうに言った。

 「そ、そう……い、色々教えるよ、ね?」

 二人を除き込んで言った。

 「だからお願いだから泣かないで」

 

 朝食後。

 「……さて、働き口を探さないと。ちょっと行ってくるね」

 そう言って、ケイが出掛けようとした。ポケットが四つ付いたジャケットを着て、そのジャケットに付いたベルトを通す穴にベルトを通した。

 「あっ、なら、丁度よかった!」

 ニルテが、パン、と手を叩いた。

 「えっ?」

 ケイが、ニルテの方向に向いた。

 「ボクたちが働いている雑貨屋の店長が、売り子さんをぼしゅうしているんです!」

 ケイが、瞬きを何度かして、

 「じゃ、じゃあ、そこから行ってみようかな」

 

 「うん、バッチグー!」

 店長が、サムズアップしてきた。

 「えっ、ちょ……え?」

 「うんうん、頼りになりそう!それに、看板娘が一人増えるのもグッド!」

 ケイが困惑する中、

 「そんな訳で、ケイ・シーさん、明日からヨロシク!」

 勝手に話が決まった。

 「よ、宜しくお願いします……」

 ケイは、何とかそれだけ言った。

 

 「な、何だか、ごめんなさい……」

 ニルテと杏奈が、ぴったり揃って謝った。

 「良いって、謝る事ないよ」

 「本当は、あんな強引な人じゃないんです……。」

 「じゃあ……?」 

 「その……中々、新しい売り子さんのバイト、来なかったんです……。だからだと、思います……」

 ニルテが、言いにくそうに言った。

 「ま、なるようになるって!大丈夫!」

 ケイはそう言って、先程の店長の様にサムズアップした。  

 「よし、明日から頑張るぞー!」

 「お、おー……」「おー!」

 三人は、両腕を突き上げた。

 

 翌日。

 「ぬおおおおおおお!?」  

 雑貨屋の制服に着替えたケイが、何故か生命を宿した巨大な鉱石と取っ組み合いの格闘をしていた。

 「が、頑張れー!」

 他の荷物の陰に隠れた店長が、やんややんやと応援する。  

 「いい加減にっ……止まれえぇ!」

 ケイが、鉱石にパイルドライバーを決めた。 その一撃で、鉱石の動きは止まった。

 

 「なんで商品に時々変な物があるんですか!?ていうか、さっきの日常茶飯事なんですか!?」

 「そうだよ?」「そうだよー」「当たり前だよ?」 三人は、異口同音に、『なにいってんの?』と言った。

 「なんて日だっ!」

 ケイは、叫んだ。


 少し後。

 「料理の仕込み始めるよ~!」

 店長が唐突に言った!

 「はい!」「はーい!」「は?へ?」

 ケイだけ反応が遅れた。 

 「えっ、ちょ……ここ、雑貨屋さんですよね?」

 「そうだけど、お食事処でもあるの。おしながきとか壁に張ってない?」

 「えっ?えーっと……」

 ケイが辺りを見回すと、

 「あ……あった」

 壁の一角におしながきが張ってあった。

 「……」

 ケイは、天を扇いで、

 「もう、突っ込まない。全部受け入れよう」

 そう心に誓った。 


 

 





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