三宅梓編(全2話)
第1話 切った腕を返して
「幾太君、付き合って!」
後藤さん(代表)から突然の告白!
「寮の中を覗こうとしている怪しい男がいるから捕まえるんだ」
あ、告白じゃなかったのね。
三宅先輩が表に出ている時は、ホットパンツを穿いている。右内股のホクロが目立つ。後藤さん(代表)の体はバラバラになり、六人分の部位を繋ぎ合わせて成り立っている。三宅先輩はホクロのある右脚の部分だ。
三宅先輩が指す先には三十代くらいの男性が寮の敷地内を見ようとしている。
二人で、そーっと近づき――
「捕まえた!」
三宅先輩は男の右腕を掴んで後ろに回し、上に向かって捻じり上げた。
「わ、ちょっと、何するんですか。誤解です。怪しいものじゃありません」
捕まえた人は身なりもきちんとしていて、左手薬指には結婚指輪をしている。怪しい人ではなさそうな感じだが。
「俺は犬飼というものだ。この寮の寮母をしていた
それを聞いた三宅先輩は手を緩めた。
「犬飼さんの……旦那様でしたか……。失礼しました。もしよければ、中へどうぞ」
犬飼康子さんはこの女子寮の寮母をしていた人だ。と言っても、僕は面識がない。不発弾事故の死亡者数は十一名。工事関係者の五名を除く、女子寮に居た人間六名のうちの一人だ。
犬飼さんはお花でも添えに来たのだろうか? それにしては何も持っていないようだけど。
「俺は、妻の指輪を探してるんだ」
「指輪って、結婚指輪ですか?」
僕は、犬飼さんの左手の指輪を見た。
「そうです。事故の後、引き渡された妻の遺体はバラバラになった腕や脚を縫い合わせた状態だったのです。顔や体は確かに妻でしたが、左手の薬指には指輪がなかったのです」
「その日は嵌めていなかったとか?」
「いや、妻の指輪は指が太くなって外れなくなっていたのです。だから絶対指輪を付けているはずなんです。ひょっとして妻の遺体に付いていた左腕は実は他人の腕じゃないかって。今もその辺に妻の左腕が見つけられずに落ちているんじゃないかって……」
「さすがに、見つけられていると思いますよ。それにひょっとしたら他の人の遺体に付けられているかもしれないですし」
僕は、後藤さん(代表)の左腕を見た。指輪は付けていない。そりゃそうだ、後藤さん(代表)の左腕は二年生の横井
「ボクが思うに、もし他の人に付けられちゃってても、もう燃やされちゃってるんじゃないかな?」
「やっぱりそうですよね。ただ、俺はまだ妻の左腕がまだ残っているような気がして。単なる希望だけかもしれないですが……」
「もし、僕らの方で見つけたら連絡しますよ」
「お願いします。正直、現場検証も済んでいるので、新しく見つかるとは思えないのですが、それでも少しでも妻の痕跡を見つけたいんです」
奥さんを失った犬飼さんも不発弾事故の被害者の一人だろう。何かの希望にすがっている。
犬飼さんの指輪には見覚えがある。ただ、それは犬飼さんに伝えないほうがいいような気がした。僕の頭の中には保健の中野先生の左腕がチラチラしていた。
犬飼さんは連絡先を残して帰っていった。
翌日の授業後に、犬飼さんの指輪の疑惑を確認しに保健の中野先生のところへと行った。
相変わらずのミニスカートに白衣姿。
僕は昨日の出来事を話し、恐る恐る中野先生に訊ねてみた。
「その、左腕って」
「ああ、ご想像通り、犬飼さんっていったかな? の腕だよ。綺麗に残っていたんで使わせてもらった」
「…………」
「ん? 何か問題でもあるのか?」
「犬飼さんの旦那さんが探しているんですよ。返してあげた方が……」
「前の腕より使い勝手がいいから気に入ってるんだよな。今さら返せと言われても」
「でも、他人の腕なんですよね?」
「他人の腕……ね。こんな話がある」
中野先生は組んでた脚を入れ替えた。ミニスカートの中が見えそうだ。
「仏教の経典『雑宝蔵経』に、こんな話がある。
一人の旅人が空き家に泊まっていると一匹の鬼が死体を背負って入ってきた。続いてもう一匹が入ってきた。二匹の鬼は死体の所有権のことで揉めている。鬼たちは死体がどちらの物かを旅人に訊いてみた。
旅人は最初の鬼の物だと言う。すると後の鬼が怒って旅人の腕を引きちぎってしまった。最初の鬼は旅人がかわいそうになって死体の腕を付けてやった。
後の鬼は旅人の脚を引きちぎった。最初の鬼は死体の脚を旅人に付けてやった。
後の鬼はそれから旅人の胴体や頭を千切ってしまったが、最初の鬼が死体から胴体や頭を付けてやった。
二匹の鬼は争うのをやめ、引きちぎられた旅人の体を二匹で分けて食べて出て行った。
旅人の体はすっかり最初の鬼が運んできた死体と入れ替わってしまったんだ。
旅人は思うんだ。私はいったい誰なんだろうか? と」
中野先生は立ち上がり、白衣を脱ぎ、中に着ていたハイネックのセーターも脱いで両手を広げた。
「さて、私は体のどこの部位を、誰に返せばいい?」
中野先生の上半身は至る所に縫った痕がある。首回りの縫い目は一周してネックレスのようになっている。唯一左腕だけが肩まで綺麗なままだ。
「不発弾というのもな、あれは嘘だ。圧力をかけて事実を隠蔽しているんだ。
あれは貴重な研究資料を敵の手に渡らないようにするための自爆装置だったんだ。
男子寮の工事中にうっかり触れてしまったんだろう。
不幸中の幸いだったのは、本来は火をつけるようになっていたのが、石油が気化してなくなっていたため燃えずに済んだことさ。
まぁ、もっとも最初から研究している私さえ生き残っていれば何とかなるけどね」
「最初からって、中野先生って戦争中から生きているってことですか? いったい何歳なんですか?」
「チッチッチ、イケナイな入江君。女性に歳を訊くなんて。まぁ、研究自体は平安の時代から続いているから想像してくれ」
僕は耳を疑った。中野先生は平安時代から体を取り換えながら生き続けている?
僕は自分の動機が早くなっていくことを感じた。嫌な汗も流れてくる。
自分の日常が崩れ、踏み込んではいけない世界へと足を踏み入れてしまった感じがした。
動悸はやがて不規則なリズムとなり、僕の視界は真っ黒な闇へと沈んだ。
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