第19話 夢か、現か
わたしが目覚めた時、辺りはすっかり暗くなっていた。沖田さんに繋がれた点滴の落ちる音が聞こえそうなほど、しんと静まりかえっている。
あれから何時間経ったのだろう。わたしはゆっくりと体を起こすと、ごしごしと目を擦った。どうやら椅子に座ったまま、沖田さんのベッドの端に突っ伏して寝ていたらしい。
「そうだ。黒猫は……」
辺りを見回すが、黒猫は見当たらない。むしろ、ここで黒猫に会ったことすら夢か幻だったような気になる。首をかしげたその時、呻き声が聞こえた。わたしは急いで立ち上がり、身を乗り出して沖田さんを見る。
「うう、う……」
「沖田さん? 」
沖田さんの目がうっすら開いている。見間違いでないことを何度も何度も確認すした。それでもやはり、沖田さんの目は開いている。
言葉にならない。既に涙は瞼からこぼれ落ち、頬を伝っている。わたしは嬉しくて、泣きながら笑っていた。
沖田さんは横になったまま、不思議そうな顔をしてわたしを見ている。
「みのりさん? 私は……そうか、刺されたんでしたね。また死んだかと思いましたが、生きているようです」
「良かった、本当に……」
沖田さんは泣きじゃくるわたしの頬にそっと手を伸ばして、涙を拭う。わたしはその彼の手を握り、自分の頬に寄せてまた泣いた。
「夢で、あなたに呼ばれていました。それと……あの黒猫が現れたんです。早く起きろと言われました。その時、あなたがわたしの枕元で泣いているのも見ました。それで慌てて飛び起きたんです」
「猫が、来たの。この病室に。あなたを助けるって」
「そうですか。彼にも感謝しないといけませんね」
沖田さんは笑った。まだ弱々しいながらも、顔色は良い。生気を感じる。
「私はあなたと出会ったとき、あなたと会話したくてたまりませんでした。その内、人間に戻りたいとも思うようになりました。そう願い続けるうち、私は遂に人に戻ることが出来ました。すると次は、とても怖くなりました」
すう、と大きく息をついて、沖田さんは続ける。
「私は今まで、死ぬことを怖いと思ったことはありませんでした。むしろ戦って死ねるなら本望でした。けれど、今は怖い。あなたを守れなくなることが、あなたを失うことが、とても、怖い」
沖田さんはそう言って、わたしの髪を一房手に取って軽く口付けた。なんだか恥ずかしいような、でも嬉しいような。ひしめき合うような幸福感に満たされる。この人が、心底愛しいと思った。
「猫が助けてくれたんだね。でも、どこに行ったのかしら? 」
「さあ、わかりません。私は夢でしか見ていませんし、直ぐにいなくなってしまった」
沖田さんは顔を僅かに横へ降った。
「そういえば、猫が夢で言っていたことですが――」
沖田さんにも、わたしが夢の中で行動した通りの事が起きていた。
わたしは病床の沖田さんを抱き締めた後すぐに目が覚めた。けれど、沖田さんの方にはまだ続きがあった。
「あの黒猫が現れました。遠い目をしてあなたの名前を呼ぶものだから、つい聞いてしまった」
「え? わたし? 」
驚いて聞き返すと、沖田さんは茶目っ気たっぷりに笑った。
「みのりさん。同じ名前のご親戚がいらっしゃいませんか?黒猫は、その方を呼んだようです」
沖田さんは、夢で聞いた黒猫の話を始めた。
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