Action.19 【 ドラゴンフルーツ 】
マンションの駐車場に車をとめて、インジェクションキーを切るとエンジン音が止まり、車内が真っ暗になった。
ハンドルにうっぷして悔しさを奥歯で噛みしめる。広告代理店に勤める
大手食品会社と宣伝契約の更新を断わられた。自分が担当になってから毎年契約更新してくれていたのに、まさか他社に横取りされるとは思ってもみなかった。
そのことを課長に報告すると、「だから女は詰めが甘いんだ」と言われた。
確かに担当者との口約束を信じて安心していた自分も甘かったが、「女は……」という差別的な言い方にはカチンときた。女だから枕営業でもしろってことなの?
他社の担当者は入社したての若い女だと聞いたが、それが理由で乗り変えられたとは認めたくない。男よりも仕事ができないと一人前とは認められない営業畑で十年やってきた、今年三十四歳になる映海には、営業ウーマンとして自負がある。
くよくよしたって仕方ない、深呼吸をひとつ大きくすると車を降りて、自宅のあるマンションに向ってゆっくり歩く。
メールボックスを覗くと、宅配ボックスに小包が届いているとメモが入っていた。30センチくらいの正方形の箱で割と重い、振ると中でころころ揺れている。贈り主は懐かしい男の名前だった。
何よ、今さら……心の中で呟く。
それは男の住む、沖縄の離島から送られてきたものだった。
小包を腕に抱えて七階の部屋まで持って上がり、嫌な気分を洗い流すため、まずシャワーを浴びることにした。夕食はハンバーグとパスタのプレート冷食をレンジでチンして食べた。
仕事人間の映海は自炊をしない、あの男にも外食ばかりで不健康な食生活だと呆れられていったけ……。この部屋で半年暮らし「俺、沖縄へ行くわ」と、ふらりと出て行った、あの男――。
「へぇー、
渡した名刺を見て、その男はそう訊いた。
プライベートで自分のことを話すのが苦手な映海は、手軽な名刺で自己紹介をした。
「子どもの頃に離婚したんだけど、父親が海を好きだったから」
「俺の両親は沖縄出身で、よくチュラ海の話を聞かせてくれたよ」
「チュラ?」
「ああ、美しい沖縄の海さ。いつかそこへ帰りたい」
そう言うと遠い目をした。
男とは行きつけのレストランで知り合った。年は映海より六つ若い、アメリカ人の血が入った美形クォーターで女性客に人気のシェフだった。
いつもiPad片手に食事をしている映海に「うちの店では食事中はお仕事禁止だから、ちゃんと料理の味を楽しんでください」とシェフに注意された。その時みた、男の爽やかな笑顔が印象に残った。
ずっと年下だし、自分みたいなオバサンは相手にしないだろうと思っていたら、男から
二人で食事をしたり、飲みに行ったりする内に親しくなり、その後、オーナーと喧嘩して店を辞めた男が、映海のマンションへ突然転がりこんできた。
とにかく料理のできる男は重宝する。
仕事で遅くなっても、家に帰るとシチューやボルシチなど温かい料理がいつもある。ビールのつまみもぽいぽい作ってくれる。失業中の男が家事全般を引き受けてくれたので、部屋の中もきれいだった。
夜は抱き合って眠る。――今思えば幸せな日々だった。
「沖縄に親友が住んでて、離島で漁師やったり、果物育てたりしながら暮らしてるんだ。今度、ペンションやるから手伝いに来てくれって頼まれたから。俺、沖縄に行くわ」
突然、そんなことを男が言い出した。
本当は引き留めたかったが……それでも笑顔で沖縄へ送り出したのが、三ヶ月ほど前だった。
その後、沖縄の海の写メが何度かきたが、仕事が忙しいのでおざなりな返信しかしなかった。
小包を開けてみると、中から見慣れない果物が出てきた。ドラゴンフルーツ、赤い種皮で包まれたサボテンの実で、沖縄辺りで栽培されてるらしい。
「映海はサボテンみたいな女だから――」
ふいに、男のいった言葉を思い出した。
サボテンなんかじゃない。……サボテンだって放って置かれたら寂しいよ。自分は甘える
箱の底に男の手紙が入っていた。
『映海の瞳に映してやりたいチュラ海を、沖縄に来るのを待ってるから。』
仕事で敗れ、生活に疲れた、今の自分には休息が必要だった。
沖縄に誘ってくれた男の手紙が嬉しかった。ドラゴンフルーツを両手でキャッチボールしながら想う。
あの男のことは嫌いではなかった、一緒に居ると楽しかったし、作ってくれる料理も美味かった。
この部屋から出て行ったけど喧嘩した訳じゃない、追いかけなかったのは、年上の女の負い目だった。
「行こうかなぁー、沖縄へ」映見はひとりごちた。
声に出すと、より現実味を帯びて目の前に沖縄の青い海が広がっていくようだ。
明日にでも、ムカつく課長に長期休暇届けを叩きつけてやる。さっそく、iPadを開いて沖縄の離島、
あの男の住む島へ、沖縄の海が私を呼んでいる――。
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