おばさんの奥義

泡沫恋歌

Action.1 【 おばさんの奥義 】

『オリンピック』という創作料理のお店があるというので、主婦四人でランチを食べに行くことになった。

 メンバーは関西の気さくな奥様の琴美ことみさん、おっとりしているが芯の強い翡翠ひすいさん、一見平凡な主婦だが実は武術の達人ポポさん、そして天然おばさん蓮子れんここと私である。

 そのお店は駅から歩いて五分ほどの距離にあり、ビルの一階、店舗の周りには五輪の旗や万国旗でデコレーションされていて、ハデハデでお世辞にも趣味がいいとは言えない料理店であった。

 だが、グルメな琴美さんの情報によると料理は美味しいし、面白いイベントでお客を楽しませてくれるというのだ。

 イベントって、なんだろう? それには興味をかれたし、料理が美味しいなら文句なしよ!


 カラーンとカウベルを鳴らして、店内に入ると写真やメダルなどのオリンピックグッズが所狭ところせましと並べられていた。しかもホールの真ん中にはマットを敷いたステージまである。

 とても料理店とは思えないあやし気な雰囲気に、四人は目が点になってしまった。

「ようこそ、オリンピック会場へお越し下さいました」

 四十代後半、藤岡弘ふじおか ひろし風の店主とおぼしき人物が挨拶をする。そして、うやうやしくテーブルに案内してくれた。

「当店のランチは三つのコースからお選びいただけます」

 メニューを見てビックリ! 

 銅コース・三千円、銀コース・千五百円、なんと金コースはたったの百円である。しかも値段の安いコースほどメニューの写真を見る限り豪華なのである。

 主婦たちは迷わず百円の金コースを選んだ。 


「皆様、金コースをお選びですね。承知しました」

 いきなり店内にファンファーレが鳴り響き聖火を持ったランナーが料理を運んで来た。金コースの前菜は『伊勢エビのパピヨット キャビア添え』とある。なんて豪華な前菜、早速食べようとフォークを持った瞬間に、

「ストップ! 金コースは召し上がる前にオリンピック競技をしていただきます」

「えぇー!?」

「まず、貴女! 今から五分以内に駅まで行って戻って来てください。駅の券売機の横に小旗を置いてあるので、それを持って来るのです」

 いきなり、琴美ことみさんが指名された。

「スタート!」

 タイムウォッチを片手に開始を告げた。その声に琴美さんは脱兎だっとの如く店から飛び出していった。

 店主の説明によるとランナーが五分以内に戻らないと失格。全員が前菜を食べられないというルールなのだ。

 残された私たちは豪華な料理を前に祈るような気持ちで、琴美さんの帰りを待つ。

「ハイ! 残り十秒」

 琴美さーん! 全員で声援を贈る。

「三秒!」

 カラーン! 勢いよくカウベルが鳴って琴美さんが旗を手に倒れ込むように戻ってきた。間に合った、私たちは前菜を食べることができた。

 次のメニューは「カボチャの冷製スープとフォワグラのテリーヌ」これも豪華だ。

「次は華麗に舞って貰いましょう!」

 今度は翡翠ひすいさんが指名された。

 おしとやかな彼女が人前で踊れるのだろうか? ホール中央のマットの上に立つ翡翠さんをスポットライトが照らす。すると彼女はマットを丸めて端に置いた。スカートの裾を摘まんで巻くしあげると、カツカツと踵を鳴らしステップを踏む。

 そう、フラメンコを踊っているのだ。情熱的な踊りに皆の視線がくぎ付けになった。「オーレ!」と決めポーズ。

「評価十点!」

 スープいただきまーす! 翡翠さんにあんな隠し技があったとは驚いた。

 メインディッシュ「松阪牛の極上ステーキ」の登場によだれが出そう。競技に指名されたのはポポさん。

「さあ、私と闘って貰いましょう!」

 ポポさんを武術家と知らずに指名するとはバカめ、私たちは内心ほくそ笑んだ。フェンシングの剣を手にした店主と麺棒を持ったポポさんとの対戦。

 スタート「めーん!」瞬殺だった、足元に倒れた店主の男。

「失格でーす!」

「ウッソー、なんで?」

「オリンピック競技に剣道はありません」

 ちょっと待てよ、さっきのフラメンコはOKだったじゃないか。私たちは抗議をしたが料理は下げられてしまった。

 最後のデザートは「夕張メロンのシャーベットと女峰苺のパンナコッタ」これだけは絶対に食べたーい。

「水中で長く息を止めた者が勝ち!」

 ついに私の番がきた。

 大きなずん胴に水が張ってあり、スタートの合図でその中へ顔を突っ込んだ。一分、二分……必死で息を止める。ああ、苦しい意識が遠のいていく……。


 気が付いたら、皆の心配そうな顔があった。

 私は気を失って溺死しそうになっていたらしい。当然失格デザートは撤去され、しょんぼりと私たちは店を出ようとしていた。

「敗者復活戦がありますよ!」

 えっ? その声に振り向くと、店主が手に大きな北京ぺきんダックを持っていた。

「これを私から奪って、テーブルにタッチしたら貴女方の勝ちです」

 もう絶対に負けられない。

「バーゲン、残り一点よ!」

 その掛け声に主婦たちのモチベーションが一気に上がった。

 今こそ、おばさんの奥義おうぎをみせる時だ!

 おばさんたちは円陣を組み「えいえい、おうっ!」と気合を入れた。そこからが奇跡の逆転劇だった! 四人は巧みな連携プレイで勝利を奪いとった!

「バーゲン、残り一点よ!」は、主婦たちにとって魔法のコトバなのだ。――たった百円で北京ダックを満喫できた。


 そして『なでしこおばさん』のオリンピックは閉会した。

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