シーサー暁の王国ラ•ムー伝説
@Wako0128l
第1話
〜 シーサー 伝説 〜
時の海におわす
そは
勇ましき その姿は 昇る朝日の
雄々しき その声は 走る稲妻が如し
暁を その身に写す
七色に光り輝く 聖なる
ひとすじの星の
我らが
両の手に
暁の乙女よ。
その
人、皆こぞりて 彼の名を
時の海を越え
我らが
その力を示さん。
シーサー 我らが力
シーサー 我らが心の
シーサー 我らが希望の光よ
いざ行かん!
我ら皆こぞりて 君と
新しき夜明けを造らん。
シーサー
我らが シーサー
輝かしき
【 序・暁の王国 】
太古、
太平洋上に ”ムー”という名の大陸があった。
そこには”ムー帝国”と呼ばれる
高度な文明を持つ国が栄えていた。
10余りの民族、約6400万人の民たちから成る
このムー一族は 一つの帝政の下、
良く秩序を保ち豊かで平和な日々を送ってた。
ムー帝国の首都は大陸の北西部に位置する
都はムーのパワーの源である
”暁の神殿”を中心に造られており、
その回りには官庁、宮殿、社、石碑が建ち並んでいた。
それらの建物は、赤、黄、青、緑などの鮮やかな色彩の巨石で築かれ、金、銀、錫などの鉱石や、
炎のように輝く不思議な金属、
整然とした佇まいの家並み
賑やかな商店街…。
都の中を
小舟が行き交い 人々の交通手段となっていた。
都のあちこちに設けられた公園は
人々の集う
その水辺にはムー帝国の聖花、
白い蓮の花が咲き誇っていた。
森に棲む多くの動物たちは
お互いに争うこと無く、
また、人を怖れることもなかった。
そんな環境の中でムーの人々は
美しい宝石や豪華な装飾品を身につけ、
誰もが皆、
平等で幸福な暮らしをしていたのだった。
澄んだ空気
たわわに実る果樹
美しい森や山河
光と緑あふれる浄福の地…。
人も 動物も 大地も
全ての生き物が共存する、この世の
それが、ムー帝国であった。
このムー帝国を
『ラ・ムー』と呼ばれる者であった。
ムー一族は 太陽を神として尊やまい、
厚い信仰を寄せている民族であった。
ラ・ムーに選出された者は王であると同時に
皆が絶対的な存在として
『ラ』を頂く最高神官・神の代理人であり、
広大なムーの統治者として 絶大な力を持って
その頂点に君臨していた。
やがて、
帝国の栄華は
ムー帝国は世界中に無数の植民地を
持つに至ったのである。
ところがある時、天変地異が起こった。
巨大地震が大陸の南西部一帯を襲ったのである。
事態の深刻さを悟った 時の統治者、
ラ・ムー”暁の
民たちを世界各地に点在する
植民地へ移住させることを決意。
ムーの
7人の
そして、ムー大陸の沈没を告げ、
民たちの避難船団の指揮とムー民族の未来を
彼らに託した。
が…、
移住するにあたり、ひとつ問題があった。
それは、都の中心 暁の神殿の
この巨大なムー帝国を動かしている
惑星を破壊するほどの力を持つと言われている
” 暁のトライアングル ”の処理であった。
意見を戦わせる7人の賢者たち…。
それを聞いていたラ・ムーは、
『暁のトライアングルの処理は
帝国の統治者たる、わたくしの役目。
貴方がたには 貴方がたに与えられた使命が、
帝国の指導者としてムー民族の未来を守る使命があります。
どうか それを果たしてください。』と告げる。
『共にお連れください』
と、嘆願する賢者たちを押し
ラ・ムーは満面の笑みを浮かべて
『後のことを 頼みます』
そう、賢者たちに言い残すと
止める彼らの声を振り切り
暁の神殿の
賢者の うちのひとりが
『姫君は
と問うと、七賢人の最長老・白き賢者が応えた。
『姫君は我らが守り神・暁の神獣 シーサーを
シーサーは
我らムー民族に存亡の危機が訪れた時、
暁と共に めざめ、我らを救うとされておる
伝説の守り
姫君は古詩に
シーサーを めざめさせることができる、
その
恐らく、ご自身の御力と”暁のトライアングル”のエネルギーを融合させて
さすれば、
しかし その時、
姫君は
お身体は もとより魂も…。
二度と再び、この世に転生することは叶うまい。』と。
落胆し
『姫君の想いを汲み、我らに与えられた使命を
果たそうではないか。』と、励ました。
…幾日も雨が降り続けた。
水位は上昇し、河川からは水が溢れ
都市も街も村も水に浸かった。
海から吹きつける強風に木々は薙ぎ倒され、
森はその姿を失った。
そして、多くの犠牲者が出た。
そんな状況の中で
生き残ったムーの民100万人の移住が始まった。
豪雨の中、困難を極めたが 七賢人の努力で
確実に、少しづつ進んで行ったのである。
そして、
あの会合の日から21日めの新月の晩、
ムーの人々が乗る
その最後の船団が 暁の港から
西方の安住の地を目指して飛び立って行った。
それを確かめた後、暁の
神殿の
彼女は禊を済ませると
白い
黒真珠の飾り
後ろで一つに結わえていた
腰のところまである波打つ亜麻色の髪を
最後に
”暁のトライアングル”が安置されている
暁の玉座の間の
ここは特別な資格を持つ者、
ムー帝国王 ラ・ムーの名を継ぐ者のみが
立ち入ることを許される神聖な場所である。
彼女は
その頭上の宙には、暁のトライアングルが
青白い月の光を浴びて、
ゆっくりと回転しながら銀の光を放っている。
祭壇に焚かれた浄めの
彼女の淡い
そして、胸の前で合わせた両手を前に伸ばし
祭壇の後ろに御座する御神体、
泉水に浮かぶ一輪の白い蓮の花の
すると、彼女の身体は白い
シーサー
我が祈りに応え給え
シーサー
お前は
あまたの命
あまたの輝き
あまたの希望
永き夜を
我らが守り主 、 暁の神獣よ
深き眠りを打ち破り
来れ、 シーサー 我が
辺りに虹色の
すると、
七色に光なす
珠玉はラ・ムーのもとへ漂って来ると
差し出した彼女の手の内に収まり
その言葉と願いに耳を傾けた。
『よくきてくれました、 シーサー
昔なじみの友よ。
暁のトライアングルの力、私の力と魂の全てを
お前に
お願い シーサー。
私の代わりにムー民族の行く末を見守り
彼らの心と共に生きてやってください。』
そう言うとラ・ムーは
残された最後の力を使って時の海への扉を開き
珠玉を送り出した。
『さあ、お行きなさい シーサー、時の海へ!
人の世に生まれ変わりがあるならば
廻り行く時の歯車の ただなかで
また、いつか お前と巡り逢えるでしょう。
その時は一番に私を見つけて。
約束しましょう、シーサー。 』
珠玉は銀の流れに乗り
時の海へと旅立って行った。
ラ・ムーは珠玉を見送った直後、
その全てを失い 透き通って虹色の靄の中に
消えていった…。
【 ムーの滅亡 】
それは、一瞬の出来事であった。
激しい地鳴りと共に暁の神殿が崩れ 海中に沈んでいった。
それが 引き金となった。
大陸全体が激しく
千を超す巨大な火柱が天を突き抜けていく。
空は立ち昇る黒煙に赤黒く染まり
大地は悲鳴を上げながら裂け
開いた口から赤熱した
沸々と煮えたぎる海、
四方から押し寄せる波は高い壁となり
大陸を呑み込んでいった。
かくして、
巨大なムー帝国は海底に沈み
その高度な文明と栄華を誇ったムーの歴史は幕を閉じた。
が、神獣シーサーと暁の
人々の胸に永遠に生き
受け継がれていったのである。
グリフォン
スフィンクス
翼を持つ獅子
狛犬
世界各地の古代遺跡に残る数々の神獣。
それらは人々の心の中に
ムーへの想いが造らせたものであろう。
シーサー
それは失われた暁の王国の
ムーの人々が生きた
時の歯車は時間を刻み ゆっくりと廻り始める
人々の記憶からムーが消え去っても
大地は覚えていた。
失われた伝説が 今、
『 シーサー 』
〜暁の王国 ラ・ムー伝説〜
このお話はムー大陸を呑み込んだ
あの天変地異から数千年後、
沖縄の島々が琉球と呼ばれる以前の
まだ、人々も大地も若く
力強かった時代の物語である。
【 暁の島 暁の國 】
その頃__。
島民たちは恵まれた温暖な気候と
実り豊かな雄大な自然
碧い海と抜けるような青空の下、
健やかで平穏な日々をおくっていた。
ところが、ある秋の日こと、
海の彼方から黒い船団がやってきた。
彼らは暗黒破壊神・ドーマを崇拝する
'' 黒き闇の民 ''
島を手中にせんと やってきた侵略部隊、
黒い悪魔たちであった。
武器らしい武器を持たぬ島の民たちは
ひとたまりもなかった。
彼ら黒き闇の民は暴力と恐怖をもって
島民たちを抑えつけていった。
そうして
黒い悪魔たちは赤子の手を
あっという間に島の中央部一帯を侵略、
占拠してしまったのである。
島の男も女も子供たちも
この残忍な侵略者から島を守るべく抵抗、
死力を尽くして闘ったが
強靭な武器を持つ彼らに
島の民たちは次々と敵の
ある者は土地を失い、ある者は財を奪われた。
食を断たれ死に至った者、
絶望のあまり 自決する者が続出した。
親を殺され、行き場のない子供たちは
浮浪児となり島中に溢れかえった。
まさに、暁の島は地獄絵と化していたのである。
破壊、掠奪、暴行、殺人、凌辱…。
悪行の限りを尽くした黒い悪魔たちは
その魔の手を更に拡げていき、
今では全島の半分が
その手中に堕ちていたのであった。
島の人々の恐怖と怒りは頂点に達した。
当時、暁の島は
自然信仰、とりわけ太陽を神と崇める
8つの独立した部族から成っていた。
島の中央部に広がる平原に住み、
仁の人、
緑の大地の一族。
海賊退治を生業としている屈強な戦士団、
灰色水軍を率いる 灰色の
島の西側にある谷あいに暮らす鳥使いの民、
青の谷の一族。
黒蝶貝を保護し、
白き岬の一族。
加えて、
侵略者たちによって住む地を失い
奴隷化されてしまった三つの部族
赤き火の島の一族
そして、
これら8部族から成る暁の国を束ねていたのが
島の東端の岬
六角殿・紫の宮に住む紫の天空の一族 。
その長は若き
匂いたつ長い黒髪と透けるような白い肌、
神秘的な光を湛えた
天空の星々と語り合い、
天地の声を聞く唯一の者で
島の民たちから尊敬と厚い信頼を寄せられる存在であった。
朱里は今年で18歳になった。
一昨年、先の
17歳という若さで王位を継いだばかり。
闇の民たちの島への侵略が始まったのは
彼女が王位を継いで間もなくのこと、
即位して一年にも満たない頃のことであった。
朱里は黒き闇の民との戦いで
孤児になった子供たちを引き取り
面倒をみていた。
その内の3人組が このお話の主人公となる
ちびっ子ゴーヤ騎士団を結成した小さな戦士達。
三人のリーダー的存在、
湖の一族出身の 11歳。
いたずらっ子の腕白坊主。
日焼けした小麦色の肌に赤毛の髪、
キラキラしている水色の瞳が印象的な少年。
ヤマアラシの毛を短く刈った様な
ボサボサの赤毛頭に
父親から受け継いだ 湖の一族の印、
次に
浜の一族出身の
物静かで聡明。
書物が好きで動植物、特に薬草に詳しく
大人顔負けの知識を持つ。
色白の肌に黒い髪、
憂いを帯びた浅黄色の瞳をしている少年。
そして、
ちょっと おませで おてんば。
肩まである栗色の髪を耳元でおさげに結った
赤き火の島の一族出身、今年の秋で11歳になる。
暁の島の民たちは
皆、それぞれに事情を抱えて苦しんでいたが、
中でもこの3人の子供たちが受けた仕打ちは
特に
顔面を岩に打ち付けられて左目を失明。
顔の左側を前髪で隠している。
暴行を受けた。
そのときに負った火傷の
利き手が思うように動かなくなってしまった。
が、尚は不自由さに耐え
左手で何でもできるよう訓練を積んだ。
敵の兵士たちに姦された。
朱里や摩文仁たち、島の戦士らによって
敵の手から救い出されたときは
恐怖を伴う強いショックのため
口がきけない状態であったが、
周囲の人々の優しさや思いやりに触れて
心の傷も癒え、今では 笑顔を取り戻した。
島民の誰もが皆、
この戦いによって心の痛手を負っていた。
誰もが皆、
この辛く苦しい境遇に泣き
屈辱に耐え忍びながらも
明日への希望を失うことなく
必死に生きていたのであった。
【
天空が満天の星々をたたえた ある静かな夏の夜、
失われた伝説 シーサーの
そこへ ちびっ子3人組が現れた。
3人は敵の陣営から こっそり奪ってきた品々を
広げてみせ
戦利品だよ、といって自慢した。
『今にみてろ!奴ら、みんな ぶちのめして
ボッコボコにしてやるからな!』
『いつかきっと島から叩き出してやる‼︎』
そう息巻くふたりの少年に、朱里は
『まあ、勇ましいこと。』と、
にっこり微笑んでいった。
『ねえ、姫さま』
と、
朱里はすでに王位を継いでおり
島を統べる
彼女に近しい者たちや、ちびっ子3人組は
親しみを込めて朱里のことを”姫さま”と呼ぶ。
御庭が朱里に
『さっきの
とせがんだ。
そして、
『私たちを救ってくれる伝説の神獣シーサーは
何処にいるの?
どうすれば助けにきてくれるの?』
と、問うた。
『ごめんなさい、御庭。
でも、あの方なら…
西の果ての時の
と、答えた。
3人のちびっ子たちは、その冊封を捜しだし
シーサーを喚ぶ方法を見つけようと言い出した。
その時、天空に星がひとつ帯を引いて走った。
『姫さま!』
と、そこへ
先君の代から仕えている
朱里の側へ走り寄り深刻な面持ちで報告した。
『ただ
いよいよ黒き闇の民の帝王・
本隊を率いて攻めてくるとのこと。
バラバラに戦っていては勝ち目がありません。
かねてからの手はず通り、各部族に使者を送り
結集して総力戦を挑みましょう。』と。
使者には どの者を遣わしますか?と
守礼が朱里の意向を尋ねたそのとき、
尚が名のり出た。
『僕らが行く!
立派に姫さまのお使いを果たしてみせる。
それで、その...何だっけ、
えー、
シーサーを連れてくる!』と。
子供たちには無理です、危険過ぎます
という守礼の異議を退け、
朱里は ちびっ子ゴーヤ騎士団の戦士たちに
使者の役を任せた。
'' 決戦の日は近し。
各部族に於かれては 心身ともに武装を整え
長月(9月)末日
紫の浜
翌朝、新書を携えた3人は
元気いっぱい意気揚々と
第一の目的地、緑の地に向かって出発した。
3人を送り出した
朱里は
誰に言うともなく
静かな声でこう、きりだした。
『
朝の爽やかな風が、
夏の庭を吹き抜けていき、
さやさやと木々の小枝を揺らした。
『は、ここに控えております。』
朱里はその声の主に向かっていった。
『頼みがあります。』
【 奇妙な動物 】
その日の夕刻、
紫の浜の海岸線を行く3人が
双子の獅子ヶ岩の辺りに差し掛かった時のことである。
浜に打ち上げられ、
息も絶え絶えとした小さな動物を見つけた。
『子犬?』
『ヤマネかな?』
『違うわ、子猫ちゃんよ』
3人は思いつく動物の名前を口々に上げた。
それは、白い小さな毛玉と見まごうような
奇妙な動物だった。
羽毛のようにふわふわした白く柔らかい体毛。
小さな
瞳の色は青空を写したようなスカイブルー。
小さく先が垂れ下がった耳、
手足は短く 尾は先がクルッと丸まっていて
まるで豚の尻尾のよう。
その小動物の鳴き声が また変わっていた。
『ピキィー』と鳴くのである。
3人とも聞き覚えのない独特な声で、
動物に詳しい慎にも
何という動物なのか わからなかった。
その小動物は、まだ生まれて間もないのか
握りこぶしほどの大きさしかない。
このまま放ってはおけない、と
弱ったその子を哀れに思った3人は
近くの漁師小屋に連れて行き
その夜、交代で寝ずの介抱をした。
翌朝、
すっかり元気を取り戻したその小動物は
『いっしょに連れて行く!』
御庭の強い希望で仲間が増え
ちびっ子ゴーヤ騎士団の面々は3人と1匹となった。
白くフワフワした奇妙な動物は
その鳴き声を取って、ピキと名付けられた。
【 緑の都】
紫の宮を出て2日目の昼少し前、
ちびっ子ゴーヤ騎士団は
果樹と花々あふれる美しの郷、
周囲を緑なす山々に囲まれた丘陵地にある
緑の大地の一族の
'' 緑の園 ''に到着。
3人は紫の宮からの使者として
一族の居城、緑の館へ
そして携えた新書を
一族の長たる
面会を申し入れた。
程なくして3人は、緑の館の来客専用の部屋、
そこで3人を迎えたのは、彼らがよく知っている
大好きなあの人の心温まる笑顔だった。
31歳の男盛りであった。
面長で長身。
よく鍛えられた筋肉質の堂々たる
暁の国 第一の将と呼ばれるにふさわしい、
文武両道の仁の人である。
少し
濃い髭に縁取られた小麦色の顔からは
優しい
が...、この男、
ひとたび剣を取れば
鬼神が如く
100人の敵を ものともせず
戦神
群がる敵を
『おっ!来たな、わんぱく3人組。
あ…いや、これは失礼した。
紫の宮よりの使者 ちびっ子ゴーヤ騎士団の方々』
といって、摩文仁は3人に深々と低頭した。
そして、紫の宮からの書状に目を通し、
『使者の方々、
といった。
『さて、堅苦しい用が済んだところで...、
3人とも元気で励んでおったか?
姫君を困らせたりしては...おらぬだろうな。』
そういって、
摩文仁は3人の頭を代わる代わる撫でた。
3人にとって摩文仁は命の恩人であり、
父親代わりでもある。
摩文仁は
黒き闇の民の魔の手から3人を救い出し
その身柄を朱里に託したのだった。
『ときに、お前たちは実に運がいい。
今朝、果樹園から届いた夏瓜がな、
ほどよく冷えたころだ。』
摩文仁はそういってウインクしてみせた。
『わーい!やったぜ、冷やし瓜だぁ!』
3人は大喜びで歓声を上げた。
緑の館の庭は今を
白やピンクのプルメリアの花であふれていた。
心地よい風が花の芳香を乗せて
緑の庭を渡っていく。
摩文仁は子供たちを
フクギの木陰に
そこへ冷えた瓜を運ばせた。
『ん?』
摩文仁は腰を
御庭の上着の胸元を指していった。
『御庭、
さっきから おまえの胸元で見え隠れしてる
この、ひしゃげた
モシャモシャした
…モモンガの子か?』
『••••ブッ !!』
3人は思わず吹きだし、大笑いした。
久しぶりの再会に話が弾む4人であったが
ぐすぐすしてはいられない。
敵の本隊がこちらへ向かってきているのだ。
ちびっ子たちは緑の大地の民から
明日の早朝、出発することにした。
摩文仁が付き添った理由は敵陣の中央を
子供たちだけで突破しなければならない危険と
新書に添えられていた手紙に
”この子たちの力になってやってください”
という、朱里の願いからだった。
摩文仁は出発の朝、弟の
『よいか、久利。
私にもしものことがあっても
仇討ちなど考えてはならぬ。
私に代わって大地の一族を盛り立てていく事を
そなたの使命と知れ。
そして、
紫の宮におわす姫君をお守りするように。』
と告げた。
【灰色水軍の島】
緑の大地の一族に見送られ出発した一行は
前を乗馬の得意な慎と尚、
後ろを御庭を乗せた摩文仁の2組に分かれて
馬を走らせた。
高原を駆け抜け、丘を越え、荒野を行き、
大地の一族と湖の一族との国境にある河原で
一夜を過ごした。
翌日、日の出とともに出発。
途中、幾度か馬を休ませ
水と飼い葉の補給をしながら
灰色の江の一族の住む
その2日後の昼、一行は
'' 屈強な戦士団 ''と敵方にもその名を馳せた、
灰色の江の一族の
入り江の沖に
四方を断崖で囲まれた天然の要塞であった。
島へは船で渡ることができない。
なぜならば、紺碧湾は浅瀬で
小船ですら
島に渡るには、約500mの距離を泳ぐか
干潮時に現れる畳石の道を行くしかない。
それが、この畳石島を難攻不落の要塞と
いわしめている理由であった。
一行が待つこと 1時間....、
太陽が中天に昇り 引き潮が始まると
灰色の一族の居城、畳石島へと続く
灰色の道が現れた。
対岸の島から
こちらに向かって手を振っている。
阿摩将軍は
ふたりは竹馬の友であり、無二の親友であった。
屈強な海の男たち灰色水軍の頭目。
190センチを超す筋肉質の巨漢、
雲を突き抜けるような大男である。
海風に鍛えられた肌は
つやつやと黒光りし
いかにも海の男らしい
ひと睨みで相手が
鋭い眼光を放つ、
青みがかった灰色のギョロ目は
" 阿摩大将、
敵を倒すに
その眼光があればよし "
と、巷で謳われているほどであった。
...が、
笑うと糸目になり、
一瞬で あどけない
その笑顔から、
この男の飾り気のない純な人柄が伺えた。
また、その
近海や海岸線の町を荒らし回る海賊たちや
戦神
'' 暁の国の
この阿摩将軍率いる
15歳〜50歳までの独身男子で結成された
武装集団。
常時、
戦いのエキスパートたちであった。
その始まりは
近海を荒らす海賊退治を目的に
結成された漁師たちの集団であったという。
が、
月日の流れとともに
その必要性から
純粋に戦うことを目的とした
武装集団へと変わっていった。
現在、灰色水軍の隊士は120人ほどである。
女人 乗せれば
船は海の
結成以来、灰色水軍は
この女人禁制の
戦船に乗ることを認めていない。
また、
灰色水軍の隊士たちは
家族や肉親を持たない。
命を惜しむことなく戦うことの
触りになるからである。
当然のことながら妻帯は禁じられていた。
その分、仲間意識が強くなり
総員一体となって
敵に向かっていくのであった。
彼らは入隊するにあたり
俗世界との一切の縁を断ち切ること、
己れの生涯を灰色水軍の守護神
聖戦に捧げることを誓約する。
その
この厳しい
屈強な戦士団、灰色水軍は
100年の伝統と力を維持してきたのであった。
灰色水軍の隊士たちは
神の加護を受けた ”
彼らはどんな状況にあっても
不平不満を漏らさず、
いつ いかなる時でも陽気で豪気。
弱気を助け強きを挫く
勇ましい心意気の海の男たちであった。
男子や老人、婦女子や赤子ら
灰色の一族の者も住んではいるが
居住区は分けられていた。
戦闘に巻き込まれる危険から
一族を守るためであった。
隊士たちの日常は自給自足で
生活における大抵のことは
自分たちで こなしていたが、
客人が
特別なことがあった場合には
通いの世話役を頼むのであった。
一行を乗せた牛車は
灰色水軍の居城、
阿摩将軍の居間へ案内された。
ちびっ子ゴーヤ騎士団は
紫の宮からの使節として阿摩将軍に親書を渡し、
決戦にあたり船を出してもらいたい、との
朱里からの意向を伝えた。
加えて、摩文仁の提案で
青の谷の一族の住む谷川の河口に
5日後の正午、船で迎えに来てくれるよう
頼んだ。
これで、紫の宮への帰還が3日ほど早まる。
阿摩はそれらを快く引き受けると、
一行を
子供たちが眠りにつくと
阿摩と摩文仁は酒を酌み交わし
旧交をあたためた。
今宵、一夜を語り明かそうではないか、と。
そして、
お互いに、闇の民との決戦に備えての
覚悟を確かめ合った。
『決戦の日にはどちらがより多く
相手の
『よし、受けて立つ!』
『ふん、おまえには、負ける気がしないな』
『何を言うか、負けて
などと冗談を飛ばし合い、
久しぶりの再会に酒も会話も弾んだ。
ふたりの時間は
若き日の悪たれコンビに戻ったようであった。
そして、
来る決戦の日に備えて
万全の力を尽くして戦えるよう
お互いに身体を
ふたりは肩を叩き合い大声で笑った。
そうして、
懐かしい 安らぎの
ふたりの間を流れていった。
これが、ふたりにとって
最期の会になるとは思いもせずに…。
その様子を
小さなピキが 物陰から じっと見つめていた。
【 摩文仁の死 】
翌昼、
潮が引くのを待って一行は出発。
一路、谷の一族が住む青の谷へと向かった。
青の谷へは
山を登り、渓谷を渡らねばならず
馬で行くより徒歩で行く方が都合がよかった。
故に、馬は一時、
灰色水軍に預かって貰うことにした。
畳石島を出て2日後の夕刻、
一行は江の地と湖の地の国境に着いた。
ここから先は元、
尚の故郷だった。
今は敵の二個中隊が駐屯している。
湖の地は
そのほとんどが中央部に広がる古代湖、
大小9つの湖と湿地で締められている。
湖の民たちの集落は湖の周り、湖畔にあった。
彼らは氷色湖のもたらす恵みを受け、
貝や淡水魚、湿地で取れた作物などを糧に
暮らしていた。
が…、
この度の黒き闇の民との戦いに敗れ
生き残った者たちは皆、
家畜のように扱われていた。
湖の民たちは
進駐軍の兵士たちから搾取される
地獄のような日々をおくっていたのであった。
めざす青の谷へ至るには三通りの路がある。
湖畔の西岸の湿地帯を行く路、
東岸のオオバキの森を行く路、
そして、
敵の船団の船泊りがある、海岸沿いの路。
だが、いずれにしても
この湖の地を避けては行けない。
どの路を選んだとしても、
湖畔に駐屯している
リスクを
一行は少し遠回りにはなるが、
最も敵の目につきづらい東岸の路を選らんだ。
敵の目に気を配りながら
今は ほとんど人の通らない
木々の生い茂る林道や森の
何事もなく順調に数日が過ぎた。
が…、
紫の宮を出発して10日目のこと。
国境近くに広がる霧のフクギ林が見え始め
めざす青の谷まであと少し、という所で
事件は起きた。
その夜は
一行はひっそりと生きる湖の民たちの集落から
少し離れたアカギの森で野営することにした。
彼らが見た、湖の民たちの生活は悲惨だった。
人々は屋根のない家で肩を寄せ合って生きていた。
ろくな食べ物もなく、
着る物といえばちぎれた
彼らは生活物資のほとんどを
敵の兵士たちに掠奪されていたのだった。
ある泥酔した兵士が
水の入った壺を抱えた老婆に
その壺をよこせと
拒否した老婆は兵士と揉み合いになった末に
殴り殺されてしまった。
その
『
『騒ぎに巻き込まれて
敵に見つかったら取り返しがつかない。
何かの拍子に
秘密の任務が敵にばれたら終わりだ。
使者の役目が果たせなくなってしまう。
わかってるよな、尚。』
と、尚を止めた。
『…尚。』
『…うん、わかってる、わかってるから。』
仲間たちに止められて、
一度はおさまった尚であった。
が、
その兵士の更なる暴挙を見て
遂に尚は逆上。
仲間が止めるのも聞かず
兵士に向かって飛び出していった。
『尚!』
『御庭、
摩文仁さまを探してきて! 早く‼︎』
『うん!ピキ、お前も来るのよ 』
『僕は 大騒ぎになる前に
何とか尚を連れ戻してくるから。』
・・・皮肉なことにその時、
摩文仁は森へ夕食調達のための猟に出ていて
その場におらず、子供たちだけだった。
御庭がピキを連れて、
アカギの大本の下を通かかった時、
林の向こうに獲物の兎を抱えて帰ってくる
摩文仁の姿が見えた。
御庭は摩文仁に走り寄った。
『摩文仁さまー!』
『御庭、どうしたのだ?』
『尚が…、慎が…、』
ベソをかきながら話す御庭。
事の次第を聞いて、
摩文仁の穏やかだった面は
鬼のような形相にかわった。
そして、すぐさま剣を手に取り
尚と慎、ふたりの後を追って飛び出していった。
『何だ、このガキは?しゃらくせえ!』
浴びるほど酒を呑み、
泥酔して足元をふらつかせてはいても
兵士は兵士である。
尚の手首をあっという間に捻じ曲げ、
地面に叩きつけて、ギリギリと頭を踏みつけた。
そこへ駆けつけた慎が、尚を助けようと
兵士に向かって石つぶてを投げた。
石つぶては兵士の顔面に命中。
尚は兵士の手から逃れたが、
それが原因で騒ぎが大きくなってしまった。
尚と慎は
槍や矛、剣をかざした兵士たちに取り囲まれた。
ピキを抱いて茂みに隠れていた御庭は
その有様を見て、過去の悪夢を思い出した。
御庭は 恐怖に足が竦み、
その場から動けなくなっていた。
そこへ摩文仁が助けに入った。
大剣を振るい、鬼神が如き剣で
あっという間に兵士たちを蹴散らすと、
尚と慎を連れ、オオバキの森の方へ走って逃げた。
怒り狂って追ってくる兵士たち。
3人は迫る追手を気にしながら走り続けた。
兵士に追いつかれそうになり、
これ以上ふたりを連れて逃げるのは無理だと
思った摩文仁は、慎と尚に言った。
『 その先の茂みに御庭が隠れておる。
ピキもいっしょのはずだ。』
『慎、尚。
御庭を連れて森の奥へ走れ!』
『はい、摩文仁さま』
と、ふたりは息を切らしながら応えた。
『尚、シュラの神木を知っておるな。
そこまでは奴らも追って
そこで、落ち合おう。』
と、言い終わるか終わらぬうちに
兵士のひとりが逃げる3人に追いついき、
慎を捕えようと手を伸ばした。
摩文仁はその兵士の右腕を剣で切り落とした。
そして摩文仁は打って返し、
怒涛のように押し寄せて来る兵士たちに
立ち向かっていった。
ふたりの子供は立ち止まり、摩文仁の方を
振り返った。
『摩文仁さま‼︎』
摩文仁はふたりの方を振り向かぬまま応えた。
『 後から
摩文仁を残してはいけない、
ふたりは渋っていた。
渋ってその場を動けずにいた。
そこへ
流れの民の若者が馬を駆って現れ、
『いやだ、いやだ!摩文仁さまー‼︎』
と、暴れて泣き叫ぶ尚と
慎、御庭の3人をその場から連れ去った。
摩文仁は彼らを追おうとする兵士たちを
名を名乗った。
『よく聞け、虫ケラども!
我が名は
緑の大地の一族、第一の将なるぞ!』
・・・一瞬の沈黙の後、
兵士たちは 野獣の如く
おおお…、と
『摩文仁将軍だ!者ども、首を取れ‼︎
首を取って名を上げよ!』
その声に応えるように
兵士たちは
摩文仁を取り囲み、いっせいに飛びかかった。
鬼神と化した摩文仁の戦いぶりに
苦戦する兵士たち…。
その時、
放たれた一本の矢が摩文仁の胸を貫いた。
倒れる摩文仁。
兵士たちは、
言葉なのか声なのか解らない奇声をあげて
いっせいに摩文仁に襲いかかった。
そして、
身体中を槍や矛で突き刺した。
何度も、何度も...。
それは
男が最後の血の一滴を絞りとるまで続けられた。
男には、もう、抵抗する力は残っていなかったが
それでも兵士たちは男を
目の前の男が絶命するまでは安心できぬ、
とでもいうように。
…男は絶命したかに見えた。
が、ふいに剣を杖に、すっくと立ち上がった。
並みいる兵士たちを圧倒し驚愕させた。
兵士たちは男を
『ばっ…ばけもの、
ある兵士が恐怖を叫び、
武器を投げ捨てて その場から逃げ去った。
摩文仁を嬲っていた他の兵士たちもそれに続き
ひとり、ふたり、と
逃げた兵士の後を追うように いなくなった。
残ったのは、男の気迫に怯え、
押し返されるように後ずさりした
兵士たちだけであった。
そして、その兵士たちは
原型を失い、
誰なのか判別できぬほど変わり果て
赤黒い肉の
ぶるぶると震えながら遠巻きに見ていた。
大地が摩文仁の流した血で紅く染まっていく。
もう、誰も
この勇猛に戦った男の最期を
じゃまする者はいなかった。
摩文仁は静かに目を閉じ
だんだんと ゆるく遅くなっていく
心臓の音を聴いていた。
遠のいていく意識の中で
紫の宮にいる
摩文仁は最期の力を振り絞って
女のいる紫の宮の方角に身体を向けた。
そして
声にならぬ声で、こう、つぶやいた。
『わが姫…、紫に匂える美しき方よ
お約束は果たしましたぞ。』
最期の時をむかえた男は
大きく息を吸い込み、天を
男の目はもう、何も映さなかったが
それでも何かを探すように
暮れゆく
そして、
『
と、最愛の
小さな星たちが
送り火のように天空で
『 天よ、地よ…。
あの子たちのことを頼みます。
シーサーよ、彼らを守りたまえ…。』
それが男の絶句だった。
ゆっくりと後ろに倒れていった。
こと切れる前の一瞬、
摩文仁は ふっ、と
それは
成すべき事を成し終えた男の
星がひとつ、
その流れ星を
遠く離れた場所で見ている者がいた。
紫の宮にいる朱里だった。
天を仰ぎ、星々を じっと見つめていた朱里に
守礼が声をかけた。
『姫君、どうなされましたか?』と。
天を仰いだ姿勢のまま、朱里は答えた。
『 今、誰かの想いが
天を翔け抜けていったような気がしたのです。』
【 決意 】
その晩__。
敵の手から逃げのびた3人の子供たちとピキ、
彼らを助けた流れの若者は
摩文仁との約束の場所、
オオバキの森のシュラの神木の前で
小さな火を囲んで座っていた。
ちょっと出てくる、そう言って若者は
座を外した。
リーンリーン…と虫の声がする。
ふいに、
後ろの草むらでガサゴソと音がした。
( …摩文仁さま⁉︎ )
3人は後ろを振り返った。
だが、草むらから飛び出してたのは
イタチだった。
__夜が
彼らは待った。摩文仁がくるのを…。
だが、
いつまで経っても摩文仁は来なかった。
皆、
摩文仁が帰らぬ人となったことを
悟ったのであった。
誰も、何も喋らなかった。
焚いた火だけがパチパチと音をたてて
弾けていた。
しばらくすると、若者が帰ってきた。
火に焚べる小枝を探してきたのだろう、
両腕に焚き木を抱えていた。
若者は焚き火の前に座り、
小さくなった火を再び熾して
集めてきた小枝を火に焚べた。
『…
パチッ・・・・
焚き火が大きく弾け、
炎が若者の顔を照らしだした。
その目の色を見て3人はビクリとした。
若者の目は
『 驚いたかい?私の目の色、珍しいだろう。
大抵の人は私の目を見て、そう思うものだから』
慣れたよ、そういって
赤い瞳の若者は少し寂しそうに笑った。
そして、小枝を火に焚べながら
若者はゆっくりとした口調で、
自分の身の上を語りだした。
『 私の生まれた国では、
双子は国を滅ぼすと言われていてね。
見ての通り、
私の目は
忌み嫌われてしまったのさ。
そんなわけで生まれて間もない赤児の私は
川に流され、...棄てられた。
そこへ、さる貴人の奥方様が通りかかられた。
事情を聞いた奥方様は
私を不憫に思ってくださってね。
私を引き取り、家族同様に育てて下さったのだよ。
とても慈悲深く優しいお方だった。
数年前にその奥方様が亡くなられてね。
以来...、
私はご恩返しと思って
その方の一族のために働いている。』
赤い瞳の若者の話は更に続いた。
『人は皆、大なり小なり
心に傷を抱えて生きている。
君のその右手の焼けどの跡、
奴らに、黒き闇の兵にやられたんだね。
辛かったろう。
けど、それは君が奴らに屈しなかった印。
君はまだ小さいけれど、たいへんな勇者だ。
大人にだって なかなかできることじゃない。
その火傷の跡は君の勲章だね。』
と若者はいった。
『 摩文仁様にも… 』
尚がポツリと言った。
『 摩文仁様にも、そう、いわれた。
僕の右手の傷跡は、勲章だって…』
尚は在りし日の摩文仁とのことを思い出していた。
周りにうまく溶け込めず
ひとりで弓の稽古をしていた時、
優しく声をかけてくれた摩文仁を。
思う様に動かない右手に腹が立ち、
やけになって弓弦を折った。
悔しくて 悔しくて やり切れず、
泣いていたあの時の、
あの時の摩文仁の言葉を…。
” 悔しいか、尚。
だがな、お前が腹を立てているのは
他の誰にでもない、自分自身になのだぞ。
尚、
右手を潰され 思うように動かずとも
お前には まだ左手が、
無傷の左手があるではないか。
さあ、涙を拭いて 弓を取りなさい。
左で弓を使う訓練をするのだ。
私が教えてやろう。
泣いているヒマなどないぞ。”
そう言って涙でクシャクシャになった顔を拭き、
頭を撫でてくれた摩文仁。
『わあぁぁぁ〜!』
尚は泣いた。
涙となって両の目から溢れ出した。
尚はその場に いたたまれなくなって
森の奥の方へ駆けていった。
走りざま、
摩文仁との日々の思い出が
次々と尚の頭の中を巡る。
強かった摩文仁
厳しかった摩文仁
そして、
優しかった摩文仁…。
苦しくとも 決してあきらめるな、
必ずできると信じて前へ進めと
教えてくれた人。
尚は自分を責めていた。
摩文仁が死んだのは自分のせいだと。
両親を殺され、一族を滅ぼされ
絶望の中にいた自分に
光を与えてくれた、その恩人を
自分の手で殺してしまったと。
( ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう‼︎
なんであの時、我慢しなかったんだ。
なんで…、
なんで我慢できなかったんだよぉ…。)
尚は自分を
オオバキの樹に握り拳を打ち付けて泣いた。
『・・・尚。』
振り向くと、
そこに慎とピキを抱いた御庭がいた。
ふたりは尚を気遣って後を追って来たのだった。
ピキは尚の肩に乗り、
涙でぐちゃぐちゃになった尚の顔を
『あたしの母さんと姉さんは…』
御庭は静かな声で、
だが、深い悲しみと憎しみを込めて言った。
『あたしの母さんと姉さんは
あの、悪魔たちに嬲られて殺された。
あたしを助けようとして、姉さんは…』
御庭は溢れてくる涙を
『 でもね、あたし、もう泣くのは止めたの。
あの時、摩文仁さまが 助けてくださった時、
いっしょにいた姫さまが
裸で ぼろぼろの あたしを抱きしめて、
あたしのために泣いてくださった。
" こんな小さな子にまで…"って。
だから…だから、あたしは決めたの。
もう、泣かないって。
姫さまは あの悪魔たちのせいで
大切な人を たくさん亡くされた。
これ以上、
姫さまの悲しむ顔は見たくないの。』
といって、御庭は手のひらで涙を拭いた。
『 星の砂浜の秘密を守り通そうとした父さんは
浜の皆への見せしめに、車裂きの刑にされた。
奴ら、それを笑って見てたよ。』
と、慎。
慎は更に続けていった。
『闇の民に対する怒りや憎しみ、
それは島の皆が持っている。
終わらそう、この地獄を。
そのために摩文仁さまは
命をかけられたのだと思う。』
『尚、摩文仁さまはいつも
相容れぬ相手とは
戦うことより愛し合うことの方が難しいって』
尚は慎の、友の言葉が心に
『うん…。ありがとう、ありがとう慎。』
『…尚。』
御庭は涙でくしゃくしゃになった尚を
背中から抱きしめた。
東の空が白み、朝日が昇った。
尚の目にもう、涙はなかった。
代わりに摩文仁の志を継ぎ
立派に役目を果たそうとする強い意思が
宿っていた。
3人とピキが焚き火の所へ戻ってみると
火は消え、後始末がされていた。
赤い瞳の若者はおらず、
何処へか去った後だった。
ふと見やると、シュラの神木の下に
巾着袋がふたつ、置いてあった。
開けてみると、
木の実や焼き菓子、干し肉に小麦粉、
塩、山椒などの食糧、
痛み止めの薬草や傷薬、手縫い、
石鹸代わりに使うムクロジの実、
包帯にする端切れなどが入っていた。
端切れには、使ってくださいと
走り書きがあった。
兵士たちに追われ、食糧等、旅に必要な品々が
入った袋をそのまま置いて逃げてきたので、
流れの若者がくれた品々は
とてもありがたかった。
3人は流れの若者に深く感謝した。
ちびっ子ゴーヤ騎士団は
日の出と共に
徒歩で2日ほどの距離にある国境、
霧のフクギ林を目指して出発した。
【 紫に匂える君 】
『・・・朱里、朱里。』
遠くで自分を喚ぶ声がした。
『 ふう…、何と またか』と
溜息をつく懐かしい声が聞こえる…。
『 機織りの仕事から逃げて弓道場へ行ったと?
朱里のおてんばにも困ったものじゃ。
これでは、
王はそういって少し楽しそうに苦笑した。
・・・それは、在りし日の父
『 朱里、宝物殿から宝剣・
どうするつもりだったのじゃ。
ちょっと触ってみたかっただけ、とでも
言うつもりか?
あれは大切な国の宝、
暁の島を守護する神宝ぞ。
余の許しなく、勝手に持ち出してはならぬ。』
祭王は 深いため息をついた。
『 朱里、そなたは 余の後継ぎ。
いずれは天空の一族の長となり
この暁の島を統べる、
『
『 手加減はならぬ。
まだ子供だからといって許しはせぬぞ、阿嘉。
罰は罰じゃ。始めよ!』
バシッ!バシッ…!!
阿嘉が
阿嘉は目に涙を溜め、
歯をくいしばって必死で耐えていた。
『 目を逸らしてはならぬ!』
『朱里、
これが そなたの しでかした事の結果じゃ。
よく覚えておきなさい。』
朱里は、父上…と、祭王の言葉に唇をかんだ。
『 阿嘉は そなた付きの従者。
そなたの過ちを止められなかった阿嘉は
その責任を取って罰を受けておる。
阿嘉はお前のせいで
仕置きを受けておるのじゃ。』
『朱里、そなたは考え違いをしておる。
自分だけは特別、王となる自分だけは
何をしても許される、
選ばれし者だと思うておるのであろうが、
それは違うぞ。
王とは権力を持つ者をいうのではない。
重い責任を負う者をいう。
よく考えるのじゃ。
自分のしたことが、その過ちが
どのような結果を招くのかを…。
朱里、そなたは今年で11歳。
もう、物事の良し悪しの判別が できる年じゃ。
国の存亡も、民の命も
全て そなたの判断ひとつに かかっておる。
そのことを忘れてはならぬぞ。
民あっての国、
民あって こその王であるということを知れ。
よいか、…朱里。』
(・・・・父上。)
バサッバサッ・・・・
その翼の音で朱里は
一羽の
『 …
朱里は愛鳥の名を呼んだ。
隼はピィーと、甘えた声で応えた。
どのくらいの間
ここで こうしていたのだろう…と朱里は思った。
気づくと、陽はすでに中天にあった。
朱里はブーゲンビリアの甘い芳香に誘われて
雨上がりの庭へ出たことを思い出した。
ブーゲンビリアは朱里にとって
父、寿王との思い出が詰まった花。
その花の香りが朱里に遠い昔を
父に
思い出させたのであった。
と声をかけた。
守礼は女官にいって用意した
ジャスミン茶と松の実の焼き菓子を
庭に面したテラスへ運ばせた。
『じい、ありがとう。
阿嘉からの文を読んでから頂くわ。』
朱里はそういうと、
影の者・
『雷電、ご苦労さま。
お前の好きな干し肉を用意してあるわ。
さあ、お食べ。』
そういって、手ずから褒美をやった。
ピィー・・・
雷電は嬉しそうに干し肉をついばんだ。
朱里は隼の足に
阿嘉からの文を開いた。
読んだ瞬間、
朱里は凍りつき、呆然と立ち尽くした。
人は、あまりにも強いショックを受けると
自分の身に何が起こったのか解らなくなる。
朱里は阿嘉からの文を読み返した。
何度も、何度も…。
だが、その内容が変わることはなかった。
文を持つ手が小刻みに震えていた。
『いかがなされました姫、阿嘉は何と?』
と、心配する守礼に朱里は言った。
『 摩文仁将軍が亡くなりました。
湖の地で…
子供たちを、尚を身を
大将軍の名にふさわしい
立派な最期だったそうです。』
『 摩文仁将軍が…?何と、悼ましい…。』
守礼は摩文仁のことを心から悼み、落胆した。
『あの子たちは大丈夫でしょうか?』
守礼の問いに答えて朱里は言った。
『大丈夫です。尚は強い子。
きっと、立ち直ります。』と。
だが、振り返った朱里の目は
守礼を身震いさせるほど、
守礼は言葉も無く
ただ、その場に立ち尽くした。
【 新たな旅立ち 】
その日から親書を携えた3人の行程は
強行軍となった。
摩文仁を失った悲しみを振り切るかのように...
流砂の湿地帯を抜け、
霧のフクギ林に出た。
3人が霧の立ち込める
林の中の一本道を進んで行くと、
その先には緑の原野が広がっていた。
そこは、見渡す限りの
どこにも道らしい道がない。
3人は不安になったが、
太陽は南南西の空にある。
その位置から見て進む方角に誤りはなかった。
霧が引き始めた。
すると、草原の向こうに薄っすらと霧を纏った
小高い丘が見えた。
3人とピキは足元に絡みつく草を
掻き分け、掻き分け、前に進んだ。
進むにつれて
地面は緩やかな登り坂になっていく。
どうやら小高い丘の
丘の上にはスズカケの群生地が見える。
突然、慎が指差して叫んだ。
『 尚、御庭、見て!きっと あれが
赤い目の人が言ってたスズカケの丘だ。
大丈夫、間違いない。
青の谷はもうすぐだよ!』
3人とピキは勇んで丘を登っていった。
スズカケの丘に着いた3人とピキの目の前には
雄大な自然の大パノラマが広がっていた。
地平線の果てまで広がる
白い綿帽子のような雲
銀色にキラキラ光る谷川の水
緑深き森の木々に、小鳥たちのさえずる声...。
山を渡る涼やかな風が3人の頬を撫でて行き、
『 やったー!』
3人は手を取り合い、飛び跳ねて喜んだ。
紫の宮を出てから、はや2週間。
摩文仁を亡くし
いろいろなことがあったが、
ようやっと ここまで来た。
めざす青の谷は
この青龍山脈の谷あいにある。
" ・・・尚 。"
摩文仁の声がした。
" あきらめてはならん、最後まてやり遂げろ"
(
尚にはわかっていた。
目には見えなくとも、
摩文仁が自分たちと共にいることを…。
( 摩文仁さまが僕たちを見守ってくれてる。)
慎も御庭も尚と同じように
摩文仁の存在を心で感じていた。
『 さあ、行こう!』
『 うん!』
3人の子供たちは
それぞれの想いを胸に
次の目的地、鳥使いの谷の一族が住む
青の谷めざして
新たな決意で
〜 つづく 〜
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