第29話 新たなる恐怖1


 隼人はルノーをスタートさせた。背後で爆発音がした。

 仲間のバイクから離れて止めてあった高野のハーレーが火を吹いた。

 神父からもらったダイナマイトを夏子が投げつけたのだ。

 悲しみを断ち切るような行為だ。乱暴すぎるようだが。吸血鬼として死んだ高野を悼む夏子の優しいこころのあらわれでもあった。なにもかも灰する。高野の思い出がのこらないように。爆発は連続して起きる。バイクがつぎつぎと爆炎をあげる。燃え上がる。

 玲菜もケントとその仲間は動けない。動かない。高野の死を悼んでいる。これで、暴走族「バンパイア」は解散する。かわいそうだか、こうすることしか出来ないのだ。

「過激な展開ね」

「…………ですね」

 隼人の応えに夏子がほほ笑む。けっして笑っているわけではなかった。それは仲間との決別を覚悟している夏子の泣き笑いだった。悲しいほほ笑みだった。慰める言葉もなく、隼人は車の窓から外を見ていた。まだ暮れて間もないので、外灯のない田園地帯にでても周囲が見渡せる。ところどころに街灯もついている。いまごろは、神父は大谷の地底にもぐりこんでいるはずだ。彼が爆薬を使えば――どうなるだろう。

 鹿沼の皐道場までは10分とはかからない。夏子はただぼんやりと景色を見ているわけではない。むしろ、悲しみの底で、なにか一生懸命に考えている。それが、ハンドルを握る隼人にも伝わってきた。隼人には夏子の内なる声が聞こえてきた。

(なにかおかしいのよね。……いくらなんでも、おかしい。なにか見おとしているものがある。吸血鬼はもっと強い。なんども戦ってきたが、中途半端であきらめて引いてしまう。吸血鬼はもっと残酷なはずだ。それにRFまかせで鹿人の直属の吸血鬼がでてこない。鹿人はどこにいるの。なにをしているの。わたしたちをケンセイしているだけみたい)

「そうかもしれない。夏子の推理は正しいと思う」

 隼人は声に出して夏子に応える。

 おまえの背におれたちの目があると思え。鬼島に脅かされた。初めて襲われたのは……ホテル。リバサイドホテルの屋上だった。

 鬼島も田村も本気ではなかった。夏子は倒せなくても、ぼくのことなど簡単に倒せたはずだ。その あとすぐに、暴走族〈バンパイァ〉の高野との戦いがあった。

 夏子の家が襲われた。雨野を取りもどすために大谷の洞窟にのりこんだ。

 夜の一族が皐道場に報復した。

 そしてきょうの闘争。下っ端のRFまかせで、鹿人はででこなかった。なにか腑に落ちない。はじめから奇妙だ。だれも知らなかったはずの夏子の帰郷だ。どうして鬼島と田村が迎え撃つことがてきたのだ。

 どうして今日にかぎって、鹿人がいなかったのだ。

 夏子が隼人と会ったのは偶然だった。

 鬼島と田村がラミヤ、夏子と会ったのも偶然だった、のではないか。

 まったくの偶然が続いたのだ。

 鬼島と田村はホテルの屋上から停車場坂を下ってくる夏子と隼人をみて驚いた。

 かれらはホテルの屋上で望遠鏡でも覗いていたのだろう。実地検分?

 かれらの視野にふいに伝説のラミヤ、夏子が偶然入った。

 かれらは偶然とは思わなかった。思えなかった。

 屋上でかれらはなにをしていたのか? 

 隼人をめまいがおそった。

 夏子もぼう然としている。

 屋上で鬼島と田村に襲われた。

 あれいらい、ずっと吸血鬼との戦いに明け暮れた。

 絶えず彼らに見張られていた。

 隼人はいま気づいたことの重大さにブルッとした。

 不意に思いついたことの異常さに、頭がしびれた。

 大変なことが起きようとしている。

 やがて起きるかもしれない事が隼人を不安にした。

 不安と恐怖に怯えてふるえだしていた。

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