書いたもの

なさ式

 ぼくが仕事から帰ると、家の前に頼んだ覚えのない差出人不明の宅配物が置いてあった。なんだろう?とぼくは思ったが、その宛先にははっきりと自分の住所が書いてあり、ひとまず家の中に運び込むことにした。


 段ボール箱を開けると、その中には選挙の投票箱ほどの大きさのピンク色の箱と、紙切れが入っていた。その紙切れには、「ものを思い、硬貨を入れるべし」とだけ書いてあった。箱をよく見ると、上部に自動販売機の硬貨投入口のような穴が開いていた。ぼくにはその言葉が何を意味しているのかさっぱり分からなかったが、何かを頭に浮かべながらそこに硬貨を投入するのだな、と解釈した。

 しかし、一体誰が何のために?何故ぼくの家の前にこんな箱が?ぼくにはさっぱりわからなかったので、箱も開けてしまったことだしひとまず使ってみることにした。

 特に何が起こるともわからなかったので、仲の良い同僚の顔を浮かべ、500円だけ入れてみた。乾いた硬貨の跳ねる音だけが一人暮らしのぼくの部屋に響き、再び静寂が訪れた。何も起こらないのなら貯金箱にでもしてしまおう、ぼくはそう考えてその日は床に就いた。


 翌日。ぼくが出勤すると、昨日頭に浮かべた同僚が浮かない顔をしていた。どうしたのだ?とぼくが聞くと、ハンカチをどこかに落としてしまったのだ、と答えた。どこにでもあるハンカチならまた買えばいいだろう、と言うと、同僚は口を歪ませながら席に戻った。そしていつも通りの業務を終え、ぼくは帰路に就いた。

 ぼくは部屋に馴染まない派手な箱と向き合い、巷で流行っている500円玉貯金をしようと考えた。さっそく就寝前に500円ずつその箱に入れるという自分でのルールを作り、毎日貯金していくことにした。


 それからというものの、ぼくの家から物がなくなることが増えたように感じた。何故だろう?ぼくは少し疑問に思ったが、特に気に留めることも無く日々を過ごしていった。その傍ら、貯金はどれくらい貯まっているのだろうという楽しみも少し膨らんでいった。


 初めて箱が届いてから数週間が経ったある日、ぼくが仕事から帰ると、家の前に再び差出人不明の荷物が届いていた。今度は何だろう?そう思いながら家に運び込み、その封を開けた。中には貯金箱にしている箱と同じくらいの大きさの蛍光色の箱と、紙切れが入っていた。紙切れには、「用いなくなったものを入れるべし」とだけ書いてあった。

 ぼくはそれを読み、用いなくなったものを入れるだけで何が起こるんだ、と当然の感想を抱いた。そしてその箱をよく見ると、上部が開くようになっており、その中はものが入れられるよう空になっていた。

 こんなスペースを取る箱を2つも家に置いておくのか?とも思いながら、処分するにも大型ごみの日までは4日ほどある。そこで、ちょうどインクの切れたボールペンがあったので、それを入れてみることにした。


 翌日、ぼくが仕事から帰ると、蛍光色の箱に入れていたボールペンが人知れず姿を消していた。ぼくは非常に不気味に思ったし、何度も箱の中に手を入れ確認した。それでも、昨日入れたボールペンはどこにも見当たらなかった。

 この箱は何なんだ?ぼくはあまりよくない頭を巡らせてみたが、特に目ぼしい着想は得られなかった。しかしボールペンが消失したという事実を受け、そういうものなのだろうと受け入れた。

 そのうち、不要になったり新しく買い替えた日用品や家電は、ゴミを出しに行く手間が省けると、全部そこに入れておくことにした。


 その頃からか、ぼくの同級生から結婚式の案内が来たり、仲の良かった同僚が急に出世したり、上司が宝くじを当てたと自慢してきたりと、周囲に置いて行かれるような感覚を覚え、ぼくは少し焦っていた。そこで、ぼくはピンクの箱を割り、現在の貯金額を確認しようと思い立った。貯金額が分かったからと言って特に現実に変化はもたらされないのだが、ある程度の充足感は得られるだろうという浅はかな計らいによって、それは行動に移された。


 いざ箱を割る前に、どのくらい貯まったのかを箱を揺らして確認しようとした。しかし、金属の擦れるような音は少なく、何より箱が思っていたより軽かった。開けるには早かったか、だが一度決意したのだから開けてしまおう、そう独白を漏らし、ぼくは金槌とのみで箱の上部を割った。そして、その中を覗き込んだぼくは、その場で腰を抜かしてしまった。

 500円玉が入っているべき箱に、小物や文房具などが入っているのである。よく見ると、その中にはぼくが無くしたものや、同僚のハンカチ、上司のネックレス……

 ぼくは改めて絶句した。500円がどこに行ったということより、何故無くしたはずのものがここに集められているのか、ぼくは必死に考えたが、何も良いアイデアは浮かばなかった。一度冷静になろう、そう言い聞かせたが、その矢先ある事実に気付いてしまった。


 これは立派な窃盗ではないか?


 これらの物は強奪した訳ではないし、意図的に盗ろうとした訳でもない。しかし、この箱の中には見覚えのあるものが入っており、中には名前の書いてあるものもあるし、ぼくの会社の人のものであることは間違いないだろう。明日、仮に皆に返して回ったとしても、果てしなく不審な目で見られるだろうし、信用を失うだろう。場合によってはお縄にかかることもあるかもしれない。

 ぼくは激しく気が動転していた。穴があったら入りたいくらいだったが、そこには箱しかない。どうすればいい?捨てるか?しかし捨てるにはもったいない。質に入れるか?しかし入れるには安価すぎるものばかりだ。そこでぼくの目に蛍光色の箱が飛び込んできた。

 これだ!この箱に入れておけば、これらの物はきっと明日にはなくなっているし、証拠の隠蔽にもなる。思い立ったが吉日、ぼくはピンク色の箱を持ち上げ、そのままその中身を蛍光色の箱に全て流し込み、寂しい部屋に響き渡るほどの音で蓋をした。ぼくは明らかに昂っていた。収集がつかないことになったと思いつつ、これで全て解決してくれ!という願いを込めつつ、耳まで届くほどの鼓動を抑えつつ、ぼくは深く眠った。


 その夜、ぼくは夢を見た。目の前が暗い。ぼくは動けない。しかしぼくの感覚は上下している。ぼくは誰かに運ばれているらしい。咄嗟に衝撃を覚えた。そして運んでいた人が離れていく足音が聞こえる。何故?どうして?その意思に答えるように運んでいた人がこう言った。

 「君は重大なミスを犯した。」

 どういうことだ?あの箱に物を流し込んで隠蔽しようとしたことだろうか。

 「あの箱は対になっていてね、不要なものを介して金と幸せを変換するものなのだよ。そして、それは決して使用している本人に利益が出るように使われてはいけない。私はそのを取っているのだ。」

 そこでぼくは自分の過ちをぼんやりと理解し始めていた。しかしまだ腑に落ちない。

 「いいかい?ピンク色の箱は、金を不要なものに変える箱だ。しかし君は貯金箱の代わりに使おうなどと考えただろう?だから釣り合いとして君のものもその箱に混ぜておいたんだ。それだけならまだよかった。そして次にその不要なものを幸せに変える箱を置いた。しかし君は、ゴミ箱代わりに使ったり、挙句犯罪の隠蔽に使おうなどと考えただろう?今回はその対価という訳だ。」

 なるほど、と理解しつつも、まだわからない。それなら他人の不要なものを幸せに変える箱に入れたのは正しかったのではないか?

 「あのねぇ……君はあの中に入っていたものの名前を見ただけで、会社の同僚のものと判断しただろう?そして勝手に犯罪だの何だのと喚いて……。それらは本当に会社の同僚のものだという証拠でもあったのかい?」

 そこでぼくはハッとした。しかし遅かった。

 「心に疾しいことを抱えているとそうもなるもんだよ。じゃあね、哀れな箱さん。」

 そういってその人は去ってしまった……ん?今なんだって?そう思っているうちにさっきとは違う人が歩いてきた。


 「あれ?俺何か頼んだっけ……まあいいか、とりあえず中に入れよう。」

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