第7話 アイアンペッカー
ファンファーレが鳴りやめば、ゴーンと決勝戦開始の鐘が鳴る。
俺は迷わずに、ガンと出力レバーを手前に叩き込むっ。
爆発でも起きたかのような歓声に後押しされ、出力最大ウサギの最短直進ルートを
土フィールドを抜け、コンクリフィールドを横断すれば捉える。
機体をトリコロールカラーで染めるアイアンペッカー。
おっさんの故郷の国旗とかなら別に文句はない。
けど、断言する。絶対にあいつはただの日本のロボットアニメかぶれだっ。俺の第六感がピキーンと鳴って、そう伝えてくる。
俺がギャルゲ『どきパラ』に出会い魂を捧げる前、夢中になって観ていた宇宙を舞台に搭乗型ロボットで戦うアニメ。その人気シリーズで主人公が乗り込み活躍を見せてくれたロボットの色彩はブル―、ホワイト、レッドの三色を基調とした。
「ボブマッチョ。お前は重機の操縦席に乗り込み、
俺は(妄想で)ある!
「ジュウキスターかなんかしらねーけど、こっちは筋金入りの元ロボット大好きっ子なんだよっ。かぶれごときが、その伝統カラーを使うんじゃねえっ」
俺から見て、右方向へ回り込もうとするアームの付け根が左仕様のサウスポー重機アイアンペッカー。
俺はそんな相手に対し、挨拶代わり兼憤怒を込めた左旋回からの
が――、チュインと伸ばすバケットの先がかすめただけに終わる。
意外に相手の反応と駆動性が高い。
ギャパパパと履帯を土面で滑らしながら、相手へ向き直る。
こっちの死角へ回り込もうとしてくるアイアンペッカー。
二機は螺旋を描きながらに、間合いを詰めていく。
「うだっ」
ドン、と重機同士がぶつかる。
乗り手の図体の割に、向き合う相手の重機の大きさは、俺=ユンボーより一回り小さい。
だが、重量はあまり変わらないのだろう。押し合いに優位性を感じる挙動は生まれない。
それに。
「しれっと、『
アイアンペッカーの足元に備え付けられる横に長い厚手の鉄の板は、ブルに比べれば縦幅も厚みも小さい。
しかし押すためにある装備には違いない。
「こりゃ、押し合いも微妙だな」
アイアンペッカーが設ける排土板に気を取られていると、『破つりピック』のぶっとい鉄の棒先が、俺の機体に穴を
俺は機体に接触する棒先を、がん、とバケットを当てて弾き払う。
アイアンペッカーの腕先にある重そうな長方形の鉄箱から、にょっきと突き出る芯棒。その棒先に触れただけでは穴は開かない。
ピックはガガガッと、突き出る棒が目にも留まらぬ速さで上下運動することにより、突貫力とする。
なので、すかさす払えばそうそう貫かれることもない。
ただ、いかんせん、中身が空洞の
純粋な殴り合いでは相手に分がある。
だから、俺は隙を見て土をすくう。
『さすがは決勝まで残る重機乗りだ。拳のウェイトによるハンデを、バケットに土を盛ることでカバーする。そういうことだろ、タクミ』
「このくそマッチョっ。殴り合ってる最中に、わざわざマイク使ってまで話してくんなよっ」
『おお、ソーリー。何かスピークしているようだが、拡声器を使用してもらわないとヒヤリングできない』
視界には肩をすくめるボブマッチョが映る。
「こんのお――」
その八の字眉顔やめろ。
こっちはハンズフリーな拡声器積んでないんだつーのっ。
「だらっ、秘技、肘掛け運転」
俺はマイクを掴む腕の肘で、操作レバーを操る。
地味で不格好だが、かなりの技量を要する上級テクニックだ。
『いちいち、スピーカー使って話しかけてくんじゃねえっ。あと解説っぽいこともすんな。なんか恥ずかしいだろうがっ』
なんか俺が、説明されないと理解できないような、おかしな行動をしているみたいじゃねーか。
『ノンノン。解説は必要不可欠だ。我々の間で行われている駆け引きを、観衆へ伝えれば、それだけエキサイトな舞台になるだろ。パフォーマンスも含めてプロ意識だとユーは思わないのかい』
『プロ意識でパフォ、パフォ、だあっ、意味わかんね』
ぶつけ合いで、ほとんどカラになったバケットの残る土砂を相手重機にぶっかけ、俺は一旦距離を置く。
土砂掛けが目眩ましになるわけではないが、俺の中で確信した気持ちが自然とそうさせていた。
ま、手足が出ないからの嫌がらせなんだけど。
ムカつくかな、ボブマッチョは強い。
言動が何かと俺の
俺くらいの重機乗りになれば、アームを交わすことで相手の力量を測れる。
重機バトルはただ殴り合って押し合っての闘いではない。
ちゃんと駆け引きやテクニックがある。
相手を攻撃するにしても、ジェルを赤く染めようと思うなら操縦席へ直接打撃を加える方が効果的。
だから、死角から襲えばゲームメイクは行い易いが、アームの付け根で守られる操縦席を狙うには好ましくない、なんて状況が生まれる。
この、こっちが立てばあっちが立たないを上手く使って立ち回れるのが、強い重機乗りだ。
死角からの転倒攻撃かと思えばフェイクで、急旋回でコックピットへの会心の一撃――狙いかと思いきや、それも引っ掛けで、相手の挙動を揺さぶった後にウイークポイントをついて一気に転がす、なんてのも日常茶飯事だ。
ボブマッチョにはこのバトルセンス的なものが、俺の駆け引きに屈しない程度にありやがる。
それから、重機バトルの重機は常に、攻守を同時に行う。
主に『攻』となる上部機体の旋回は説明するまでもなく、攻撃するための動作と操縦席の移動の意味がある。
それで、主に『守』となる下部機体の旋回であるが、俺達重機乗りは停まったままで殴り合いはしない。絶え間なく両足のペダルで操作している。
これはなぜかといえば、重機バトルに於いては、履帯の向きが直接的な弱みになるからだ。
仮に下部の横長の履帯が左右に伸ばして座る状態なら、横から加わる力には強いが、前後からの力には逆に弱くなる。
だから、相手の攻撃のベクトルに対しては、強い面で受けるのがセオリーだ。
相手がいろんな角度から殴ってくるのであれば、それに耐えられる向きで対応しなければならない。
左右の履帯を互い違いに前後したり、片方だけを回したり、かなり忙しいのである。
これをボブマッチョは俺と同等か、アームに回転機構なんぞという操作行動が増える物も仕込んでいるようだから、それ以上の技術でアイアンペッカーを操っていることになる。
「本戦の常連は、ダテじゃないってことか」
焦燥感を抱いているつもりはないが、レバーを握る手が汗ばんでいる気がする。
手をこまねく俺=ユンボーを中心点として、ぐるんぐるん回りながら、近づいてくるトリコロールカラーの重機。
俺はまたバケットで土砂をすくい、中身を相手へ向けて投げる。
牽制になりもしない土砂かけを続ける。
攻めあぐねる俺は、これしかやれることがなかった。
闘技場、土フィールドの一角。
バシャっ、バシャっ、と俺が土砂を投げつけ、ボブマッチョがキャタを鳴らしまくる土壌は土煙が舞に舞う。
『対応幅のあるバケットならではの土砂を投げる攻撃。一見すれば、鉄の重機に対し無意味のように思えるそれも、タクミには真の狙いがある。そうではないかね?』
断りもなく、また話しかけてくるちょいと先で走行するアイアンペッカーは、上部機体の方向は俺を定めたまま、隙をうかがうようにして周囲を高速で回るウザったい軌道を描く。
『したたか。そう、ユーは土砂を使う攻撃の裏で、溝を掘っている。それは私からの攻撃を一定方向へ絞るためだ』
『だから、いちいち
図星だったからか。つい反応しちまったぜ、こんにゃろめ。
俺は砂かけ重機を装いつつ、自機が据わる側面辺りへ穴を掘っていた。
相手の機体は、機動力がかなり高い。
しかし、速さがあればあるほど、”段差”は堪える。
機体全部が落ちるような穴は掘れなくても、障害になる溝さえ作れれば、その面からの攻撃の可能性がぐっと低くなる。
つまり俺は、こうやって周囲に掘りを作ることで攻撃される範囲を狭めていこうと――ボブマッチョの言う通りだわな。
『いいだろ、タクミ。私はユーの誘いに乗ろうではないか』
響き渡るボブマッチョの声とともに、ズシャー、と機体をスライドさせながらアイアンペッカーが急停止。
ぐりぐり、と下部機械が回れば、そこに構える鉄板が俺の方を向く。
「ちょい待て。まだ溝が完成して」
『タクミ。アイアンペッカーのブーストは強烈だ。心しておくといい』
「ぐお!?」
突っ込んで来やがった。
真正面から真っ直ぐに、すごい勢いで加速してくるっ。
猛牛だ。猛牛のごとき突進。
俺は衝撃に備え、下部機体の正面を前へ持ってくる。
「――っぐ、つはっ」
排土板アタックとでも呼べばいいのか。
正面からの衝撃に後退した機体は、力負けした証のようにしてぐりんと向きを変え、俺の視界を相手の機体から遠ざけていた。
そうして、すぐさま襲ってくるアーム。
視界にはっきりとした軌道は把握していないが、勘と経験を頼りに、こっちのアームで受け止める。
ガキン、と鉄の腕同士がぶつかり合う、がしかし。
ガガガッと嫌な揺れが操縦席にまで走った。
「野郎っ。ひねって、突きやがった!」
アームに仕込む回転機構の性能を、相手から発揮されてしまった瞬間だった。
通常、重機のアームの可動部――人でいうところの手首、肘、肩にあたる部分は、二方向の動きしかできない。
それを回転できる仕様にすることで、”ひねり”が可能となる。
つまりその利点としては、二方向の駆動だったなら届かないはずの攻撃も届いてしまうということだ。
『回転機構は操作がディフィカルト。しかしそのアタックは相手にしても回避が難しい。死角からなら尚更だろう』
上部機体を旋回すると、ドン、と更に機体をぶつけてくるボブマッチョと対面する。
抵抗しようと、グイ、グイと前進ペダルを踏むも、挙動がおかしい。
「この野郎っ。”
挙動具合で察しはつく。
おまけに、バッバッと外へ注意を払えば、決定的な物が転がっていた。
切れて横たわる鉄の帯。
『さあ、片足をロストしたユーはどうする。はっはっはっ。私はこのチャンスを逃すような二流のファイターではないぞ』
宣言通り、俺=ユンボーはエグいことを仕掛けられる。
ボブマッチョが排土板で、
ずりずり無理やり動かさせられる機体は、進行方向に破損した足を置くので、それが抵抗となって地中へ潜り込み、機械を傾かせる要因になる。
つまるところ、このままだと前のめりでバタンと倒される。
だから、そうならないために、破損する足の前の地面にバケットをつき傾きを支えるようにして、押され続けている今もなお、必死に耐えている。
ただしこれ――。
『機体の転倒を避けるためとはいえ、それでいいのかい。こちらからだとバックがガラ空きだぞ』
「言われなくても、分かってんだよっんなこたあ!」
後ろからボブマッチョが背中を押す。
前に倒れようとする俺は、正面に手をつき支える。
例えるならこんな状況なのに、支える
ガリガリリリリ――、俺=ユンボーを遠慮なく推し進めていくボブ=アイアンペッカー。
集中線が入るようにして、周りの景色がビュンビュン過ぎ去ってゆく中、相手は容赦なく”遊ぶ腕”を使ってくる。
「くらああっ、卑怯だぞ」
ガガガッ、ガガガッ。
振り向けない後ろのボディを突かれる、穿たれる。
機体の装甲板に、穴が開けられまくってる。
中のエンジンや駆動部は、かなり堅く守られているはずだから、穴を開けられた感触よりだいぶ無事だろうと思われる。だが、だからといって損傷がないわけではない。
「おいおいおい、いい加減やめろやめろっ、煙出てるぞっ」
後方確認のミラーを確認したら、そんなんだった。
それで、俺の嘆きが通じたのか、土をかき分け押されまくっていた機体の前進がピタリと停まった。
『”ここまで”耐えるとは、タクミのベイビーは、良きメカニックと出会えたようだ』
含みのある物言いは、”ここ”にイヤーな気配を漂わせる。
いつの間にか、こんなところまで押されたかと思う場所は、闘技場中央のコンクリフィールド。
相も変わらずな劣勢状態に、地面だけは土色から白色のそれへと変化していた。
キュラキュラと相手が俺から離れる。
押し倒すのを諦めたかと思えるその行動に、俺はほっと胸を撫で下ろすようなことはしない。
逆だ。ピリピリと緊張の糸を張りまくる。
『タクミ、気づいているか』
『……気づきたくはないが、さっきのドサクサで履帯が外れてる』
片側は穿たれて切れ、残ったほうも押し連れられて来る途中で外れた。
言うなれば、今、俺の重機は両足をもがれた状態。
履帯のベルトがなければ地面を蹴る足がないのと同じで、いくら下部機体を操作しても自走不可能だ。
『では、タクミへ問おう。両足の機動性能を失い身動きが取れないユーには、ギブアップの選択肢がある。さあ、セレクトしなさい』
「ギブアップとか……、んなもん、できるわけねーだろうがっ」
俺が敗北となってしまう結果。ついでに異様な盛り上がりをみせる観客たちからはきっと超絶ブーイングの嵐が待つだろう結果。
選べない選択肢に憤りを感じつつ、俺はマイクを取る。
『言わなかったか。俺が目指すのは本戦のてっぺんだ。ギブアップなんてくだらねえオプションは、俺の重機には搭載してねーんだよっ』
『いい決断だ』
俺の強がりに、ニヤリとした顔でそう応えたアイアンペッカーのボブ。
完全不利の状況下、決勝闘技の最終局面の立ち合いが開始された。
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