校門を抜けると、そこは学園異能バトルの世界だった

毒針とがれ

プロローグ

 校門へと続く道路は、和気藹々とした空気で満ちていた。

 四月上旬らしい桜が茂る並木道、制服姿の少年少女たちが談笑しながら新たな学舎へと歩を進めている。その胸に抱いている三年間への期待が、見ている側にも伝わりそうだ。

「・・・・・・どいつもこいつも浮かれた顔をしやがって」

 そんな輝かしい青春の一ページ目に泥を塗るかのような言葉をつぶやいたのは、同じく制服に身を包んだ少年だった。まるで画面の向こうの別世界でも見るような目で周囲を見渡しながら、その少年、平坂真生は深々とため息を吐いた。

 高校生になったからといって、誰もが平等に胸躍る三年間を享受できるわけではない。

 あの大きくも小さい校舎の中は、暗黙の序列が渦巻く厳然たる階級社会なのだ。部活のエースやクラスの人気者が当然のように幅を利かせる一方で、何も秀でたものを持たない根暗たちは酸素を吸うことすらままならない・・・・・・それが、教室というサバイバル空間なのである。

 そして、残念なことに平坂は後者・・・・・・いわゆるスクールカーストの下位に属する人間だった。低めの身長に幼い顔立ち、そこそこの学力以外に取り柄なし・・・・・・とても青春を謳歌できるスペックではない。

 だから、平坂は周りと違って自分が過ごすことになる高校・・・・・・能芽学園に期待などまったく抱いていなかった。元々、自宅から通える範囲で偏差値が一番高かったから選んだだけの学校で、見学すらしなかったほどだ。

 ただ平穏無事に三年間を過ごせれば、それ以上は何も望まない。

 そんな夢も希望もない気持ちで、平坂は校門を抜けた。

「・・・・・・ん?」

 学校の敷地に足を踏み入れて間もなく、ある生徒たちの姿が平坂の目にとまった。いかにも不良といった風体をした、柄の悪い男たちだ。

 それだけなら気にとめなかったかも知れないが、彼らは明らかに自分の方に視線を向けている。そして、何やら企んでいそうな顔でこちらに接近してきているのだ。

「よう、坊ちゃん新入生かい? 初々しいねぇ」

 五人組の不良の内の一人、比較的のっぽの男が下卑た笑みを浮かべながら平坂の顔を覗き込んだ。返事をせずに無視しようとしたが、残りの連中によって取り囲まれて校門の塀まで追い詰められてしまう。

「・・・・・・何の用ですか?」

「つれない返事だねぇ。せっかく先輩たちが新学期を迎える後輩君をお祝いしてあげようと思っているのに」

 五人組の中でも下っ端のポジションだと思われる男が、愉快そうな顔で言った。平坂は内心で舌打ちする。くそ、こんな奴らがのさばっているなんて聞いてない。能芽学園は県内有数の 進学校のはずじゃなかったのか。

「でもなぁ、入学祝いをしてあげようにも俺たち懐が寂しくってよ・・・・・・そこで、坊ちゃんに気持ち程度の施しを頂きたいわけ。分かる?」

 リーダー格らしき男が威嚇するように歯を剥きながら、お決まりの要求を口にする。平坂は気弱な少年らしく動揺した顔を見せる・・・・・・が、内心ではさほど驚いていなかった。

 数えるほどではあれ、中学時代にもこんな風に絡まれることがなかったわけではない。最初にカモにされて以来、財布の中には必要最低限の現金しか入れないように心がけている。最悪、失うことになっても昼飯が食べられなくなるだけだ。

 入学早々こんな不運に遭遇した自分の幸のなさを呪いつつ、平坂は卑劣な要求に屈して自分の懐に手を伸ばす・・・・・・


「その少年から離れろ、無法者ども」


 毅然とした声が、平坂の耳を打った。

 振り向けば、一人の女性が仁王立ちをしながらこちらを見据えている。恐ろしく美しい女性だった。日本刀のような輝きを帯びた長髪の下、氷細工を思わせる鋭い顔立ちは平坂よりも一回りほど年上のように見える・・・・・・だが、その身に着込んだ能芽学園指定の制服が、紛れもなく彼女が同級生であることを主張していた。

「これから輝かしい三年間を送ろうとしている新入生の気持ちを挫く蛮行、風紀委員長として見逃すわけにはいかない。早々にこの場から立ち去れ、そうすれば今回限りは見逃してやる」

 その精巧な美貌には似つかわしくない堂々たる態度で、女子生徒は不良たちに勧告した。

「・・・・・・威勢の良い嬢ちゃんだなぁ、おい?」

 だが、不良たちが彼女の発言に耳を貸した様子はなかった。それどころか、新しい玩具を見つけたかのような態度で何名か接近していく。

「正義の味方ぶるのは立派だけどよぉ、世の中には首を突っ込まない方が利口な場面だってあるんだぜぇ・・・・・・」

 巨漢の不良が好色そうな視線を謎の美女に向ける。どうやら彼女は平坂とは別の意味で獲物として見なされてしまったらしい。並みの女子高生なら、その言外に伝わってくる下卑た態度だけで戦慄してしまうだろう。

「なるほど、どうやら反省する気はないようだな」

 だが、舐め回すような視線に晒されている本人は至極冷静だった。最前と何ら変わらぬ堅強な態度のまま、再び眼前の不良たちを見据える。

 すると、彼女は唇を三日月の形に割った。

「よかろう。ならば貴様らが、綱紀粛正の記念すべき第一号だ!」

 そう言い終わった瞬間、彼女の姿が不良たちの視界から消えた。

 いや、正確に言えばそれは消えたのではない。目にもとまらぬ速度で女子生徒がのっぽの不良の懐に潜り込んだのだ。そして、彼がその事実に気がついたときには全てが手遅れだった。彼女が繰り出した拳が、腹部を打ち抜く。

 次の光景に、その場にいた全員が目を疑った。

「うっぎゃあああああああああああ!」

 世にも情けない悲鳴を上げながら、のっぽの不良が弾丸のような勢いで遙か彼方に吹っ飛んだのだ。五十メートルほど先の地点で、何度か地面をバウンドしながら転がっていく姿が見える・・・・・・あまりにも人間離れした力業に、不良たち全員の血の気が引いた。

「さて・・・・・・次に仕留められたいやつは誰だ?」

「ひ、ひぃ!」

 しかし、その光景に動揺している暇はなかった。自分たちの仲間を肉銃弾に変えた怪物が、今度は自分たちを仕留めようと接近してきたからだ。下っ端の不良は慌てて臨戦態勢に入ろうとするが、それよりも早く顔面に強烈な蹴りをお見舞いされてしまう。

 立て続けに二人も倒されてしまった不良たちだったが、ここでようやく反撃の機会が訪れた。大柄の不良が彼女の背後に回り込んだのだ。強烈な一撃を繰り出した後の無防備な背中に、不意打ちを掛けようとする・・・・・・が、結果は空振りに終わった。

「なっ、いったいどこへ消えた!?」

 直前まで確かに自分たちの目の前にあったはずの女子生徒の姿が、忽然と消えてしまっている。焦燥に駆られて周囲を見渡した小物たちが己の愚かさを悟ったのは、上空から迫る巨大な影に気づいた後だった。

「ごふぅ!」

 常識外れの脚力で跳躍していた女子生徒の踵が、巨漢の不良の脳天に直撃する。その光景に唖然としていたもう一人の下っ端も間もなく彼女の拳の餌食となり、最初の彼よろしく弾丸と化して遠方へ吹っ飛んでいく。

「・・・・・・残るは貴様一人だけだな」

 その口ぶりは、わずか十数秒足らずで四人もの不良を片付けた後というよりは、朝の準備体操が終わった後くらいの軽いものだった。

「な、何だってんだ、いったい・・・・・・」

 一人残されたリーダー格の不良は、わなわなと唇を振るわせていた。まさか華奢とすら思える目の前の女に、これほどの怪力が宿っているなど思わなかったのだろう。恐れに顔を歪ませて、ジリジリと背後に下がっていく。

 そして、頭の中で何かの合点がいったのか、唐突に叫んだ。

「ま、まさかお前、『アウェイク』なのか!?」

「知らん!」

 無慈悲な拳の一撃が、リーダー格の男の顔面に炸裂した。恐るべき衝撃に打ち抜かれた彼は、盛大な血飛沫をまき散らしながらその場に倒れ込む。

「だが、私は名乗るべき名前をきちんと持っている。とくと聞くが良い」

 もはや意識がない抜け殻を見下ろしながら、彼女は高らかに告げた。

「私の名前は鉄条るるり! この学園の綱紀粛正を為すためにやって来た、風紀委員長だ!」

 校庭どころか、学園全土に響き渡るかと思えるほどの声量だった。校舎の窓からは、何事かと思った生徒たちが声の主の方を覗き見ている。興味を引かれる者、怪訝に感じる者、動揺する者・・・・・・三者三様の反応を見て、宣言主である鉄条るりりは満足げに笑った。

 そして、怪人を撃退し終わった後のヒーローみたいな顔で助けた少年の方を振り返る。

「さて、因縁を付けられた不幸な少年よ、怪我はなかったか・・・・・・って、あれ?」

 しかし、そこに被害者の姿は見当たらなかった。

 不思議に思って周囲を見渡すと、遥か遠方、ちょうど五十メートルほど先の地点でモゾモゾと動いている生物を見つけた・・・・・・気絶しているのっぽの不良の下で。

「・・・・・・し、死ぬかと思った」

 満身創痍といった様子で這い出てきたのは、いつの間にか消えていた少年だった。どうやら、彼女が最初の不良を吹っ飛ばした際に巻き添えを食らっていたらしい。不良の下敷き状態から脱すると、平坂は深くため息をついた。

 自分は先ほど、平穏無事に三年間を過ごせれば他に望まないと言った。

 だが、

「生きてこの学校を卒業できるのかな、僕・・・・・・」

 視界の彼方で手を振っている怪力娘の姿を見据えながら、平坂はそんな不安に駆られた。

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