千羽鶴、火葬
雨皿
千羽鶴、火葬
窓のふちから飛んだ君が、死んでから、もうすぐ一年経とうとしている。
だから、僕はお墓を作ってあげる事にした。
墓は簡素な造りで、幼稚園児でも作れてしまいそうなみすぼらしい感じだ。
(見た目が重要なんじゃない、心が大事なんだ。)
これは僕の好きな言葉だった。
だから造りの粗末さを棚に上げると、僕は手を合わせて目を瞑った。
一応、これが僕の精一杯だよ。
*
一度だけ友達の為に千羽鶴を折った事があった。
勿論、一人じゃ無理だったので、姉と協力して貰ってせっせと折りまくった。
しかし言いだしっぺの僕は飽きて途中で路線を変え、適当に蛙やカメラを折ってはそれらの真ん中に紐を通して繋げた、サビキっぽい何かを作る事に専念した。
ところが姉は真面目に降り続けて、ホームセンターで買った大量の金紙と銀紙を全て織り尽くした。
大事な友達の餞別だと、千羽の鶴を折りきったのだった。
しかし、その千羽鶴は一ヶ月くらいした後に、燃えるゴミになってしまったようだた。
それは母親が友達の母親と電話している時に聞こえた話から容易に想像できる事だった。
どういう文脈で、どういう電話を家にしてきたんだろうか。
なんて、小さい子供が考える訳もなく、ただただショックだった。
ただ、姉だけにはこの話を隠そうと思った。
寝る間も惜しんで織り上げた千羽の鶴がゴミ収集車に潰されて運ばれた事。
*
なんとなく、そのイメージだけが頭の中に残ったまま僕は大きくなり、やがてスマフォを手に入れて、なんとなく思い出した千羽鶴を検索にかけたら、この話は結構よくある事みたいだった。
つまり、これは決して酷い話ではなかった。
似たような話はいくらでも、どこにでもあった。
皆が一生懸命織り上げた鶴の束。
様々なイベント、人、物、に向けられる折り鶴の花束。
の、顛末、について思いを巡らせれば、こんな話簡単に想像のつく事じゃないか。
千羽鶴、火葬で検索。
色々な真実はそこにあり、そして千羽鶴は燃やされる。
人の思いは誰かの税金によって灰色の燃えかすになった、っていうくらいの人の思いってどんなもんだろうか。
僕たちは、僕たちの好意を友達に押し付けただけかもしれない。大きな物で綺麗に押さえつけようとしたのかもしれない。
僕たちの別れの思いっていうのは、形じゃ表す事の出来ない事だから、そういった物で示そうとした事がある種の欺瞞だったんじゃないかと今なら思う。
今なら普通に花束を渡すと思う。
それか実用的な何かを。
もしくは何も渡さずに、バイバイだけして後はラインを飛ばしておしまいっていうのもありだ。
頑張って動画でも作れば喜んでくれるかもしれない。
でも、まぁ、あの時の事を考えれば、
要は、自己満足だったんだと思う。
だから、僕は、君の墓をとても簡素な造りにした。
やっぱり人の思いは形じゃ表せないと思った。
思いは思いなのだ。
ならば、あえて簡素な造りにして、僕はここに毎日お参りして、君の墓の周りを彩るような種を植えて水を遣って、誰かがここに来たら素朴だけど、立派な心のこもったお墓だねって思ってくれるような物にしようと思った。
そう、今、僕は泣いていた。
君の、君があっけなく死んだあの日がすぐそこに近づいている事を肌で感じた。
夏の暑い日。
夏至の過ぎた今日の日に、僕は君のことを思って一本の枝の墓標を立てて手を合わせた。合わせよう。そして祈ろう。君の死後に、せめて君の死後が安らかな物であるように。
そうして生まれた涙をノリの効いた綺麗なYシャツの袖で拭うと、墓標の木の枝がぐらりと地面からちょっとだけ揺らいだ。
慌てて枝を刺し直し直す。
僕は一度家の中に戻る事にした。
明日が君の命日だから、ティッシュを下手くそに丸めたてるてる坊主を窓に飾った。
*
そして、次の朝になり、ベッドから起きて見ると庭は土砂降りになっていた。
絶え間ない大粒の雨が、窓ガラスに大波を叩きつけて、そのしぶきが家の中に入ってくるようだった。
だから窓の向こう側はぼやけて何も見えなかった。
見えないように神様が意地悪しているんじゃないかと思ったぐらいだ。
僕は正気だ。
今日は君の命日だった。
正気な僕は、僕は、そんな窓の事が嫌いになって、思い切り窓を叩いた。
窓にヒビが入り、中に風が入り込んだ。
てるてる坊主が床に転がり落ちる。
昨日の夜に吊るしておいたてるてる坊主が床をぐるんぐるん這いずり回った。
部屋の中に風と雨が入り込み
僕の目はチカチカした。
僕が作った墓は水に流された、いっしょに植えた花の種も水に流されてどこかに消えてしまった。
僕は窓の淵に両手を掛けて庭に出ようとしたが、でも、それはできなかった。
そして、その日はふて寝してしまった。
枕を抱えてびしょびしょに濡れたパジャマ姿で、一日中眠り続けた。
*
そして、翌朝の目覚めは最高だった。
勿論、昨日刺した墓標も、花の種も下水溝に流れてしまっていたので、僕はもう二度と墓を作る事はないだろうと思った。
そしてそのまま、君の事もなんとなく忘れることにしたのだった。
あの日は、カッパ着て外に出れば良かったのに、そんな事もしないなんてね、何が心だ、マジで、僕は、君の事なんてどうでも良かったに違いなくなくない?
そんな事、誰も僕に聞かないから、僕はどうでもいいくらいな感じで君の命日を終えた。
ああ、明日は土曜日だ。
千羽鶴、火葬 雨皿 @amasara_kayahata
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