絶対殺すマン。
@masahiro
如(ジョ)
第1話 地下帝国バンダの使者 バ・サシャード・ギラス
その日も、世界は怪人が現れるくらい平和だった。
祝日の大通り。赤信号で立ち止まる誰かの時計が、正午を示した瞬間。
悲鳴が上がった。
交差点の中央。突如コンクリートが隆起し、周囲の車が回転しながら歩道に吹き飛ぶ。そこに出現したのはつららを逆さまにしたような数メートルの土柱。それも、立て続けに何本も現れた。
どこへともわからず逃げようとする人々は、人を押しのけ、人を倒す。
人の波が交差点を中心に広がっていく。その光景を、一番初めに現れた土柱の真上に立ち、見下ろしている男――否、怪人がいた。その姿は人型だが、顔つきはどことなくモグラに似ている。
怪人は含みのある笑いをして肩を揺らすと、満足げに口を開いた。
「我が輩は地下帝国バンダの使者! バ・サシャード・ギラス! 地下を開発し、目先の利便さを追求した、残虐なるこの国を侵略する! 地下の恨み、しかと目に焼き付けよ!」
その声は交差点中に響き渡り、大通りにそびえる建物の窓という窓、全てを震わせた。
ギラスは地上に降り立つと、路上に残された全ての車の下から、土柱を隆起させた。それはさながら、土の鉄格子であった。
上空には早くも報道ヘリコプターが飛び、交差点の様子をレンズを通して全国に中継している。
空飛ぶ機械の存在を確認した怪人は、ますます声を荒げた。
「地下のみならず、空までも利用するとは、罰当たりな者どもめ! 見ているか人間、我が輩の怒りはもう収まらん! この地上のありとあらゆるものが標的だ、目に入ったものは全て貫く!」
その時、激昂するギラスは、視界に一人の男を捉えた。男は何を思ったか、ひび割れた車道を歩み、向かってくる。思わず怪人は笑みを漏らした。
「ほう、まさか立ち向かう勇気を持つ者がいたとはな!」
ギラスは目の前で立ち止まった男の全身を注意深く観察した。Tシャツ、ジーパン、サンダル。髪はぼさぼさ、細身、身長は大きくも小さくも無い。
地下帝国バンダの使者は、相手の容姿は戦闘に直接な意味をもたらさない事を知っていた。戦う意思。それさえあれば、誰でも戦士である。
大きく息を吸ってから、高らかに宣言した。
「我が輩は、地下帝国バンダの使者、バ・シャード・ギラスである! 貴君の勇敢なる意思を称え、我が輩自ら手を下してあげよう! フンッ!!」
ギラスは右の拳を握ると、瞬く間にその腕が二回り、膨張した。男は二度、瞬きをしただけだった。
「我が拳を受けられる事を誇りに思え!」
巨木のような右腕が男の上半身に影を落とした。
「セエエエエエエエエエエヤアアアアアアアアアアアアア!!」
瞬間、バ・シャード・ギラスの身体が右腕から砕け散った。
「な、なぜだァァァァァァァァァァッ…………」
ギラスはその叫びが消えぬ間に、身を土に還した。ほんの、数秒の出来事だった。
男は頬を掻き、土塊となった地下帝国の怪人に手を合わせた。
「すみません、殺してしまいました」
交差点の上空で、ヘリコプターの羽の音だけが響いていた。
大通りに乱立した土柱が、頂点から砂になって消えていく。
「また殺してしまった……なぜ悪人は、僕に触れるだけで死んでしまうのだろう」
男は今日も、自らの意思を介在させる余地も無く、悪を滅してしまった。
「本当は、話し合って解決したいのに」
砂埃の中、一人の男の砂を踏む足音が街の平和の歴史を刻んだ音になった。
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