神々の骰子、妖術師の弟子たち、その他の物語集
𠮷田 仁
第1話 3年土星組の修学旅行
「それでは、最初に
先生に指された髪の長いやや派手な風の少女が立ち上がった。ネクタイの結び目がややだらしなく、全体に緩めの雰囲気の子だ。
「はい、先生、
「では、
先生は、阿澄さんの前に座っていた生徒、つまりこのわたしを当てる。「はい、先生、
「・・・何も記していません。又、Tsathoggua様のお后についても同様で、彼は初めの頃は
「・・・今一つ父親がはっきりしていなかった大いなる姉御
「・・・その事を書き加えただけでした。今は
チャイムが鳴り、先生は本日は此処迄とだけ云い置いて教室から出て行った。その後姿を見送りながら、わたしは先生の性別について考えた。と云うのは先生の代名詞は、矢張り”彼 ”か ”彼女 ”の方が ”それ ”より良いかな・・・と想うからだ。いや、これはわたしだけの考えだが。
先生はキノコだ。人間では無い。町の外の人達には秘密だが、先生達は外宇宙からやって来て
「あかり~、帰りに買い物つき合ってよ」と声を掛けて来たのは、かおるさんだった。女性神官の家系である祝家の跡取り娘だ。嘗て日本では女性が神職から外された時期が有ったが、わたし達には関係無かった。
わたしはその日、かおるの買い物につき合った。かおるも修学旅行ではわたしと同じ班で、彼女の買い物も見当はついていた。彼女の親友が向こうに居るのだ。本当だったら、わたし達と同じ班の一員として修学旅行に臨む筈だったジェーンは、この春、事故で御両親が無くなり二年生の終業式を待たずに学校を中退すると向こうに行った。亡くなられたお父様に代わって桜川流を継ぐ為に。今はお祖父様の指導の下、修行中の筈だった。夜、テレビのニュースでは埃及大統領が暗殺されたとアナウンサーが騒いでいた。ジェーンのご両親が生きていたら、その役はお二人だったかも知れない。今の埃及の大統領と云ったら、秘密警察を動員して大いなる古き者の信者を密かに狩り立てている事で知られていた。わたし達、大いなる古き者達への信仰に生きる者達の間では。まあ、兎に角、修学旅行には何ら影響は無さそうだった。
朝は寒い。標高が高い事もあって、この町では夏を除いて朝夕には気温が下がる。九月を過ぎると朝はぐっと冷え込んで寒く感じられる。
修学旅行決行日当日、いつもより早く教室に集合した土星組の面々は班毎に異なる格好をしていた。分厚い毛皮や防寒衣を用意している班もあれば、水着と変わらぬ姿で寒そうにしている班もある。わたし達の班は一応防寒コートを用意して来たが、予定通りならば着用する事は無い筈だった。
一つの班は五名で合計五つの班に成るところが、わたし達の班だけ四名だった。土星組は二年の時、ジェーンが学校を中退した為、総勢二十四名に成っていた。他のクラスは火星組も木星組も二十五名、今は二年生、つまり来年には三年生に成る筈の月組も水星組も金星組も、そして一年の天王星組、海王星組、冥王星組も全て一クラス二十五名だ。試験は入学試験のみで、編入試験の制度は無い。途中で一人欠けても編入試験を行う事は無いのだ。
同じ班に成る暗黒寺さんが挨拶して来た。彼女は忌み名である自分の名前を呼ばれるのを嫌っているので、わたしや暗黒寺さんと親しい人は彼女を名前ではなく姓で呼ぶ様にしている。もう一人、同じ班の姫もやって来た。姫と云うのは本名ではない。お姫様の様に上品な美人なのと彼女の姓から付いた渾名だ。本名は白雪りつと云う。幼稚園の頃はりっちゃんと呼ばれていたそうで火星組に居る彼女の幼馴染は、彼女をりっちゃんと呼んでいるが中学以降に彼女と出会った人達は、皆、彼女を姫と呼んでいる。
時間に成り、皆、校庭に移動を開始する。他の生徒達の登校前だ。わたし達の班は門の所に停車していた充電式の大型トレーラーに案内される。馴染みの有る強い異臭に振り向くと、キノコの先生達の先導で大きなタンクを
荷物の関係で大型トレーラーで運ばれて行くのは、わたし達の班だけだった。二つの班は充電式のマイクロバスで、残る二つの班はどうやら徒歩か他の移動手段に頼る様だった。徹底した防寒スタイルの班は校庭に残った方だった。彼女達は確か南極行きだ。リュックや荷物を収めた四角いコンテナが横にあるので、もしかしたら
わたし達は全員、天開女子高等学校の制服だ。尤も、うちの学校の場合、登録しさえすれば制服として使用可能なので見た眼はまちまちで知らぬ人達から見ると一寸変わった私服の様に見えるかも知れない。わたしは可愛いらしく蝶ネクタイにブレザーだが、暗黒寺さんは露出の多いアメコミに登場するスーパーヒロインの如き際どさで、姫は着物をアレンジしたデザイン、かおるさんは巫女と間違われかねない水干姿だ。
朝、まだ早い事もあって天空の門へ向かう道はわたし達のトレーラーと、他の二班をそれぞれ乗せたマイクロバスだけだった。昔は乗り物毎の移動は適わなかったらしい。矢張りバブルの頃、門の内部を車輌ごと通過する事が認められたと云うが、それでもまだ門の中ではトロリーバスが縦横に走っている。巨大な洞窟内部の移動には当時、線路を持たず排気ガスも出さぬトロリーバスが乗り物として最適だったらしい。確かに昔は電気自動車など無かったし、路面電車は線路の上しか移動出来ず、トロリーバスが一番理に適っていたのだろう。
大型トレーラーは出口の前で停車し、わたし達はそこで下車した。そこからは徒歩だ。荷物は先生達が用意してくれた飛行トレイに積み替えて先に目的地迄運ばれて行く。それを見て、わたし達も乗せてってくれれば良いのにとはかおるの言葉だが、人間には、いや、地球の生物にとっては可成り辛いものに成るのだと体験者である叔父から聞いて知っていたので、わたしは賛同しなかった。他の班を乗せたマイクロバスはそれぞれ異なる出口に向かって行ったらしく、大きく「ようこそ土星へ」と書かれた看板を潜って外へ出たのはわたし達だけだった。
洞窟を出ると、そこは薄明の世界だった。初めて感じる土星の風は冷たかった。しかし足元は暖かい。菌の死骸が溜まって一見土の如き土星の地へわたし達は「せ~の」の掛け声で揃って第一歩を踏み出した。途端に足元から腐葉土の臭いに若干の腐敗臭、それに濃すぎる菊の花の香を混ぜ合わせた様な独特の臭いの籠もったもわっとした空気が立ち昇り、わたし達を温かな湿気が取り巻く。湿度が高いのも土星の大地上での特徴だ。但し地球と違って黴たり腐ったりしない、いや、黴たり腐ったり出来ないのも土星の特徴の一つなのだが。
修学旅行は班単位で行き先を選択出来る。半数以上の班が、クラス名の元に成っている天体を選択しがちだと云うが、土星は人気があまり無いと云う。入学時に土星組と決まって以来、土星に対する憧れを募らせて来たわたしにとって意外な話だったが、理由を聞いて納得した。土星の日本人は江戸時代末期から明治の初めに掛けて移って来た人々が中心で彼等の価値観がそのまま支配している。勿論、若い人達も沢山暮らしている筈だが、いまだ江戸時代、明治時代生まれの人々が土星で長寿を得、百年以上経て、尚、長老として君臨しているのだ。その為、風紀上の問題が有るのだと云う。公共の場で下着姿どころか全裸でも平気で、野合もいまだに有るのだそうだ。実際、十年くらい前にも修学旅行生達が、道端で裸で交わっている男女を見掛けたと云う。尤も、わたし達も仕える神様に依っては公衆の面前でそう云う行為をする場合も有るので、その程度で動揺してはいかぬとは、親や教師達の云い草だが。それでも年頃の娘であるわたし達にとっては
ところで土星にも日本人以外の人々が暮らす町は幾つか有るが、風呂、正確には皆で入れる大浴場が有るのは人口の半数以上が日本人で占められている町に限られている。嘗て町の半数が日本人で占められている町で大浴場を作ろうとした処、猥らであるとの理由で禁止されたと云う。わたしの従姉妹はHyperborea人達が入植した町の一つに行った事が有るそうだが、彼女は町全体が、特に屋内が臭かったと云っていた。
わたし達は先ずは徒歩でEibon街道に沿って進んだ。わたし達の町でのみ使用されている教科書にも載っている『エイボン師とモルギ僧正の土星珍道中記』に記載されているルートだ。観光客はそのままEibon師と
一日目は街道の終わりの谷間にキノコの先生達が運んでおいてくれたトレーラーハウスでキャンプだった。わたし達が街道の端にトレーラーハウスを見つけると、番人代わりのShoggothがぐねぐねと人懐っこくわたし達を歓迎してくれた。水と食糧も予定通りにトレーラーに用意されており、その日の夕食は土星の地表でバーベキューだった。トレーラーハウスは風呂こそ無いものの洗面所、トイレ、シャワーは完備されている。ちなみに土星に住む人々で第二世代以降の人達は、トイレをあまり必要としない。地球と違って腸内には細菌の代わりに土星土着の胞子が入り込み、お世話に成っている。この胞子達の活動に依り固形物は体外に出る時には乾燥していて紙粘土の塊の様に成り、水分は腸内胞子の死骸とくっ付いて青っぽい蒟蒻状の塊に成る。それ等を中世の欧羅巴ではないが表に放り出しておけば地表に巣食う胞子類が立ち所に分解してくれる。それでも出す時は一応他人の眼の届かない所で行う習慣に成っている。いずれにせよ腐敗していない綺麗な状態と云うのが羨ましい。この恩恵に預かれるのは、生まれた時から此処に暮らしている人達だけだ。まだ腸内に棲息者が居ない状態の時に胞子が入り込んで独占するからで、地球で生まれれば当然、腸内細菌の独占に成る。だから地球で生まれた者達にはトイレが必要なのだ。嘗ては此の地の家々にはトイレが無かったと云うが、地球からの移住者や旅行者が増えた昨今はトイレ付が当たり前に成っている。
翌朝は真夜中だった。いや、時計では朝なのだ。でも真っ暗だった。
Morghi河に出てボートで進んだ。Morghiの河流れのエピソードで知られる急流で、土星には数少ない真水の流れでしかも珍しく温水でも熱水でも無い河だ。河の流れが緩やかに成る辺りに嘗てEibon師の庵が有ったそうだ。ついでに云うと対岸には昔は塔が建てられていたのだそうだが、今は跡すら残っていない。
河も又、菌類が形成する土星の大地の一部で、此処も重力は地球程度だ。とは云え、重力が低く成っているのは菌類の中に低重力菌が居る場合で、有効範囲は菌の多さに比例する。河の場合は河床の更に下に菌が居る訳でそこに居る菌が少なければ、水面の下で低重力圏が終わってしまう可能性も有る。嘗ては街道でも旅人が不意に土星本来の高重力に捉われて身動き出来無く成り、そのまま餓死してしまったと云う例が有ったらしいが、今は街道だけは定期的にパトロールが行われている。パトロールの中には土星の核附近に棲まうと云われている大いなる古き者の一柱で超菌類の女王|Dellonghaを召喚出来る者が必ず一名は居て、万一、重力が正常の所が有ればDellongha《デロンガ》を召喚し、彼女の落とし仔達の一つである低重力菌の株をその地に落として貰うのだ。菌類は土星の大地の上層に巣食う菌類の一種を常食としており、忽ちの内に繁殖して行く。排泄も行われ、これが他の菌類の排泄物と混じって土星の大地の独特の臭いの元と成るのだが、同時にこれが一定の範囲の低重力圏を発生させる。何故彼等の排泄物が低重力をもたらすのか、物理学的な研究は未だ足踏み状態らしいが、通常、土星の大地は上空方向に一万メートルは低重力圏であると云われている。もっとも、稀に深さ数千メートルの地割れなどが現れるのが土星なので、万一、深さ一万メートルを超える地割れでも在れば、その上は地上と同じ高さで既に土星本来の重力に成ってしまっている事に成るので用心が必要だ。幅数十センチの地割れを飛び越えようとして重力に引かれて地の底へ落下する事故も、数年に一度は起きているらしい。まあ、河の場合は深さは一万メートルどころかせいぜい十メートルくらいなので、心配は要らぬのだが。
尚、Morghiの河流れと云うのは、Eibon師と共に土星流しの目に遭った、嘗てはEibon師の敵で
地表もしくは地中の水が冷たく無いのには理由が有る。土星では水は氷から出来る。土星の地表はガスの上を厚さ数万メートルに渡って覆う菌糸の屍骸と、その上を数十メートルから数分メートルに渡って覆う生きて活動中の菌糸、そして最上層を覆うのは菌糸の生態活動から発生した分泌物と云った構成だ。だが、この最下層である菌糸類の屍骸で固められた地下にも僅かながら活動中の菌類も棲息しており、活発な菌が多い時は、その熱で氷が溶ける場合が有るが、温度は辛うじて零度を超えている程度から暖かくても冷泉程度だ。更に最下層である菌糸類の屍骸の更に下のガス中に、嘗ての
Morghi河の中程で明るく成って来た。土星の輪を構成する物質の一部が陽光を何倍にも増幅して反射して地表を照らすのだ。尤も照らすと云っても地球暮らしに慣れたわたし達から見れば薄明り程度なのだが、それでも月々明りに見るよりは、遥かに物が良く見える。
やがて岸辺にボートハウスが見えて来たので、わたし達はそこでボートを降りた。地面はわたし達が土星に第一歩を踏み出した所よりずっと熱かった。地下に居る菌類の活動が活発化しているのか、それとも活動中の菌類が地表に出て来ているのか、どちらかだろう。この辺りなら二階建てでも寒くはないかも知れない。足元の菌類はうまくすれば顔の辺りくらい迄は大気を暖めてくれるが、「身の丈の五尺を超えて頬寒き、足元暑き土星暮らしかな」の川柳にもある通り、土星の大気は基本的には冷たい。尤も、この川柳に歌われている頬の辺りにしても、本来の大気温度からすればまだ暖かい。菌類の発する熱は可成りのもので、四階建ての塔を作っても天辺の温度は零下四十度程度を保っていられる。但し人が普通に住むには屋根を低くした二階建てが限界だと云われている。
ボートハウスから少し歩いた所に地下街への入り口が見える。此処から先は菌類の屍骸の堆積が山と成り地崩れを起こし易いので地上は立入禁止区域にされている。
地下街は狭く、天井も低い。恐らく高さは二メートルも無いだろう。横幅は人が三人並び立てる程度だ。人の体臭に菌類の匂いが入り混じった臭気が立ち籠めていて、菌類の中に洞窟を掘ったせいか暑くてじめじめしていた。
姫、大丈夫?と暗黒寺さんが気遣う様子を見せたが、姫は全身から汗を滴らせながらも大丈夫だと答えていた。姫は普通の人よりは暑さに弱い。彼女は
地下街は数メートルおきに入り口が開いている。たまに障子の引き戸が閉まっている所も有るが、大抵は開け放されていて中が丸見えだ。ひょいと見るとシャツにステテコ一枚で胡坐をかいているおじさんと眼が合ってしまって、慌てて顔を逸らした。ちなみにお店や何かの事務所の場合は暖簾が入り口に下がっている。わたし達のコースでは、物が買える所はこの地下街が最後なので、皆、此処でお土産を探した。あまり観光客が来る事は無く、来てもこの
わたしはTsathoggua様の眷属をモデルにした掌サイズの彫像を幾つかと真空パックに成っている菌類で作られた土星麺を幾つか買った。かおるさんはCthugha様を象ったアクセサリー類と矢張り土星麺を、暗黒寺さんはZstylzhemgni様の落とし仔達の似姿の置物を幾つかと土星酒の詰め合わせを、姫はSfatlicllp様のタペストリーと菌類製のパンとクッキーの詰め合わせを買った。
地上に出ると伝書Shoggothが待っていた。ジェーンからで、内容は二点、わたし達の目的地に関する指示と、わたし達との待ち合わせ場所についてのものだった。ジェーンは、わたし達の目的を知っていて何処を目指せば良いか前もって調べておいてくれたのだ。何しろ事前の調査では大雑把にしか判らず、月組に依る昨年も、天王星組に依るその前年も、先輩達は目的を達せ無かったのだ。そう云う点では、今年のわたし達には秘かに期待が寄せられていた。「どうも土星組の人達の時は失敗しないってジンクスが有るみたいなの」とは、かおるさんのお姉さんで二年先輩のあきらさんの言葉だ。
わたし達は、その伝書Shoggothにお礼を云って先に進んだ。
暫く進むとぽつりぽつりと平屋の建物が見え始め、その中に一軒だけ二階建ての家が見えて来た。看板には”鰆カフェ ”の文字が躍り、牛鍋屋の幟が脇に立っている。幟の手前には、栗色のストレートな長髪に整った顔立ちで、水色の地に人参とピーマンをあしらった裾の長いワンピースの上に茶色の革のベストを羽織り、テンガロンハットとブーツ姿の娘が居た。横には彼女の背丈よりも長いドリルが地に突き立てられている。彼女は、わたし達を見るとすぐに手を振って来た。こちらも皆、一斉に手を振る。彼女こそが、わたしの親友のジェーン桜川だった。ついでに云うと彼女が今纏っているのは、彼女が天開女子高に通っていた頃の制服でもある。ドリルを持っている所を見ると、晴れて桜川流掘削術の免許皆伝と成った様だ。土星式井戸掘削術は江戸時代から明治時代に掛けて幾人かの日本人達に依って開発された。ジェーンの祖父もその一人で、薩摩士族の一員でありながら西郷のやり方について行けず他の士族達と衝突し西南戦争の
ジェーンは今も変わらぬ笑顔を見せると地面に突き立てられ重力レベルで固定されているドリルから鍵を外し、わたし達と一緒に店内に入った。
どう見ても鰆が縦に成っている様にしか見えない店長は腹部から伸ばした六本の腕を使ってカウンターの中で器用に料理をしている。ちなみに手の先は六本指だ。彼は大いなる古き者の一柱で名を
五人で土星牛と土星で栽培された野菜、それに土星独特の菌類を用いた土星風牛鍋を堪能して、わたし達は近くの温泉に向かった。
脱衣所は無い。男女関わり無く手頃な所で服を脱ぎ、池の中に入る。広いがボート類の使用は禁止されており、事故に遭う心配は無い。中央は深いものの、今の所、溺死者の話は無い。溺れかけた人は居るかも知れないが、普通は助かる。と云うのは温泉の底の方には入浴客達を怪我から守るべく硬く尖った岩などを自らの身体で覆っているShoggoth達が居り、誰かが沈めば彼等が助けてくれる。又、この温泉には何処で知ったか深き者達が来ている事も有り、彼等が貧血で入浴中に倒れた人を救助したと云う話も有る。変わった所では
わたし達は用心して岸に近い浅瀬の所に居た。下手に中央迄泳いで行って足の届かぬ所でのぼせて倒れでもしたら面倒な事に成る。実際、お湯はわたしにとっては少し熱めなくらいだった。姫も熱そうにしていたが、入れぬ程では無さそうだった。日本ではプールや公衆浴場を避けている暗黒寺さんも、此処なら存分に裸体を晒す事が出来る。此処ならば、下半身から触手が何本か飛び出していても誰も気に留める事は無い。触手が水面から飛び出して愉しげにゆらゆらと揺れている事から彼女がリラックスしている事が判る。只、先端が男性器そっくりなので、わたしはあまり見ない様にしていた。
少しして上がると、巨大な池の端からお湯が川と成って流れ出て行くのを見ながら牛乳を飲み、わたし達は火照った身体を冷ました。全裸のまま温泉の
服を着た後、わたし達はShicthagghuah様に参拝した。地元の人達は湯から上がったまま裸で詣でる習慣らしく着衣での参拝はわたし達くらいのもので少々居心地が悪かった。又、男の人も素っ裸で居り、少しばかり眼のやり場に困ったものの、しっかり見るべき所は見てしまった。尤も眼を逸らしながらもちらちらと見ていたのは、わたしとかおるさんだけで、姫は眼を逸らす振りも見せずにじっと男の人達の股間を凝視していたし、暗黒寺さんは顔を上気させて妖しい雰囲気を醸し出していた。服を着ていて矢張り良かったと想った。暗黒寺さんは性的な刺激に弱い体質で、恐らく、今、彼女の身体は顕著な反応を示している筈だった。それに触手も性的興奮で大きく形を変えてしまっているだろう。わたし達は境内の森などをしばし散策し、その間に暗黒寺さんも落ち着いて来て元に戻った。その後でわたし達は目的地に向かった。街道どころかその他の道路からも外れた山道を足早に進む。
下り坂の途中で此処からは静かにね、とジェーンに注意され羊歯類の茂みを抜けてゆっくり進むと谷間に出た。正面にる小山の如き巨体が見える。皆で顔を見合わせて頷き合い、わたしは信号のスイッチを入れた。少しして空からドラゴンの如き姿に変じた巨大なShoggothに吊られて大型のタンクが降下して来る。その気配に小山が動くがその機を逃さず、わたしは精一杯叫んだ。「Hziulquoigmunzhah!」
小山の如き巨体が、のろのろとわたしの方を向く。降下して来たタンクの中身が開きHziulquoigmunzhah様が興味深げにそちらに顔を向けた。粘り気の有る液体重金属がHziulquoigmunzhah様の足元に流れて行く。土星には存在していない種類の重金属で、日頃、Hziulquoigmunzhah様がお飲みに成られているものより上質な液体金属だ。Hziulquoigmunzhah様の好物である事は、過去の修学旅行で実証済みだ。案の定、Hziulquoigmunzhah様は足元に流れて来た重金属に舌を伸ばして美味しそうに食事を始められた。それっとばかりにわたし達はHziulquoigmunzhah様の方に向かう。タンク一杯の量は
今の内だ。わたし達は皆揃って「は~い」と声を張り上げるとHziulquoigmunzhah様の前に並んだ。ジェーンは降下して来たShoggothにドリルを預けると一緒に並ぶ。そのShoggothは頭上から伸ばした触手の一本をわたし達に向けた。触手の先に掴まれた機械がカチリと軽いシャッター音を起てる。
わたし達はHziulquoigmunzhah様を振り向いて見上げると「お邪魔しました!」と皆で最敬礼し、それから云われた通りにした。あっちに行ったのだ。
かくしてわたし達、土星組の教室の後ろの写真が一枚増えた。
歴代修学旅行写真の最新の一枚では、Hziulquoigmunzhah様を背景にして、ジェーンを真ん中にわたし達五人が笑顔ではしゃいでいた。
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