第五章 パラレル

第118話 Sacré Français!

 お盆も過ぎて、気がつけばいつの間にかツクツクボウシが鳴き始めていた。日焼けして真っ黒けの小学生たちがわたしを追い抜いて駆けていく。


 わたしはあれから……桐島さんが亡くなったと聞いてから、未だに精神的に立ち直れないでいる。もちろん桐島さんの病気のことなど知り得ないことだったわけだけど、それでも病気のせいで攻撃的な性格になっていた桐島さんを言い負かしていい気になっていた自分を許すことができないでいる。

 わたしがもう一歩踏み込んで考えることのできる思慮深い人間だったら……。華名咲家の当主となるべく育てられてきた人間にしては浅慮であった。桐島さんに対して誠実に向かい合ったかと問われれば、おごっていたと認めざるを得ない。


 ずっと悔やみ続けて部屋から出ることもなく引き籠もっていたわたしに対して家族はそっとしておいてくれた。せっかくパナマから帰省中の母と妹には大変申し訳ないことをしているという思いはあるが、辛い時にこうしてわがままに甘えられるのも家族だからだ。

 しかしこの状況を見かねて、今こうして無理矢理わたしを連れ出しているのがちょっと強引なところのあるディディエだ。


「カヨー。ハナシテミ?」


 近所の公園に着いて、多分さっきまで子供が乗っていたのだろうか微かに揺れているブランコに腰を下ろしたディディエに促される。

 それにしても「話してみ」ってね、あんた。日本に馴染み過ぎじゃね? 思わずクスッとしてしまったじゃないか。こういう時笑ったらなんか負けだもん。


「はぁ〜。しょうがないなぁ。あのね……」


 それからわたしは洗いざらい、今自分が思ってることや感じている気持ちをディディエに吐露した。


「オゥ、ゴッシュ……。カヨー、カナシーカゲ、ミエタネ。コノコトダッタネ……」


 そういえばディディエが来て浅草に行った時、ディディエにそんなこと言われたんだった。その時はなんか怖いこと言う奴とか思ったけど、見事言い当てられたわけだ。


「ハナシテハナシテ、カヨー、ハナシテ」


 なんか聴いてるとわたしに捕まえられてる人みたいに聞こえるけど、「離して」じゃなくて「話して」の方だからね、一応。


「もう話すことないよディディエ。今全部話した」


「ソレジャー、モゥイッカイサイショカラネ。トロワ、ドゥ、アン、ハイッ」


「ぷっ。いいよもぉ……」


 なんでおんなじこと二回も言わせんの? まったくディディエって変。なんだかバカバカしくなってきたわ。


「カヨー。ツライトキワ、ハナス、イイネ。カイケツシナクテモハナス。ソレダケデイインジャネ」


「まーね。なんかディディエに話したらバカバカしくなってきたわ、もぉ。ディディエって変な人だよね」


「ワーォ! カヨーニホメラレルトテレルヨ。モットホメテミヨーカ。チョーダイ、モット」


「ぷっ、あはははは。何それ。一言も褒めてないし」


 不思議な奴。ディディエって。だけどあんまり下らなくって笑っちゃった。そうそう。こういう時には笑ったら負けなのだ。それになんだか気持ちが楽になった気がするよ。


「カヨー、テレテル? テレナクテイーヨー。モットチョーダイヨー。ネー」


「ウザい、ディディエ。ウザい」


「2カイイッタネー。2カイユートプラマイゼロ。アトイッカイイッタラホメコトバナルネ」


「何言ってんの? 意味分かんないし。もういいから帰ろ、ディディエ」


 なんだか本当に不思議と気持ちが軽くなった気がするんだけど。ディディエは何か魔法でも使ったの? んなわけないけどホント不思議な奴。


「ねぇ、ディディエ。日本に来て楽しい?」


「モチローン。テレトー、エムエックスー、ジュージツシテルヨー」


「そっか」


 ってアニメかよ。すっかりヲタクに染まっちゃってるなぁ、ディディエは。どう見てもいかにもなフランス人イケメンなんだけど。まあ見た目でヲタクやるわけじゃないからな、そこは。


「カヨーモイッショニミヨゥヨ、アニメ」


「えぇ? うん……まあ、いいけど?」


「イーネイーネー。ユータ、カヨー、オタクナカーマ」


 えぇ? わたしはそこまでどっぷりオタクじゃないけどもなぁ。特に女子になってからはほとんどアニメ見てないし。ていうか見てる余裕が無くなったっていうか。あ、コスプレとか絶対やだからな。あれは見た感じ露出も多いし、わたしには恥ずかしくて無理。

 って。あぁ、このところうじうじクヨクヨと堂々巡りで頭の中ぐるぐるしてたのに、ディディエの言う通り、話して気持ちを吐き出すだけでだけでこんなに変わるんだ。


「ディディエ……」


「ナニ、カヨー?」


「ありがとうね……」


「イイッテコトナンジャネ?」


 無駄にイケメンの爽やかスマイルで返されたけど、漂う残念感な……。いやまあ、変なやつだけど、ハートもイケメンかな。口惜しいが認めてやる。


「フフフ。アリガト」


 わたしはもう一度軽い調子のお礼を述べてブランコから飛び降りた。夕焼け空に照らされた地面に二人の影が伸びて、ブランコがその上を往ったり来たりしていた。

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