第117話 花火

 桐島さんが……亡くなった!?


 一瞬言葉の意味を飲み込めず頭の中が真っ白になる。

 それからいくつかの疑問が浮かび上がり答えを求めていろんな可能性が頭の中を駆け巡る。


 ど、どういうことだろう……事故か何か?

 ま、まさか自殺とかじゃないよね?

 急病とか? そう言えば夏休みの最初に病院で見かけたっけ……。

 あの時お腹出して寝て風邪でも引いたのかとちょっと小馬鹿にしちゃったけど、まさか……。


「脳腫瘍だったんだよ……。分かった時にはもう手遅れだったそうなんだ……」


 そう十一夜君は淡々と事実を告げるだけで感情は見せない。でもその淡々と感情を押し殺して語る様子にむしろ十一夜君の辛さを感じてしまう。


 わたしは返す言葉も見つからず、彼女に抱いていた消極的な感情について後悔し始めながら十一夜君の言葉を待った。


「彼女、きっと攻撃的だったと思うけど……本来の気質じゃなくて、それも脳腫瘍の影響だったらしい……」


「そう……だったんだ……」


 そのことを聞いてわたしの脳裏にあの挑戦的で居丈高な桐島さんが甦る。そしていよいよわたしの後悔の念がはっきりと首をもたげる。


 人の背後には必ず動機か事情がある。

 わたしは思い込みで彼女のことを勝手に嫌な奴だと決め付けていた……。

 何かに気付けていたらもっと違っていたかもしれないのに……。

 今更後悔しても遅い。もう、取り返せないんだ……。


「詳細は話せないけど、彼女の残された命が尽きるまでサポートする任務だったんだ……。ある取引を条件としていてね……」


「そう……」


 そういうだけで精一杯だった。

 言葉など何も出てこない。ただただ溢れる哀しみと後悔に溺れそうで心の中で見苦しくもがくばかりだった。


 十一夜君もそれ以上の言葉が出てこないのか、黙って俯いたままだ。

 どれくらいそうしていたのか、二人の間の時間が止まったかと思えるくらいの間何も言えずにいた。


 それから十一夜君は震えながら途切れ途切れに大きく吸った息を、続けて深く深く吐いた。

 そして彼はそっと隣に座るわたしの肩に両腕を回してきて顔を埋める。


「ごめん、ちょっと今だけ……」


「十一夜君……」


 言葉にはならない十一夜君の辛さが肩越しに伝わってきて、わたしもそっと抱きしめ返した。


「子供の頃からトレーニングを積んできたし平気だと思っていたけど、避けられない死に向けて過ぎていく時間を側でただ傍観するなんて初めてで……」


「うん……」


「……思っていたほど平気じゃなかった……」


「うん……」


 昼間溜め込んだ熱気を手放した夜の空気に息を吹き返した虫たちが、草むらに潜んでずっと鳴いている。


「今日、葬儀と出棺だった。僕の任務はこれで終わり……」


 十一夜君の言葉には、やるせない思いも引きずるわけにはいかない。すべてを終わらせなければと自分に言い聞かせるような悲しい響きが伴っていた。


「うん……お疲れ様……十一夜君」


 心からそう思った。


「はあぁ……」


 もう一度大きく十一夜君は息を吐いてわたしを抱きしめる力が少し強まった。

 肩が小刻みに震えている。わたしの肩が温かく濡れていく。


 十一夜君……。

 本当に辛いんだね……。こんな君は初めてだ。

 さっきまでわたしは自分を責める気持ちでいっぱいだったけど、今は十一夜君の気持ちのことでいっぱいだよ。十一夜君が辛いとまるで自分のことみたいにわたしも辛く感じる……。

 わたしは君のために何ができる?


 答えの分からないままただただ十一夜君を抱きしめているよりなかった。


「ねぇ、十一夜君……花火大会、しよっか」


「花火大会?」


「そう。コンビニで花火セット買ってきてさ。二人でしよ? 今日の花火大会は見てないでしょ?」


「あぁ……するか」


 わたしは立ち上がって十一夜君に手を差し伸べた。

 十一夜君は少しその手を見て何か思ったようだが、素直にわたしの手に掴まって起き上がる。


 なんとなくその手を離さないほうがいい気がして、わたしたちは手を繋いだまま花火を買いにコンビニへ足を向けた。


 コンビニで花火を購入してからまた河原に向かう。

 その間も手を繋いで歩いた。

 変な意味ではなく、安心させるために子供の手を繋ぐ感じに近いと言ったらいいのか。

 何しろあんなにへこんでる十一夜君なんて見たことがないんだもん。


 さっきの花火大会からすると随分とグレードダウンだけど、二人っきりだしこれくらいでちょうどいいよね。全部手持ち花火で地味だけど。


 十一夜君は花火を終始じっと見つめたまま何かを考えているように見える。やっぱり桐島さんのことだろうなぁ。

 任務って言ってたけど、だけどそれだけじゃなくてやっぱり恋人だったんだろうか。

 気になるところだけど、今はとてもそんなことを訊ける雰囲気じゃないしわたしもそんな気分じゃない。


 最後線香花火をしながらどっちが長持ちするか競争していたのだけど、呆気なくわたしの方が終わった。


「あは、呆気なく負けちゃったぁ。エヘヘ」


「命って……こんなだよなぁ……」


「十一夜君……」


 ちょっとぉ。

 線香花火に人生観を重ねないでよ。

 もぉ……。


「そんな風に……言ったら悲し過ぎるじゃん……」


 最近どういうわけかやけに泣き虫だ。

 こんな十一夜君を見ていたらとてつもなく悲しい気分になって気づいたら滂沱の涙を落としていた。


「ごめん……」


 また十一夜君に抱きしめられたが、今度はとても優しく、そして宥めるように髪の毛を指で梳きながら撫でてくれた。


 その晩はお互いとても話をできる状態ではなくて、その後十一夜君に家まで送り届けてもらった。


 帰宅後は秋菜と梨々花にしつこく追及を受けたが、桐島さんのことを話したら神妙な面持ちになって一緒に泣いてくれた。

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