第116話 ひこうき雲
友紀ちゃんのお父さんの会社が花火大会の冠スポンサーなので、わたしたちにはVIP席が用意されていた。これは特等席だ。ごみごみした中でひしめき合って花火を見なくて済む。
「そろそろかなー」
という楓ちゃんの言葉を合図にしたかのように花火が上がり始める。
大砲のように太い地響きが鳴り響くと陽が落ちた空に花が咲いたかのように花火が咲き誇る。
「おぉー、壮観だねぇっ!」
梨々花が感嘆の声を上げると今度はそれに応えるように色とりどりの花火が上がる。
花火は河川敷で打ち上げられるので、空中で美しく開いた花が川面に映りVIP席で観ると二倍楽しい。
「わぁーっ、きれーっ!」
みんな口々に感嘆の声を上げている。
「去年は別々だったねぇ……」
打ち上げ花火の爆音の合間を縫ってしみじみと秋菜が言った。
そうだなぁ。去年は男友達と一緒だった。
彼女なんていなかったし。それは今も一緒か。
きっとこんな時も朧さんはどこかでわたしのことを見守ってくれてるんだろうなぁ。プールの時みたいに姿を現さないけど……。
そう言えばこの中のどこかに十一夜君も桐島さんと一緒にいたりするのかなぁ。
朧さんのことを思い出したらふとそんな疑問が脳裏に過った。
ま、二人楽しくやってりゃいいよ。
こっちはこっちで友達や家族と楽しくやってますよーだ。
音の隙間を縫ってお喋りしたり、夜空を見上げながら考え事をしたり、そして本懐の花火を観賞したりと忙しくしているうちに、あっという間に花火大会は大団円を迎えつつある。
「わーーっ! きーれーーいっ!!」
一際大きく彩りも鮮やかな大輪に歓声が上がる。
それからラストに向けてしばらくは言葉も忘れて見惚れていた。
そして会場に終了のアナウンスが流れる。
「いやぁー。ラストの迫力凄かったねー。めっちゃ綺麗だったしっ」
みんな秋菜の感想に同意という感じで頷いている。
「みんな最後はお喋りも忘れて見てたもんねっ」
楓ちゃんも興奮気味に話している。
わたしも女子化してから初めての花火大会で、こうして女の子の友達と過ごす夏休み自体初めてのことだしきっと思い出に残る夏休みになるだろうって気がしている。
「さぁて、みんなこれからどうする? なんか食べて帰らない?」
「そういえばお腹空いたね。なんか食べよっか」
「ディディエも梨々花もいい?」
友紀ちゃんの提案に秋菜が乗り、わたしがディディエと梨々花に確認すると二人ともOKとのことだった。
こういう時何故か忘れられる祐太は不憫なキャラクターだけど、タユユとして人気上昇中だからまあよかろう。
ディディエも日本の一般的な生活を経験するのにいい機会だ。
「よーし、じゃあさじゃあさ。わたしファミレスに行きたいっ!」
生粋の坊ちゃん嬢ちゃんの集まりなので、こういうことでもないとなかなかファミレスに入る機会がない。なので結構みんな友紀ちゃんの提案に乗り気だ。
「わたし、ファミレス初めてだっ。なんか大人になった気分!」
とかわいいことを言ってるうちの梨々花だが、ファミレスは別に大人っぽくないと思うよ。
普段家族と行ってる店こそ大人の店だ。
しかも超がつきそうな高級店ばかりだから一般的な大人では経験できないくらいなんだけどな。
「ほわぁ〜っ」
梨々花がファミレスのドリンクバーに大興奮している。花火でのハイテンションからのファミレスでの初体験という感動で言葉を失ってしまったようだ。
やはりかわいい。兄の……違った。姉の欲目かもしれないがかわいいったらかわいい……。
ファミレスでもワイワイと楽しんだが、梨々花もいることだし夏休みとは言えあまり遅くなるのもどうかということで程々にして店を出た。
駅までの道すがらもみんなテンションが上がっていてお喋りが盛り上がっていた。
そんな賑やかなわたしたちに水を指すかのように、ぽつねんと寂しげな佇まいで立っている人物の姿が目を引く。
駅の入り口で力なく壁に凭れているその人は意外にも十一夜君じゃないか。
「やぁ」
彼はわたしたちに気がつくと左手を軽く挙げて挨拶した。
十一夜君に会うのは随分久しぶりなように感じる。
この愛想のないぶっきら棒ぶりも久しぶりだ。
なぜか自然とみんな一歩下がるような感じで結果的にわたしが前面に押し出される形になる。
何なのよ、みんなしてまったく。
「華名咲さん、ちょっと話せるか?」
え? いきなり何? 桐島さんとの恋愛相談とかやだよ? それとも久しぶりの報告でも?
え? まさか婚約の報告とかじゃないよね!?
い、いや。落ち着けわたし。
高校生だしさすがにそれはまだないか。
いや、家同士の都合でとか十一夜家だとあったり?
「じゃ、わたしたちは先に帰るから十一夜君、夏葉ちゃんをよろしくね」
え? ちょっと友紀ちゃん!?
スッとお迎えの車が横付けされて友紀ちゃんと楓ちゃんが乗り込んでいった。
ひょっとしてずっとついてきてたのか!?
秋菜も! あ、梨々花、これは違うんだよ、お兄ちゃん別に十一夜君と付き合ってるとかそういうんじゃないから……ってお兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんか。
おいっ! マジで置いてくなって!
あぁ……。みんな冷たいなぁ。
「悪いね」
ふとバラの花の香りがした。
朧さんも帰っちゃうのか。
「いや、大丈夫だけど……久しぶりだね」
「歩きながら話そうか……」
「うん……」
わたしたちは花火のあった河川敷の方へと戻るように歩く。
歩きながら話そうと言った十一夜君の口は未だ閉ざされたまま。もうそろそろ河に着きそうだ。
河原の土手に腰を下ろすとお尻が少しひんやりする。
「…………」
話ってよほど話しづらいようなこと?
さっきから十一夜君は黙ったまま何も話していない。
「瞳子さん……」
は? 何かと思えば惚気? 何いきなり彼女の名前呟いちゃってんの? なんかムカつくからその名前は聞きたくないんですが?
「桐島さんの話?」
「あ、うん。桐島瞳子さん……亡くなったよ」
「……っ!?」
え!? 聞き違いじゃなかったら今……。
えぇっ!?
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