第109話 Mother

「夏葉ちゃん、ちょっと見ないうちにまぁ〜すっかり女の子らしくなってぇっ!」


 少しまなじりに涙を湛えながらそんな風に声をかけてくるのは数ヶ月ぶりに再会した母である。

 思えばまだ半年も経っていない間に随分と変化があったものだ。

 母はわたしが女子化した直後しか知らないが、体が女子化した後抵抗虚しく結構な勢いで内面まで女子化が進み、今ではほぼ女子と言っていい状態になってしまったが、その間のわたしを母は見ていないのだ。

 

 もっともLINEでしょっちゅう叔母さんから写真や近況が送られていたので、情報としては伝わっていはずだが。


「夏葉お姉ちゃん!」


 梨々花が勢いよく抱きついてきた。

 うーん、夏葉お姉ちゃん、か……。

 男だった時にほとんど会話もなかった印象が強いのでこの甘えられっぷりには相変わらず違和感を感じてしまう。秋菜には元々懐いてたし秋菜も梨々花のことはかわいがっていたのだけど、秋菜を慕ってた感じがそのままわたしにも継承されているようだ。

 わたしとしては不思議でしょうがないけど、やっぱりかわいいから頭を撫でてあげる。


「むっ。夏葉ちゃんの人気に嫉妬」


 と秋菜が隣で言っているが、そりゃわたしの家族だからな。


「秋菜お姉ちゃんも、ただいま」


 ってあれ?

 今度は秋菜に抱きついている梨々花。

 秋菜のドヤ顔が鬱陶しい。


 ちなみに今回父は帰ってきていない。仕事の都合でどうしても無理だったそうで本人は痛恨の極みと嘆いているのだとか。


 母と梨々花は成田空港からタクシーで家まで帰ってきた。何万かかったのかは知らないが。

 平日のため叔父さんも都合がつかず、家族みんなで出迎えに行くには車一台では済まず、かと言って運転手も叔母さんしかおらず、結局そういうことになったということだ。


「カヨーノママン、リリカサーン、オカエリナサイ! ディディエデース」


 ディディエも二人に挨拶している。

 以前フランスに行った時には梨々花はまだちっちゃかったからディディエのことは覚えていないようだ。


 夕方叔父さんの帰宅を待ってみんなで夕食に出かけることになった。

 久しぶりの日本で米とか味噌汁とか言いそうだけど、梨々花のリクエストはなぜか焼肉。


 話を聞けばパナマの主食は白米で、その消費量はなんと日本の150%に相当するという。

 ただし長粒種でパラパラなため日本人の口にはイマイチしっくりこないようで、そのためかちょっとお米を食べたいという気分ではないのだとか。


 焼肉屋はディディエも気に入ったようで、日本人とは内臓の作りが違うのか、もの凄い勢いで食べまくっていた。


 その代わり翌日、ディディエと梨々花はなかなか起きてこられず昼近くまで顔を見なかった。

 昼近くに起きてきたかと思えば、午後は祐太の部屋に二人で引きこもってアニメ談義に花を咲かせているようだ。


 ディディエとはもっと音楽の話とかできると思ってちょっと楽しみにしていたんだけど、少し肩透かしを喰らった感じだ。まあ祐太が楽しそうだからよかったけど。


 そしてその晩もまたお祭り騒ぎで宴会が夜更まで続きそうな雲行きだった。

 華名咲家の人たち……というか主にわたしと秋菜の両親だが、これが実にノリの良い人たちなのでこういう時は夜中まで盛り上がっちゃって大変なのだ。

 これもラテンの血が入っているからだろうか。


 それでわたしはタイミングを見て祐太を母と叔母さんへの生贄として差し出し、早々に自部屋へ退散した。

 梨々花は今日は秋菜と一緒に寝ると言っていってその二人も同じようなタイミングで出ていった。


 わたしも秋菜も、明日は朝から友紀ちゃんや楓ちゃんたちとプールに行く約束があるのでタイミングを見計らって早めに抜け出しておきたかったのだ。


 部屋に戻って明日の準備をしていると、意外にも母が宴会を途中で抜けて部屋に来た。

 母はわたしに向き合って座ると改めてまじまじとわたしを見ている。


「まあ〜、本当にすっかり女の子になったわねぇ。不安もいっぱいあったでしょうに一緒にいてあげられなくてごめんね」


 母から抱き竦められてちょっと照れくさい。

 母の声が少し鼻声になっているのでどうやらまた涙ぐんでいるらしい。


「そう気に病まないでよ。叔父さんも叔母さんも秋菜も助けてくれるし平気だよ」


 安心させるようにそう言って母を抱きしめ返す。

 しばらくそうしていた後、今度はわたしの両頬を優しく挟んで愛おしそうにまじまじと見つめている。

 わたしがにっこりと微笑んでみせたらまた抱きしめられて、優しく撫でられる。

 これをされるとなぜかわたしはフニャンとなってしまうなぁ。楓ちゃんにいつもされてるやつだ。


 思わず「お母さん、大好きだよっ!」と言いたい気持ちになっちゃうが、それは母が知る男子だったわたしのキャラと大分違うので自重した。

 代わりにギュッと抱きしめ返した。


 しばらくの間はそうして撫で撫でタイムをお互いに満喫していたのだが、そのうちに安心感からかわたしはいつの間にか寝てしまったようだ。


 なんという甘えん坊っぷりかとも思うが、長男がなぜか急に長女になってしまうという前代未聞の大問題が発生したのに、放置して海外へ行かねばならなかった親と離れ離れにならざるを得なかった子供の久しぶりの再会と考えれば、お互いのためにこれくらいはあっていいかなと思う。


 気がつけばタオルケットをかけられていて、すぐ横には添い寝する母の寝顔があった。

 もう一度ギュッと母に抱きついて柔らかさを堪能した。母の胸に顔を埋めればおっぱいふかふかでいい匂い。幸せだぁ。


 恥ずかしながら小さい子供みたいに甘えてしまうわたしであった。

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