第99話 ドキドキTIME
「恭平、起きて」
優しく肩を叩きながら恭平さんを起こす涼音さん。なんだかまるで夫を起こす朝の新妻を見るようだ。
なんかこういうのいいかもなぁ。
ってその場合わたしはどっち側がいいんだ?
うぅむ……。
「む、戻ったかい。んぁ〜、気持ちよかった」
恭平さんは本当に気持ちよさそうに伸びをしている。
「相変わらずどこでも寝るのね〜」
ちょっと呆れた風に言ってるが、どこか嬉しそうにも見える涼音さんはコーヒーを淹れている。
「さてと。そこ座って、夏葉ちゃん」
癌とかだったらどうしよう。そう思うと緊張せずにはいられない。
いささかぎこちない動きで促されるまま席に着く。
「ゴクリ」
固唾を呑む音が自分の中で思いの外大きく鳴り響いて、恭平さんや涼音さんに聞こえたかなと恥ずかしくなって俯いてしまう。
「夏葉ちゃんの生殖器に今起きている症状は、一般的には副腎性器症候群という病気が疑われるんだよね。直接的な原因としては、副腎っていう臓器が男性ホルモンをどんどん作って女性の正常なホルモンバランスを崩してしまうことで起こるんだ」
「はい。涼音さんに聞いてちょっとネットで調べてみました」
「そうか。要因として一番に考えられるのは染色体異常なんだけど、君の場合はたまたま最近染色体の検査をして異常が見られなかったということだから他の要因が疑われるんだ。それで例えば腫瘍という線も考えられるものだからCTと腫瘍マーカーのチェックをしてみた」
————ごくり……。
「それで……結果は……?」
「あぁ、それはまったく問題なかったよ」
……ほぉ。
取り敢えず癌は免れたか……。
強張っていた体から一気に力が抜けて、今度はジーンと体が痺れて膝が笑う感じになっている。
「ホルモンバランスは確かに正常じゃないんだけど、先天性の場合に見られる電解質異常や低血糖、低血圧といった症状はいずれも認められず。子宮や乳房も正常だし、肌もキレイだし、副腎性器症候群に見られる特徴的な症状が他に観察されないんだよ。つまり原因不明。何が起こってるんだか医者にもお手上げさ」
ってヘラ〜っと随分軽い調子で言ってくれる恭平さん。この状況どうしたらいいんだよ。
治らないのかな、これ。
「あの、これって治るんですか?」
「うーん……悪いけど現時点ではなんとも言えないねぇ……。まあ大っきくなってるのは元に戻るだろうと思うよ。ホルモンバランスが正常になれば。治療としてはホルモン剤の投与になるかなぁ」
なんとも歯切れの悪い返答だ。
この夏はプールも海もお預けかな。
もっこりはどう考えても恥ずかしい。
「夏葉ちゃん。こういう状態を一般的にはインターセクシャルとか半陰陽って呼ばれることもあってね。大人になってから性別……まあこれはあくまで身体的な特徴における性別ね。それが変わることがある。普通は先天的な染色体の異常の影響でね。男性として結婚したのに、体に変化が生じて女性化してしまった例もあるんだよ。その人の場合は定期的な性交渉があると男性ホルモンが出て男性を保てるんだけど、性交渉がないと体が女性化してしまうんだね。あ、いや、夏葉ちゃんのケースとこのケースは別だからね。軽率なことはしないで欲しいんだけど……。何が言いたいかっていうとホルモンバランスが非常に不安定な状態なんだよ。その割にバストも豊かだし体型もしっかりと女性なんだよなぁ、不思議なことに……」
前に調べた時にはそんな病気を見つけることができなかったけど、やっぱり性別が変わっちゃう病気ってあるんだなぁ。
「あの……。これ、動くと擦れて痛いんですけど……」
「あ、痛いんだ。うーん……ガーゼ貼っとく?」
結局医者でもそういう対処になるなのかよぉ。
「それなら自分で貼ってきましたから……」
「そうなんだ。まあ、徐々に薬が効いてくれば改善するはずだから、それまではちょっと我慢だね。まぁ、刺激ってだんだん慣れるもんだけどそれまでが大変だもんね……。あ、涼音、医療用の幅が広いテープがあるよね」
「うん、あるある。あとで出しとくよ、夏葉ちゃん。直接貼ると剥ぐとき痛いから薄いガーゼ当てて上から貼っちゃえば目立たないしいいかも。処置してあげるから脱いで横になって」
「いや、帰ってから自分でやります……」
「そう? そうね。うん、オッケー。……あ、よかったらコーヒー飲んで」
明らかにテンションが下がるわたしに涼音さんも察してくれた様子だ。だってさすがに恥ずかしいもん。
それにさぁ、治療はしてもらえそうだけど原因は不明なんだもん。結局対症療法だけで根治については不明ってことでしょ。
「そうだ。帰りは僕が送ってあげるよ。公式に処方箋書くとマズイから僕が直接渡す必要があるし。ね?」
いいのかな。
涼音さんの顔を窺えばそうしなさいと言わんばかりに微笑まれる。
「じゃあ、お願いします」
「よし了解! 女子高生を助手席に乗せるなんて光栄だねぇ」
この辺りの軽薄さが十一夜家の人っぽくない気がして涼音さんを見れば、案の定失笑している。
涼音さんに挨拶して病院を出、駐車場に着くと恭平さんはおもむろに、
「朧、僕が責任持って自宅まで送り届けるから戻っていいよ」
と告げる。
するとどこからともなく薔薇の香りが漂ってきた。
「さて、朧の了承も得たし行くとしようか。さあ乗って」
恭平さんに促されて助手席に乗り込みながら会話は続く。
「え、もしかしてこの香りが合図とか?」
「そうだよ」
「出た。朧さんっぽい合図」
「ふふふ、そうだね。そう言えばあいつ色々と面倒臭いでしょ? でもね、腕は確かさ。何たって圭君が君の護衛を任せるくらいだからね」
「十一夜君が……」
朧さんに任せたって、要は自分がやるのやめたってことじゃないか……。わたしはちょっと苦い気持ちになる。
「圭君が任務のために君の傍にいてあげられないことをどれだけウジウジ悩んでたか……。あれはなかなかの見ものだったよ」
そう言って恭平さんはくすくす笑った。
十一夜君がウジウジ悩んだ? 何だか信じられないなぁ。あれだけ桐島さんにべったりなんだもん。
好きでやってるとしか考えられない。
「あの十一夜君がですか……?」
「あの十一夜君がだよ。珍しくちょっと駄々をこねたっていうか、なんだかんだ言って任務を回避しようとしてね。夏葉ちゃんのこと知ってる僕は圭君のその様子を見てて萌えちゃったよ、まったくもう」
「任務……」
後半変なこと言ってたが無視するとして、任務ってどんな任務なんだろう。
今の十一夜君ってただ桐島さんにべったりの色ボケ野郎にしか見えないんだけどなぁ。あんな有様で任務なんて果たせるのか?
「そう、任務。内容は言えないけどちょっと悲しい任務さ……。もうすぐその任務も終わりそうだ……」
車を走らせながらそう語る恭平さんの目がゆっくりと瞬く。
見た目はどう見ても容姿端麗な美女にしか見えない恭平さんだ。いつも飄々としている彼のその目が一瞬物憂げに沈んだように見えた。
悲しい任務、か……。
いったい十一夜君は今何をやってるんだろうか。
でももうすぐその任務も終わるのか。そしたらちょっとは前みたいに話してくれるようになるのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます