第98話 夢見て眠りよ

「ほぉほぉ。確かに見たところでは副腎性器症候群の可能性は高いね。尿検査と血液検査、それとCTだね」


 恥辱に打ち震えるわたしをよそに恭平さんの口調は呑気なものだ。


「恭平。CTは一時間後に予約入れてあるから先に尿検査と血液検査ね。華名咲家の人間だからってことで強権発動してレントゲン科のスタッフ追い出したし」


 権力ってスゲー。さすがに経営者の身内が患者だと無理が効くんだなぁ。

 このM字開脚状態で権力も何もあったもんじゃないのに。


「オッケー。検査キットは準備してあるからここでやっちゃおうか。完全闇ルートで手に入れてるから万全だ」


 この辺りはやっぱり十一夜の人。さらっとやばいこと言ってる。まあ多分わたしの秘密を保つためには必要ってことなんだろう。


 ていうか未だM字開脚中なんですが……。


「よし。夏葉ちゃん、パンツ履いていいよ」


 ということでやっと解放される。

 もう泣きたくなるよ。


「圭君には黙っててあげるから心配しないで」


 まだ言うか!

 くぅ……ちょっと半べそをかきながら、剥がしてたガーゼを自分で貼り直してパンツを履いてスカートを履く。


 尿検査の紙コップから恭平さんが検査のためにスポイトで吸ったり振ったり色々してるのも実に恥辱的な気がした。

 向こうは仕事と思ってるかもしれないけど、こっちとしちゃあとんだ羞恥プレイだよ、まったく。


 採血で採血管三本分くらい採られた。恭平さんは注射が上手なのか痛みは最小限で最初のチクリという小さな痛みだけだった。


「お疲れ様。あとはCTだね。そろそろいい時間かな」


「そうね。じゃあ移動しましょうか、夏葉ちゃん」


 そんなわけでCTも順調に撮り終え、検査自体は全て終了となった。検査結果が出るまで何日かかかるのかと思っていたのだが、そうかからないから恭平さんに任せて外で何か食べようかと言ってもらえた。

 お腹ペコペコだったのでそれはありがたい提案だ。


 近くのカフェまで涼音先生の車で移動する。


「あ、ルノー」


 涼音先生の車もルノーのエンブレムが付いていた。

 うちの担任の細野先生の古いルノーと違っていたって堅気の車だ。


「これ? TWINGOっていう車なんだよ。夏葉ちゃん、車好きなの?」


「いや、そうじゃないんですけどうちの担任が古いルノーに乗ってて、その車がうるさいわ乗り心地悪いわで最低なんですよ」


「まあ、そうだったんだ。この車は普通だと思うけど……もし気分悪くなったりしたらすぐ言ってね」


「あ、すみません。多分大丈夫です。あの車が異常だっただけで……」


 細野先生のガタピシ車を思い出しながら、あれは本当やばかったなと思い出してしまった。


「涼音先生ってわたしとはどういう親戚に当たるんでしたっけ?」


 確かわたしがまだ小さい頃に会ったことがあると言っていたけど。


「あぁ、夏葉ちゃんは知らないか。えぇっとね、わたしはあなたのお父さんの従姉妹になるのよ。つまりあなたのお祖父さんの弟の娘」


「あぁ、そうだったんですね。今まで知らなくて……すみません」


「うぅん。こんなことでもなければそうそう会う機会はないものね。仕方ないわ。それにしてもあなたが恭平と顔見知りとは予想外だったわ。世の中狭いわね〜」


「そうですね。びっくりしました。あの、涼音先生と恭平さんはどんなお知り合いなんですか?」


「やだ、親戚なんだし先生は他人行儀だわ」


「あ、はい。それじゃ涼音さんで」


「うん。実は恭平は元彼なのよ。何だか腐れ縁でね。別れたりよりを戻したりを繰り返してて……」


 そう言ってどこか遠くを見るように目を細める涼音さん。なんとそうだったのか。意外。

 それに恭平さんってやっぱりふつうに女の人が好きだったんだ。本人はそう言ってたけど、どう見ても完璧に女性にしか見えないからイマイチピンとこなかったんだよね。


「さ、着いた。ここよ〜」


 そこはいわゆる古民家カフェで、評判の美味しいパスタに舌鼓を打ちつつなぜか涼音さんの恭平さんへの愚痴を延々聞かされる羽目になった。

 なんだかんだ言って、結局涼音さんは恭平さんのことをずっと思ってるんだなぁ。

 でも十一夜家の男どもは鈍感だからなぁ。涼音さんのこと大事にしてほしいよ。


 華名咲家用の診察室に戻ると、待ちくたびれた恭平さんが机に突っ伏して寝ていた。

 その寝姿があまりに十一夜君そっくりで、思わずわたしはクックと笑いを漏らしてしまった。


「恭平って高校時代からこうだったのよね」


「え、涼音さんと恭平さんって同級生?」


「実はそうなの。だからもう結構長い付き合いなんだ」


「へぇ、そうだったんだぁ………うちのクラスの十一夜君と寝姿があんまりそっくりだからおかしくて」


「あら、そうなの? 十一夜家の血かしら」


 そんなことを言いながらも、愛おしそうに恭平さんに注がれている眼差しが美しかった。

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