第92話 きょうの料理

 いい感じで食事も盛り上がり、料理ももうすぐ終わりの段に差し掛かっている。


「ん、そうするとあれか。十一夜の坊主が女子おなご梃子摺てこずっておるという話は、その桐島とやらの絡みか」


 そういうことだと思う。

 でも最初は我儘な桐島さんに梃子摺っているって意味かと思ってたけど、今はちょっと違って、何かを握られていて思うように動けない不自由さに梃子摺っているってことなのかと思う。


 そこで暫く何か考えるように瞑目していたすみれさんが静かに話し出した。


「桐島さんは、自分を敵に回せば桐島物産を敵に回すことになると言ったのよね?」


「えぇ、まあ言いましたね、それは」


「当たり前に考えると、桐島物産の格では、華名咲家にとっては敵にもならないような差があるわ。それも分からないような子なのかしら? 或いは……」


 或いは?

 何だろう。含みを持たせる言い方だ。


「桐島物産の背後に兎拂とばらい家が付いているという自信なのか、更に十一夜家まで味方に付いているという自信なのかしら。何れにしてもそんな浅はかさではあなたの好敵手ライバルと認められるほどの器とは言えないわね。ちょっと残念だわ」


 心底つまらないといった感じですみれさんが桐島さんについてコメントする。


 いや、わたしは自分じゃ何にもできなくて、ただウジウジくよくよしてるだけの自分にコンプレックスを感じてるくらいなんだけど、何でそんなにわたしのこと買ってくれてるのかさっぱり分からない。


「待て、すみれ。この構図は以前聞いた十一夜と雨夜の話と似ておる」


 十一夜と雨夜……?


 あ、そうか。そう言えば十一夜家が雨夜家に嵌められて嫌々受けた仕事がこの特許絡みだったと前に十一夜君から聞いた。

 そして今回はその会稽かいけいの恥をそそぐ機会だとかで、十一夜家が本気出すような話だったはず。


 それがどうして桐島家に振り回されるような事態……と言うか何なら桐島家に弱みでも握られていいように使われてそうな感じに?

 構図が似ているというのはそこのところだろう。


「……なるほどの。そういうことか。やれやれ、一杯食わされるところじゃったわい。十一夜の奴らめ、何か企んでおるな。利用された振りをして何か企みがあるということか。じゃから話さんのじゃな……」


 武蔵さんが、やっと腑に落ちたという感じで呟く。


「利用された振り……ですか?」


「ああ、そうじゃ。本気の十一夜がよもやそこいらの企業如きに振り回されるなどあるまいて。雨夜とのことがあるから尚更な。同じ轍を踏むことなど、十一夜に限っては考えられん。そうなっているのなら、そりゃそういう体を取っているということじゃろうよ」


「そういう体……。だけど、十一夜君が桐島さんに梃子摺らされてるっていう話でしたよね? だったら実際に嵌められたと考える方が自然では?」


「ふふん。甘いなぁ、嬢ちゃん。敵を欺くには先ず味方からと言うじゃろうが。大体あの坊主がわざわざ泣き言をわしの耳に入るようにすることが不自然じゃろ。今にして思えば、あれは欺くためにわざとわしの耳に入るように仕組んだとしか思えん。わしとしたことがうっかり担がれるところじゃったわ」


 あ、確かに。

 十一夜君の性格的に、武蔵さんに泣き言を漏らすとかはまずないわ。

 なんかわたしも腑に落ちた。


「その子じゃちょっと物足りないのよねぇ。もっとこう、強力な恋敵出現! ていう展開の方が夏葉ちゃんにも火が付くのだけど……」


 一方で一人ボソボソとそう呟くすみれさんの声は聞こえなかったことにしておこうっと。


 それはそれとして、食後のお茶を啜りながら料理の余韻に浸る。

 そしてこのところ謎だらけというか、さっぱり意味の分からなかった十一夜君のことも、ちょっとだけ分かりそうな感じがする。


 そう考えると、今回のお食事会もなかなかの進展があったと言っていいのじゃないだろうか。

 すみれさんがあんなにぐいぐい来るとは思ってもみなかったが。


「さてと。そうなると十一夜の連中が何を企んでおるのかじゃなぁ……。すみれ、どう思う?」


「そうですわねぇ……。確かにあなたの仰る通り、何かありそうですわね。でも桐島家のことを少し調べてみないことには、判断材料が不足していますわねぇ」


 すみれさんの顔つきが変わった。

 前にも見たことあるぞぉ。

 聖連ちゃんのメガネがキラーンと光る時と同じあれだ。


「やれやれ……。お前……やる気じゃろ……」


「ふふふふ。久し振りに腕が鳴りますわね」


「はぁ……。こうなったら止められん」


 武蔵さんがこめかみを押さえて俯いた。


「呉々も年寄りの冷や水ということにはならんようにな」


「あら、それならお互い様ですわねぇ。うふふふ」


 目が笑ってないって。

 本気だ。本気の目だ。すみれさんの本気は凄そうな気がする。じっちゃんにも止められない本気はヤバそうだ。


 いつもはかわいらしくて上品なすみれさんだが、プロの顔つきになったすみれさんが発する雰囲気というか、オーラみたいな気配に、怖気が背中に走るのを禁じ得なかった。


 そしてじっちゃんの方も、本気になったすみれさんにどうすることもできないと悟っているのか、更に頭を抱えてしまっていた。


「あ〜美味しかった。今日のお料理は素晴らしかったわねぇ。それに夏葉ちゃんのお陰でとっても楽しい時間を過ごせたわ。また一緒にお食事しましょうね、夏葉ちゃん」


 武蔵のじっちゃんの様子など意にも介さずそう言って締めくくるすみれさんは、いつも通りのすみれさんに戻っている。


 帰りは例の書店に立ち寄るので最寄りの駅前で降ろしてもらう。

 言わずもがな、朧さんとコンタクトを取るためだ。


 どうせ四六時中近くにいるはずなんだけど、コンタクト方法とか独特の段取りとか、妙な拘りを持っている変な人なのだ。

 勿論、護衛としていつもわたしを守ってくれているのだから感謝はしているんだけど。


 書店に入って、参考書が置いてあるコーナーに行った。


 いつものように適当に参考書を手にして眺めていると、

「朧です」

と、いつものように何の気配もさせずにいつの間にか隣に立っていて、いきなり声をかけられてビクッとなった。


 来ると分かっているのに何で毎度こんなにびっくりさせられるんだろうか。

 あの気配の消し方は尋常じゃないのだ。

 変な拘りを持ってはいるが、こういうところ、腕は確かなのだと思わせる。

 ただそれを無駄遣いしてる気がするんだけど……。


「あそこまで看破されるとは驚きですが、先ほどの話については、ほぼ肯定です。具体的な内容については、申し訳ありませんが矢張りわたしの独断で明かすことはできません」


 まあそうなんだろうな。

 しかし、じっちゃんの推測は正しかったということか。流石だなぁ。


 わたしは武蔵さんの推察眼に感心した。

 と同時に、十一夜君が急に冷たくなったように感じたのにもちゃんと事情があるのだと分かって、胸の奥につかえていたものがスッと降りていくような気がした。


 そして、確認しておきたいことがあった。


「あの、秘密結社うさぎ屋って、一体何者で、何をしようとしているんですか?」


「……それは簡単ではないのです。話せることは限られているのですが……」


 朧さんは、どう話そうかと考えているのか、或いは躊躇ためらっているのか、少しの間瞑目してから再び口を開いた。


「古来より、兎には様々な伝説や伝承があります。特に東アジアでは月と兎は切っても切れない関係と言えます」


 訥々と話を切り出した朧さんの話は、月と兎に纏わる伝承という予想外の話から始まるものだった。

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