第46話 パンと蜜をめしあがれ
朝食はホームベイカリーで焼いた叔母さん謹製の食パンだった。これがなかなか侮れない。所謂ホテル食パンと称され販売されているものより遥かに美味しい代物で、家族の間でも大好評だ。バターと蜂蜜と牛乳がしっとり感と芳醇な香りを醸し出している。
「う〜ん、いつもながら叔母さんのホテル食パンは最高だねぇ〜」
「あら、そう? 嬉しいわ」
「うん、これはほんと美味しいよ。ねぇ、秋菜?」
「美味しいね〜、これをおかずにご飯食べられるくらい美味しいよ」
「それは無い」
「無いか、あはは」
秋菜がくだらないことを言っている。まぁ、お互いにくだらないことばっかり普段から言い合ってるけどね。叔父さんは笑いながら新聞に目を通している。
「あぁ、今日さ、クラスの友達と帰り寄り道することになったから」
「あ、そうなんだ。じゃ、わたしも久し振りに皆でカラオケでも行こうかなぁ〜」
「おぉ、カラオケね。いいじゃん。そう言えば高校に上がってから行ったこと無いな、まだ」
「へぇ。友紀とかに誘われないの?」
「あ〜、一回誘われたよ。でもほら、進藤君と約束があったから断ったんだよ」
「あ〜、あの時か。もったいなかったね」
「ははは、そうだね。皆とカラオケ行ってた方がよっぽど有意義だったかもなぁ」
秋菜に言われて、あの時の気持ちが蘇る。
言われてみれば確かになぁ。友紀ちゃんたちと遊んでた方が楽しかったかも。
「進藤君は元気にしてる?」
「進藤君? あぁ、そう言えば最近休みがちなんだよね〜。体調悪いのかなぁ。そんな風にも見えないんだけど。今度聞いてみるよ」
「へぇ〜、そうなんだ。病気じゃなきゃいいね」
そう言いつつ、病気以外にも何か家庭内の問題とかじゃなきゃいいけどと、不吉めいた予感のようなものを感じた。悪いことじゃなきゃいいな。
さて、そんな感じで進藤君はちょっと心配だが、放課後の秋菜の方は問題ない。帰りは、十一夜君と
いつも通り秋菜と登校し、靴箱のところで別れる。
靴の中に、一枚のカードが入っていた。カードと言ってもメッセージカードとかそう言った部類のものではない。何だろう……もしかするとこれは、タロットカードとかその手のものじゃないだろうか。はぁ……。これまた不吉な……。このカードにはどんな意味があるのだろうか。わたしに対してどうしろというのだろうか。カードには、塔から人が落っこちているイラストが描かれている。怪しいし不吉……。これは絶対またあれだなぁ、きっと。例の奴だよなぁ。
現国の授業の後、細野先生に近づいた。
「先生、ちょっとご相談が」
「ん? あぁ、華名咲か。よし、じゃあ昼休みに相談室で昼飯食いながらでいいか? お前、出前取ってもいいぞ」
先生とランチかぁ。あんまり嬉しくないけど、まあ仕方ないか。
「分かりました。じゃあお昼休みに相談室で」
そんなわけで、カードに関する相談はお昼に先生に相談することになった。あと、十一夜君にもこの件は相談しておいた方がいいだろう。放課後にでも話せばいいか。
それにしても朝一でこんなもの入れられていたってことは、今日一日警戒を怠っちゃ駄目だな。やはり早めに十一夜君には伝えておくべきかなぁ。
心配なので一応十一夜君にSMSで状況をメールしておく。などというまどろっこしいことをしているが、実際にはすぐ前の席にいる十一夜君とのやり取りだ。
カードの画像を送れと返信してきたのだが、ここで写メるのも目立ち過ぎて誰かに何か言われるのが目に見えているので、ちょっと待ってもらって、トイレに行って画像を用意することにした。
席を立つと、案の定楓ちゃんが一緒に行くという。一緒にトイレに行って個室に入り、よく考えると写真撮る時に音がするのも如何なものかと思い、消音で写真を撮れるアプリを探してダウンロードした。この辺、我ながら慎重な性格が出ている。
カードの画像を十一夜君にSMSで送り、教室に戻った。十一夜君は相変わらず何事もなかったような涼しい顔で、こちらには目もくれない。
そして昼休みだ。友紀ちゃんたちには、先生に用事があるので一緒に食べられないことを伝え、十一夜君にも先程のやり取りの中で、相談室に行くことは念のために伝えてある。学食の定食屋さんに、アジフライ定食の出前をお願いしておいた。事前に頼めばこういうこともできるのだ。朝はパンだったからこういう定食が欲しくなる。
取り敢えずできることはしておいた。あとは階段から落とされたり、上からものを落とされたりしないように、気を付けておこうと思う。
相談室に入ると、既に注文しておいたアジフライ定食は届いていた。細野先生ももう部屋におり、お茶の準備をしているところだった。わたしの方は、定食にポットも付いてきており、至れり尽くせりだ。
「おぉ、華名咲来たか。食べてていいぞ」
「あ、はい」
取り敢えず席に着いてポットから湯呑みにお茶を注ぐ。
「それで、例の件で何かあったのか? 相談って」
「……実は、今朝靴箱に怪しげなカードが入れられてまして……」
「カード? 何かメッセージか?」
「これなんですけど……」
例のカードを取り出してきて、先生の前に出した。
「何だこれ? 奇妙なカードだなぁ……」
先生はまた、カードを訝しげにじっと眺めている。
「これもコピー取らせてもらうな」
そう言うと、またこの部屋の古めのコピー機でコピーを取っている。
「これは何だろうなぁ〜。見れば見るほど、変なカードだなぁ……」
「なぞです。誰が何のためにこんなことしてるのか……。丹代さんはもう関わっていないはずですよね。やっぱり他に関わっていた人間がいるってことでしょうか……」
アジフライを食べながら先生とカードのことを話し合う。
「う〜ん、まあそうなんだろうな。今となっては丹代に話を聞くことも叶わんしなぁ。それにしても、このカードにどんなメッセージが込められているんだろうな……。不気味というか不吉というか……」
この件ではこれ以上細野先生を当てにできそうにはないな。流石に筆跡も何もこのカードには無いから、先生にも手が出せないだろうなぁ。
「兎も角、危険がないように気を付けないとな。軒下歩かないようにしろよ。あと、なるべく独りにならないようにな」
「はい。そうしようと思います」
まあ仕方ない。先生にもできることとできないことがある。筆跡から丹代さんにまで辿り着けただけでも大したものじゃないか。
相談室を出てからは、周囲に最新の注意を払った。何だか急に見る人見る人皆怪しいような気がして、すっかり疑心暗鬼だ。
そんな調子で、だが無事に教室に戻ると、友紀ちゃんたちもちょうど戻ってきたところだった。
すぐ十一夜君からのSMSが届き、どうやらわたしの周囲を見張っていてくれたようで、気になることがあったので、放課後に話すとのことだった。気になることって何だろう……。怖いなぁ。わたしを狙う人間がいたってことなんだろうか。怖い怖い。
これは、甘味処うさぎ屋もいつものように楽しいばかりの時間とはなりそうにないな。せっかく聖連ちゃんと仲良くなれるかと楽しみにしていたのになぁ。
とまあ、心配になることだらけだが、取り敢えず無事に放課後を迎えた。十一夜君との繋がりがバレるのは好ましくないため、帰りは別々だ。駅の近くのコンビニで落ち合うことにした。十一夜君は既に到着しており、その後そう待たずに聖連ちゃんも到着した。
基本的に中等部も高等部と同じ制服だ。制服姿の聖連ちゃんはこれまたかわいい。しかし見とれている場合ではない。取り敢えずうさぎ屋に連れていかねば。
「はい、こちらで〜す」
格子戸を開けて暖簾をくぐるといつも通り、客がいないわけではないが、程よく空いている。席に着いて、皆の分抹茶エスプーマ善哉を注文する。
「聖連ちゃんとまた会えるの楽しみにしてたんだ。こんなにすぐ会えるとは思ってなかったけど、すぐお礼できてよかったよ」
「そ、そんな、わたしなんかと、あの……その……何だろ」
「あはは、落ち着いて。ねぇ、よかったら聖連ちゃん、連絡先交換しない?」
「えぇーーーっ! わ、わたしと、ですか?」
「うん、勿論そうだけど……都合悪いかな、その……お仕事上?」
「え、いや、全然そんなことないですっ! あの、華名咲先輩はLINEとかされますか?」
「うん、するよぉ〜。じゃ、ふるふるする?」
「先輩、ふるふるは駄目です。近くでLINEやってる人がいたらID持ってかれますよ」
「え、そうなの? 全然知らなかった」
「はい、危険なんです。セキュリティ上、ふるふるは駄目なんです。ID検索も十八歳未満はできないので、QRコードで交換しましょう」
「ほえ〜〜。聖連ちゃん、詳しいんだねぇ〜。クラスメイトとかふるふるして交換してたから全然知らなかったよ……」
そうだったのか。ほんとに知らなかったな。流石聖連ちゃんはそういうこと詳しいな。あれ、もしかすると十一夜君もLINEやってたりするのかな。そんなことを思っていたら、十一夜君もいそいそとスマホを取り出してQRコードを見せていた。
「あ、十一夜君もLINEしてたんだね。てっきりセキュリティの関係でそういうのしないのかなとばっかり思ってたよ」
「うん、相手がいないからほとんどしなかった。家族くらいしかやらないからね」
「圭ちゃん、よかったね。華名咲先輩ともLINEできるよ」
十一夜君がいつになくニコニコと嬉しそうな顔をしている。十一夜君、相手がいなかったのか……何か切ない気持ちになるんだが……。
そうしてLINEをお互いに交換していると、抹茶エスプーマ善哉が運ばれてきた。
「さぁ、どうぞ。召し上がれ」
「うわぁ〜、美味しそう」
聖連ちゃんが今にも蕩けてしまいそうな顔をして抹茶エスプーマ善哉を見つめている。
「いただきます」
十一夜君が真っ先に食べ始める。次いで聖連ちゃんも食べ始めて、幸せそうに相好を崩している。
「先輩、美味しいですね、これ! ね、圭ちゃん」
「うん、美味しいね。甘いだけじゃなくて、抹茶のほろ苦さとクリーミーさが凄くいいね」
「でしょぉ〜〜、これはわたしもヒットだったと思うんだ。秋菜を連れてきたらやっぱり気に入っちゃってね。時々来るんだ」
とかいう話をしながらも、そろそろ本題に入らねばと思い、段々緊張感が漲ってくる。
「さて、それじゃあそろそろ本題に入ろうかな」
十一夜君は、そう言うとゆっくりわたしの方を向いて、話し始めた。
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