第47話 奴のシャツ

「じゃあまず、華名咲さんの靴箱に入っていたカードだけど」


「あ、うんうん。これが実物なんだけど」


 靴箱に入っていた怪しいカードを取り出し、テーブルの上に置いて二人に実物を見せた。聖連ちゃんがカードを手に取り、裏返したりしながら興味深げに見入っている。


「これはタロットカードだね」


「やっぱりそうなんだ」


「うん。このカードはTHE TOWERというカードらしいよ」


 そう言って、十一夜くんはいつも持ち歩いているモバイル・パソコンを取り出して、そのTHE TOWERというカードについて解説してあるWIKIのページを見せてくれた。カードの意味という部分に目を通すと、まず正位置の意味とあり、そこにはこんな説明が記されている。

『崩壊、災害、悲劇、悲惨、惨事、惨劇、凄惨、戦意喪失、記憶喪失、被害妄想、トラウマ、踏んだり蹴ったり、自己破壊、洗脳、メンタルの破綻、風前の灯』

 何だこれ、予想はしていたが碌なもんじゃないなぁ。そして続けて逆位置の意味としてこうある。

『緊迫、突然のアクシデント、誤解、不幸、無念、屈辱、天変地異』

 正位置とか逆位置とか、何のことだかよく分からないけど、どっちにしろいい意味はない。実際、WIKIのこのページには続けてこう書かれてあった。

『正位置・逆位置のいずれにおいてもネガティブな意味合いを持つ唯一のカードである。 アーサー・エドワード・ウェイトのタロット図解における解説では「悲嘆・災難・不名誉・転落」を意味するとされる』

 ……っておーいっ。碌でもないカード置いて行きやがって、まぁ。ポジティブ要素ゼロかよっ! せめて一つや二つくらいはポジティブ要素入れとけっ! どんだけ不吉だよっ。腹立つわぁ〜〜。続く部分には寓画の解釈とあったが、解釈についてはどうも諸説あるということのようだ。

 いずれにしても宗教か若しくはオカルト染みた印象を受ける。必然的に、丹代さんが監禁されていたあの部屋が思い起こされる。あの部屋には床に大きく魔法陣が描かれていて、牛の頭の偶像二体と共に、見るからに如何わしい雰囲気の祭壇が築かれていた。


「どういう意図でこのカードを置いて行ったのかだよね。どう考えても好意的なものではないことは明らかだけど」


 十一夜君が思案顔でそう言う。確かにその通りなのだ。


「そうだよねぇ〜。はぁ〜、一体何の恨みを買っちゃったんだろうな」


「だけど悪いことばかりでもない」


「え、どういうこと?」


 十一夜君が今度は不敵な笑みを浮かべて、どこかしたり顔をしているように見える。


「丹代さん、昨夜は随分とうなされていてね。その中でまるで念仏でも唱えるみたいに繰り返していたんだ。今のWIKIに出てきたこのTHE TOWERが暗示する意味の中に含まれている単語の幾つかをね。ずっとそれが何を意味しているのかさっぱり分からなかったんだよ。でも、華名咲さんから貰った画像を調べてみてやっとそれがこのTHE TOWERが暗示している意味だと言うことが分かった」


 聖連ちゃんも頷きながら十一夜君の言葉を聞いている。


「え、あれ? よく分からないけど、どういうこと?」


 丹代さんがTHE TOWERのカードを靴箱に入れたわけじゃないよね? それはできるはずがない。誰かに命令してやらせたってこと? それも無いよね? ずっと監禁されていたわけだし、救出してからは十一夜君の保護下にある。それにとてもそんなことができるような健康状態にはないし。


「状況から判断すれば、丹代さんはそのカードを置いて行った人物と関わりがあったと考えられる。そして魘されるくらい恐れているのか、若しくは嫌がっている相手ということだろうね。つまり、丹代さんの意識が戻ったらそのカードの送り主について何らかの情報は聞き出せそうだということだよ」


 十一夜君の話を聞く限り、丹代さんの状況はまだ良くなさそうだ。しかし丹代さんがこのカードの送り主とも関わりがあったとなると、やはりあの手紙もこのカードの送り主が何らかの形で関わっていたと考えられそうだ。やっぱり丹代さんと会って話をしたいな。


「はぁ〜、丹代さんと会って話をしてみたいな。あの日、わたしにコンタクトしてきた直後に不審な着信があって、その後失踪したでしょう。丹代さんがわたしに伝えてきたことと、彼女の失踪、そしてこのカードが無関係だとはどうも思えないの」


 わたしは正直な自分の気持ちを十一夜君に伝えた。


「そうだね。丹代さんも前から華名咲さんにコンタクトを取ろうとしていたようだったけど、何か理由があって自分のことを君に伝えたかったんだろうね。恐らく今でも話をしたいと思っているんじゃないのかな」


 それから十一夜君は何かを深く考えるようにして、眉間に皺を寄せ、押し黙った。聖連ちゃんは終始黙ってじっと話の行方を見守っている様子だ。


「丹代さんの様子、どんな感じ?」


 沈黙に耐えかねて、取り敢えず丹代さんの様子について伺ってみた。


「丹代さんは一旦、うちのセーフハウスの一つに匿っている。医療担当者も付きっきりでケアしているから安全面と健康面は心配ない。状態としては、意識の混濁状態が数時間続いていたが、今朝の段階では落ち着いて睡眠状態だと報告を受けている。携帯やその他の持ち物は何も身に着けていなかった。外傷は特に見受けられなかったので、身体的な暴力を受けたりはしていなかったようだね」


 十一夜君は丹代さんの状態について、感情を交えずに淡々と語った。取り敢えず怪我はしていないし、意識の混濁も落ち着いて今は眠っているということなので、少し安心する。


「そうなんだ。一先ず怪我や命に別条があるような事態ではないってことだよね。少し安心した」


「あぁ、そこは安心してくれていいよ。今は丹代さんの容態が安定しているようだから、体力の回復を待って、少しずつ話を聞きたいと思ってる。カウンセラーも付けてあるから心のケアも大丈夫だと思う。勿論全員うちの手の者だから心配ない。彼女にすぐに僕の正体を明かすのはちょっと問題があると思うので、僕もまだ当面は彼女の前に姿を現す気はないんだ。だから彼女に会うのはもう暫く待ってもらえるかな。情報は逐一華名咲さんにも提供するようにするから」


 そうか……。そうだよね。十一夜君も丹代さんに正体を明かすわけじゃないんだ。だったらわたしものこのこ出て行くわけには行かないよね。


「そうだね。うん、分かったよ」


「悪いね。でも然るべき時が来たらちゃんと華名咲さんにも会わせるから」


「うん。その時は、是非お願いします」


「それと、今日華名咲さんが相談室に行った時のことなんだけど」


「あ、そう言えば何か気になることがあったって……」


「それなんだけど。五組の進藤洋介って、前に華名咲さんが一緒に買物に出かけた相手だよね?」


「え、うん。そうだね……。誰だったかも知ってたんだ、十一夜君」


「まあな」


 そこ、何で得意気なんだろうな、十一夜君は?


「進藤君がどうかしたの?」


「どうも彼がずっと君のことを付けている様子だったんだ。君に近づこうとして、何度も躊躇ためらっている様子だった。多分、彼のことだから君に危害を加えるような目的があったとは思い難いが、何となく切羽詰まっている様にも見えて、ちょっと気になったんだ」


「えぇ? 何それ怖い」


 進藤君、何なんだろうか。まさか彼がこの事件に関わっていたりはしないだろうなぁ。もう本当にこの頃は怪しいことだらけで、何を信じたら良いのかわけが分からない状態だ。進藤君は何を考えているのだろうか。最近学校も休みがちだと秋菜から聞いているけど、彼の身に何が起こっているんだろう。


「十一夜君、そう言えば、秋菜ってわたしのいとこは知っているよね。進藤君とは同じクラスなんだけど、秋菜が言うには、最近進藤君は学校を休みがちらしいんだよね。何かあるのかな……」


「そうなのか……。う〜ん、分からないけど、念の為に彼のことも少し調べてみる必要があるかなぁ」


「あ、そう言えば進藤君のお父さんは、うちの父の会社で働いてるって聞いた。父は新規拠点の立ち上げ事業でこの春からパナマに行ってるんだけど、進藤君のお父さんもパナマに行ってるらしいよ。それでね、進藤君のお父さんは単身赴任らしいんだけど、進藤君ちは再婚で、こっちに残っているお義母さんと義妹さんとは血が繋がってないらしいのよ。それで何かと気不味くて、義妹さんの誕生プレゼントを買うの手伝って欲しいって頼まれたわけ」


 何かの手掛かりになればいいと思って、進藤君には悪いけど、彼の家庭の事情について十一夜君に話した。


「そうか。……華名咲さんに近づこうとして躊躇っていたのは、何か父親の仕事絡みのことなのかな。それだったら躊躇っている理由も分かるな。何しろ彼はそんなに遠慮するようなタイプじゃなかったんじゃないかな?」


 十一夜君がわたしの顔を見据えて訊いてくる。


「ん? まぁそうかな、うん。確かにちょっとグイグイ来る感じで、ホントのこと言うと、ちょっと苦手なんだ」


「え、そうなの、華名咲さん……? てっきり僕は……いや、何でもないんだけど。……そうか……そうだったんだ」


「ん?」


 何を言おうとしたのかよく分からなかったけど、十一夜君は一人で何か得心したような安心したような顔をして、しきりに頷いていた。

 その様子を見た聖連ちゃんは、面白そうににやにやしながら、今度はわたしの方を見ている。


「それじゃあ、明日にでもわたしの方から進藤君に近づいてみようかしら」


「え? でも苦手なんだろう? 無理することないんじゃないかな」


「大丈夫。苦手って言っても別にそこまでじゃないから」


「え、そうなのかい? そこまでじゃないのか……」


 メガネっ娘が腹を抱えて笑いを堪えている。十一夜君の様子がそんなにおかしいのだろうか? さっぱり意味が分からないが、兄妹ならではの何かがあるんだろうな、恐らく。

 その後は暫く他愛も無い話をして、深刻さからは抜け出すことができた。CeriseスリーズDioskouroiディオスクーロイのことは聖連ちゃんも知っていて、割りと関心があるようで色々と質問攻めに遭って結局、今度一緒にDioskouroiに連れて行ってあげるということになった。オーナーの身内ということで割引が効くし、まぁ、今回の件では丹代さん救出のために一役買ってもらったことでもあるし、お礼がてらそれもまたいいだろう。折角だから仲良くなりたいし、聖連ちゃんも随分と喜んでくれているし。

 凄腕の工作員とは言え、こうして話しているとごく普通のかわいいJCだ。こんな子が車運転したり、色々と裏稼業に通じているとはなぁ。まったくもって世の中っていうのは分からないものだよ。


 翌日、放課後玄関に向かう途中、進藤君を見かけたので、声を掛けようとしたのだが、少し慌てた様子で急ぎ足で玄関を通り越して体育館の方へ歩いて行った。

 何となく気になって後を追うと、途中からどうも様子がおかしく辺りをキョロキョロと見回しながら小走りになった。いよいよ気掛かりになって、一定の距離を取りながら後を追うことにした。

 進藤君が体育館の裏の方に消えて行った。わたしも遅れて後を追い、裏手に回る角のところで慎重に向こうの様子を伺うと、どうにも彼の姿が見当たらない。緊張感とちょっとした恐怖感で鼓動が激しく胸を打つ。

 誰もいない様子なので、思い切って体育館裏に飛び込んで行くと、やはり進藤君の姿は影も形も無く、ただ、地面に白い布切れが無造作に残されているだけだった。

 近づいてその布切れを拾い上げて見ると、それは引き千切られたように乱暴に破かれた、制服のシャツの袖で、真新しい血痕が白い布地の一部を赤く染めていた。

 進藤君のシャツ? 嘘っ、これはどういうこと? とてつもなく不吉で危険なことが起こっている。そう直感が告げている。不穏過ぎる事態だ。わたしは周囲を見渡し、警戒しながらスマホを取り出して、十一夜君に電話をした。

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