第37話 My Bright Tomorrow

 帰宅して部屋着に着替えてから、今日一日のできごとを振り返ると随分と色々あって、まるで何日か経過したような気分だった。

 ベッドにゴロンと横たわり、仰向けになる。目を瞑ると今日一日の色んなことが蘇ってくる。進藤君、何だか感覚が色々と合わない人だった。いい人なんだろうけど。

 あ……。貰ったペンダント、どうしようかな……。多分身に着けることはないと思うんだけど。気に入らないわけじゃないんだけど、何となく気持ちがこれを受け入れないんだよね。特に身に着ける物だから余計にそんな感じがする。

 十一夜君……。君がまさかTS男子だったとはなぁ。小学生の頃になっちゃったって言ってたよね。もう何年も本来の自分の性別じゃない状態でいるわけか。どんな気持ちで過ごして来たんだろうな。

 十一夜君ともっと色んな事を話してみたい。十一夜君は男子化したから人と話さなくなったって言っていたから、秘密を知ってる俺とだったらもっと気軽に話せるんじゃないのかな。

 あ、それよりか丹代花澄。まさかまさかだよね〜。丹代さんが男子化しているなんて、俺全然気づいてなかったわ。どうなんだろうなぁ〜。丹代さんって俺の敵? これが分からない。当初やけに不気味さを感じていたんだけど、最近はそんな印象は薄れつつある。でもあのFacebookから辿れるグループはどう考えても怪しいじゃないか。俺と面識のある、且つ俺が告られたことのある人間ばかりのグループなんてやっぱり普通じゃないだろう。

 でも、今日一つ気になったのは、十一夜君がそれとなく俺との関わりを丹代さんから聞き出したと言っていたよな。それで幼稚舎で一緒だったことを丹代さんが話したということだけど、どうやら俺が男だったことは話していないようだ。

 十一夜君の様子だと俺がTS女子だということを彼はまだ知らない。丹代さんは確実に知っているのに俺の話題になった際にそこには言及しなかった。そして丹代さんは俺に近づこうとしている節があったと十一夜君が言っていた。何の目的で? それに丹代家は何と言ってもあの秘密結社うさぎ屋と何らかの関わりを持っている。十一夜君が追っているある組織……それは恐らく秘密結社うさぎ屋なんじゃないかな。

 そう考えると、やはり丹代さんに関しては、まだまだ疑惑の方が勝っているんだよね。ただどうしてもそういう人間には思えないから微妙なんだよなぁ。

 そもそも俺が階段から突き落とされた事件と鉢が上から落ちてきた事件。これは全然解決していない。

 これに丹代さんは関わっているのか、うさぎ屋が関わっているのか、その辺が今後の焦点になるかな。

 細野先生、頼むよ。先生があてにならないとなると、この問題が一向に解決に近づかないんだから。

 そんなことをあれこれと考えていると、叔母さんが訪問してきた。余程心配だったのか、或いは野次馬根性なのか、恐らく両方だろうけど。


「夏葉ちゃん、やっぱり帰って来てたのね。お買い物は楽しくできたの?」


 俺が未だゴロゴロしているベッドの端に叔母さんは構わず腰掛ける。


「うん、まあ楽しい買い物ってわけでもないけど、まあ進藤君に協力はできたんじゃないかなと思う」


 買い物の目的は十分果たせたと思う。楽しくは無かったかなぁ。


「そう。進藤君はどんな子だった?」


 まぁそこが気になってるよね。このまま俺がいつまでもゴロゴロしているのも悪いので、叔母さんの隣に座り直したら、叔母さんが優しく俺の手に手を添える。


「う〜ん、そうだなぁ……。何て言うか違和感を感じることがちょいちょいあったかな」


 距離感もそうなんだけど、何となくずっと違和感を感じていた。


「そうだったの。違和感って、例えばどんなときに感じたのかしら」


 流石に突っ込んでくるな。


「例えば? そうだなぁ。……あ、妹さんのプレゼントに、わたしがいいなと思ったペンダントがあったから、それを勧めたのね。でも進藤君のリアクションがイマイチで。だからそんなに気に入らなかったかなって思ってたの。それでその後わたしがちょっとトイレに行って戻ってみたら、もう買い物終わっててさ。何買ったのかと思ったら、結局わたしがお勧めしたペンダント買ったって言うんだよ。何それって感じだよ」


「そうだったのね。その時夏葉ちゃんはホントならどうしたかったの?」


「そりゃやっぱ、わたしのお勧め気に入ってくれたなら、もっと嬉しそうにして欲しいっていうのもあるけど……それを選ぶんなら買うところ見たかったっていうか、何か上手く言えないな」


 兎に角トイレから戻ったら買い物終わってたっていうのが何かね。しかも俺が選んだの買ったのなら尚更。


「分かるわ。その時の喜びを共有したかったのよね、夏葉ちゃん」


「そうそう、それ。そうなんだよぉ〜。何かさぁ、自分だけでさっさと進められて置いてけぼりな気がして寂しいっていうかさぁ。そもそもお店も進藤君決めてたみたいなのに、それも教えてくれてなくて、男一人じゃ入り難いから付き合わされただけみたいな感じだったんだよ」


「そうだったの〜、それはちょっと寂しいわね〜」


「ね〜、折角一緒にプレゼント選びしようって言うのにさ。結局自分だけでよかったんじゃんって話だよ」


「そっか〜、お疲れ様、夏葉ちゃん。お買い物の後は何処かへ行ったの?」


「ん? あとはハンバーグ食べて別れた。その後偶々クラスメイトに会って、一緒にお茶して帰ってきたの」


「あら、そうだったの?」


「うん、そうだったよ。秋菜が進藤君はタイプじゃないって言ってたけど、何か分かるわ」


「まぁ、秋菜ちゃんと夏葉ちゃんの好みのタイプが被っちゃってるのかしら。それは大変だわ〜。恋のライバルね。そう言えばわたしも愛妃とタイプが同じだったから何度取り合いになったことか……一卵性双生児の悲劇よねぇ〜……思い出すわ。だけど同じ一卵性双生児同士のパートナーを見つけられてやっと愛妃との壮絶な恋のバトルに終止符を打つことができたわ……。今はお互い幸せよ」


 何か最終的に惚気のろけに持ってかれたな。て言うか、両親の結婚にそんな経緯があったとはな。全然知らなかったけど、合理的な解決案だ。でも俺と秋菜は一卵性双生児じゃないからな。見た目は一緒だけど。

 何か家族が本気で俺と秋菜は一卵性双生児だとすっかり勘違いしているフシがあるよな。自分たちがそうだからそんな気になっちゃうんだろうね。

 そんな具合で最終的にすっかり叔母さんが想い出に浸ってしまったため、下の階に降りて晩ご飯の支度でもすることにした。当然そこには手ぐすね引いて俺の帰りを待っていた秋菜と、オロオロしている叔父さんと祐太がいた。秋菜はひたすら進藤君とのことを根掘り葉掘り訊いてくる。その間、オロオロしながら何事も無かったのか訊こうとしている叔父さん。しかしことごとく秋菜に遮られている。叔父さんが心配するようなことなんて何にもないから安心してよ。まあ叔母さんがその辺はちゃんと話してくれることだろう。

 覚悟は決めていたが、秋菜の追及はしつこい。最終的には何故か進藤君の何処がタイプじゃないかの話になって、あいつが何であんなに女子に人気があるのか意味が分からないという話に落ち着いた。それで不思議と秋菜と意気投合して盛り上がったんだが、おかしなものだ。秋菜と俺とでは性格が違うが、食べ物でも何でも不思議と趣味が合う。それでさっき叔母さんが言っていた母と叔母さんとの結婚前の恋愛エピソードのことをふと思い出してしまったのだが、流石に俺が男に恋して秋菜と取り合うなんてこと無いよな?

 今の俺には想像することすらできない。だけど最近の俺は、自分の男としての精神をキープし続ける点において、なし崩し的に自信を失いつつあるのだ。

 俺が男に戻る可能性……。それにすべては掛かっている。もし俺がいつか男に戻れるのだったら、心の中に、たとえ片隅にでも男の部分を残しておくべきだと思う。だけどもし、このまま俺が男に戻ることができないのだとしたら……?

 考えたくないなぁ……。考えたくないけど……だけど……そうだとしたら……。

 あぁ〜、分かんねぇ……。やっぱり分かんないわ。俺どうしたいんだ。いや、男に戻りたいんだ。元に戻りたいんだ。だけど、最近は今の状態でもそんなに悪いとは思えない気がしてるんだよなぁ〜。

 正直高校からは完全に新しい学校で新しい交友関係を築いてきたわけだ。それも女子として……。もし今後、俺が男に戻ったらこの関係も再びリセットだ。中等部までの知り合いとの関係みたいにな。

 あれ……そうなったらどうなるの? ……それって結局、俺が女の子になっちゃった時と同じことじゃないのか? だったら、結局また一からやり直しじゃん……。そうすると今俺が必死に抵抗しながら男であろうとしていることって、意味あるのかな……。もしかすると、全然、意味無くない?

 何か今もの凄いヤバイことに気付いた気がするんだけど。俺の人生を左右するくらいの大変なことに気付いたんじゃない?


「ちょっと夏葉ちゃん、何か焦げてない? 焦げ臭いんだけど?」


「あらあら、夏葉ちゃん、珍しい。どうしたのよ、ぼーっとして! フライパン! 焦げてる! フライパン!」


「えっ? あーーーっ、やばっ」


 俺としたことが、人生左右する一大事について考えていたもんだから、料理を焦がしてしまった。慌ててシンクにフライパンを置いて水を流した。


「あ〜、ごめんごめん。考え事してたもんだから。あ〜ぁ、やっちゃった。すぐやり直すね」


「いいから。あなた大丈夫なの? 今日、ホントに何もなかったのよね? もういいからちょっとあっちで休んでなさい、もう。秋菜、夏葉ちゃんの代わりにこっちやって」


「え〜〜〜」


「え〜〜〜じゃないの。いっつも夏葉ちゃんがやってるんだから、あなたももうこれくらいできるでしょ」


「は〜〜ぃ」


 渋々秋菜が了承しているが、まあ偶には一人でやったっていいだろうが。ちゃんとやれ。

 叔父さんと祐太がまた狼狽うろたえだしたので、心配するようなことは何もないからと説得するのに骨折れた。これじゃちっとも休めやしない。

 そんなこんなで騒がしい夕食を終えて、再び自室へ戻って独りになった。


 何か決めた。決めちゃったよ。何か吹っ切ったっていうのかな。俺は俺だけど俺じゃなくてわたしだ。今後もし、男に戻ったらその時はまた一から俺を始めりゃいいって話だ。何でこんなシンプルなことに今まで気づかなかったんだろうな。

 瑣末なことに拘ると大局を見失う。取り敢えず男に戻るまでは女で行く。そういうことで改めてよろしく、世間様よ。

 そう覚悟を決めた途端、大きな荷を降ろしたみたいにとても心が軽くなった気がして、明るい明日が待っているんじゃないかって思えた。気のせいかもしれないが……。

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