第36話 秘密
十一夜君は、この前立ち寄ったスタバにバイクを停めて「ここでいいよね」と一応訊いてくる。もうここまで来て別に断る理由もないし、頷いて了承の意思を伝える。
入店して、「何にする?」なんて言いながら、うっかりキーホルダー握ってしまって十一夜君を呼び出してしまったのでお詫びに今日も奢らせてくれと申し出たけど、断られた。
「今日は僕が出すよ。お茶に誘ったのも僕だしね。どうぞ、好きなの選んで。何でもいいよ」
今日はよく奢られる。奢られデーやっほー。疲れたので甘いものが欲しいけど、お腹はいっぱいなのでキャラメルマキアートだけ頼んだ。十一夜君はラザニアとかサンドイッチとかキッシュとか、何だか色々頼んでいた。細い割に結構食べるんだね。
座席に着くと、十一夜君は暫く無言でむしゃむしゃと食べ続けていた。
「悪い。昼飯途中で出て来ちゃったんで、お腹も空いてた」
まるでお腹が空いていたのを急に思い出したとでもいうような言い草だ。
「そうだったの? ごめんね、悪いことしたなぁ」
「ああ、それはいいんだ、全然。どうせ居ても立ってもいられなかったんだしさ」
「え?」
居ても立ってもいられなかったですと? 聞き捨てならないことを言いましたよね、今。さらりと。
「例の警備会社だけど」
「へ? あ、あぁうん。あのわたしを拉致した車の」
「うん。僕が調査中の事案との関わりが出て来た」
「あ、ということは守秘義務の」
「ん? ああ、まあね。華名咲さんを危険な目に遭わさないために、細かくはまだ言えないことが沢山あるんだけど、でも華名咲さんも関わりがあることが分かったから、話そうと思う」
「それはつまり、十一夜君が調べていることと、わたしが襲われたこととが関係しているってこと?」
十一夜君は、少しの間沈黙して何か考える様子だったが、直ぐに俺の質問に答えてくれた。
「そこのところはまだ何も具体的な情報を掴んでいるわけじゃないからはっきり肯定はできない。でも可能性は極めて高いと見ている」
少し場の空気がピリッとする
「そう……なんだ」
緊張感に思わず唾を飲み込んでしまう。
「華名咲さん、丹代花澄に近づかない方がいいって手紙、読んでくれたかな」
「えぇっ? てことはもしかして、あの手紙って十一夜君?」
「そうだよ」
「えぇ〜〜〜、そうだったんだぁ」
そうだよってまたさらりとまぁ。
「これから話すことは、多分かなり突拍子もないことだと思うけど、真実なので信じて欲しい」
そう前置きして、相当ぶっ飛んだ話がこれから話されるのであろうことを、俺に覚悟させた。
「丹代花澄さんは、中学時代に僕の学校に転入してきたんだけど、訳ありだったらしくてね。その訳っていうのが問題なんだけど……あ、これから話すことも全部秘密でお願いします」
「う、うん。秘密は守ります」
十一夜君のは緩い感じで言ってても、多分本気で洒落にならない奴なんだ。思わず居住まいを正すというか、
「うん。できるだけ事実だけを端的に言うよ。丹代さんって女の子だけど、男になっちゃったらしいんだ。言ってる意味分からないと思うけど」
そう言って十一夜君は俺の顔を伺っている。
「丹代さんが女の子だけど、男の子になっちゃった?」
待て待て。え? つまりそれは、丹代さんが男子化した。俺の逆パターンってこと?
「そうなんだ。調査によれば、今はホルモン治療で男子化の影響を最低限に押さえ込んでいるようなんだけど」
「それ、本当のことなんだよね」
まさかこんな嘘を吐いているとは思えない。俺自身が性転換してしまっているわけだから、信じられないことはない。
十一夜君は黙って頷くと、更に話を続けた。
「丹代さんは、男になっちゃったので転校せざるを得なかったらしい。ただ、早いうちにホルモン治療を受けることができて、どうにか誤魔化せているというわけだ」
「あ、そう言えば」
「ん? 何かあった?」
「うん。そう言えば丹代さんって、体育の授業で着替えるときに更衣室で見たことがないんだよ。それでいっつも不思議だと思ってたんだ。でも、それで謎が解けた」
そういうことだったのか。ホントに謎が解けたな。謎が解けたと言えば、細野先生、その後犯人捜しの件はどうなったんだろ。あの人やっぱり全然あてにならない人だったかなぁ〜。どっかの少年探偵みたいにやたらじっちゃんの名にかけてばっかり言ってたけど。
「なるほど。まぁ、着替えはやりにくいだろうね。大方どこか別の場所で着替えているんだろうさ。……それで大事なのはここからなんだけど」
えぇ〜〜〜? ここからまだ更にあるの? 一体これ以上何があるってのよ。覚悟いるな〜。超覚悟求めてくるな。よっしゃ、来るなら来いや。ばっちこーい。
「僕が調査しているのは、この性転換現象についてなんだ。依頼を受けたと前に話したかと思うんだけど、半分は自分から志願して担当させてもらってると言っていい」
何と、そういうことか。だから俺にも関係あると言うんだな。あれ、ということは、十一夜君は俺が男だって知ってるわけ? ちょっと、それ知られてるのって超恥ずかしいんだけど。
「ふぅ〜〜」
十一夜君がここで大きく一呼吸して唇を真一文字に結んで、額の汗を拭っている。
「よし。じゃあ言うよ」
何だろうか、余程言い難いことなのか、ある種決意表明のように聞こえる。
「実を言うと……実を言うと僕も、本来は女だったのに男に、なっちゃったんだ」
そう言って十一夜君は、一仕事成し遂げたというようにまた大きく息を吐いた。
何々? 十一夜君も女だったのに男になった?
「……えぇーーーーっ?」
マスオさんもびっくりな勢いで声をひっくり返しながら驚いた。十一夜君を見ると目を固く瞑って体を強張らせているし、俺も俺で二の句が継げないでいる。
「や、やっぱり……気持ち悪い……かな……」
いや、気持ち悪いだなんて。十一夜君は片目だけ開けて心配そうにこちらを伺い見ているのだが、それを言うなら俺の方こそ、男のくせに女になっちゃったんだから何も批判的なことなど言えるはずもない。十一夜君のことを気持ち悪いなんて思ったら、自己否定もいいところだよ。めっちゃブーメランじゃん。
「あーーっ、そっか。手紙の文字! 女の子の文字だったっ! ……っ! 手編みの編みぐるみ! そっかー、あぁ〜……凄く腑に落ちた……」
点と点とが結びついて急に歯車が滞り無く回りだしたような気がする。十一夜君が実は元女子ってのは確かに驚愕の事実なんだけど、それ以上に噛み合った歯車がスッキリと俺に爽快感のようなものを
「でも、どうして丹代さんに近づかないようにと?」
「丹代さんが女子でなくなったことに気づかれないためさ。丹代さんに聞いたんだけど、君と彼女は幼稚園時代に同じクラスだったよね。既知の仲であれば微妙な変化に気づいてしまうかもしれない。そうなることを危惧したんだ。それで君と丹代さんが近づくのはあまり好ましくないなと思って、君の周辺も注意していたんだ。そしたら何か面倒事に巻き込まれていそうだったから、キーホルダー渡したってわけ。」
「そういうことか……。全然気づいてなかったけどね」
「……丹代さんの方が、どうも君に近づこうとしていたフシがあったから、それとなく聞いてみたんだ。あ、勿論僕が丹代さんの男子化について調べていることも、それを知っていることも丹代さんは知らないんだけどね。僕は自分の男性化について知りたいと思って調査しているうちに、丹代さんに行き当たったんだ。それで丹代さんの周りを調査するために彼女を追ってこの学園に入学した。大まかに言うとそういうストーリーだよ」
そんな独白を本人は気不味く思っているのだろう、あたかも何か祈り求めるかのような、何かに縋るような目で俺をじっと見つめている。だけど同じ穴の
って、あれ? 何か引っかかるんだけど……もしかして、十一夜君は俺の女子化については知らない? あ、そうか。だから十一夜君は、俺のことを友達だと思ってくれているのかな。十一夜君としては俺とは女同士。なるほどな、色々納得がいく。そうかぁ〜、そうなんだなぁ……。そっか。だったらこのまま、十一夜君には俺が女のままの方がいいんだろうな……。十一夜君は正直に話してくれたけど、俺は自分の秘密を明かさない方が十一夜君にとっていいことかもしれない。十一夜君の友達でいるために……。
俺は何故だか分からないが、この時ズキンと胸に痛みを感じた。恐らく本当のことを話してくれた十一夜君に対して、自分は本当のことを隠すという後ろめたさを感じたからだと思う。
「……あ、じゃあさ、十一夜君……あ、十一夜さんの方がいいのかな?」
「いや、今僕は男だから取り敢えず今まで通りで頼む」
「そう? じゃ、十一夜君ってさ、元々はくノ一ってこと? 何かかっこいいね、くノ一」
俺の馬鹿発言に、十一夜君はぽかんとしている。あら、もしかしてやっちまったかな?
「……ふふふふ。華名咲さん、面白いね。こんな僕のこと、気持ち悪くないの?」
「どして? 十一夜君は十一夜君だよ。だけどさ、十一夜君が追っていることと、わたしってどんな関係があるの?」
俺が知りたいのはそこだ。そこのところがまだ何も説明されていない。
「ありがとう、華名咲さん」
十一夜君は質問に答える代わりに、言葉を詰まらせているようだ。あれ、何かちょっと涙ぐんでないか? 花粉症出た?
「このところ、華名咲さんを襲った警備会社の金の流れを調べていたんだ。そうしたらあの警備会社がある組織の資金源になっていることが判明した。その組織っていうのが、僕がずっと探っていた組織だったんだ。君を襲ったのが何を意図したものだったのか、どうも分からないんだけど、あの警備会社と組織が繋がっていることが分かったからには君を無関係にしておくことはできないと思ったわけだ。ただ、その組織に関する情報は、悪いんだけど話すことができない」
何と、そんなことまで調べられるのか? 流石くノ一。恐るべき諜報能力。警備会社から資金が流れている組織……それってもしかして……秘密結社うさぎ屋……? これは訊いちゃダメなんだろうな。
それにしても、丹代花澄も十一夜君も女子から男子化していたとは、改めて驚きの真実発覚だな。そう言えば、丹代さんはホルモン治療を受けていると言ったけど、そういうものがあったんだ。でもそれで性転換自体が治るってわけじゃないんだよね、多分。
「こういうことって訊いていいかどうか分からないんだけど、十一夜君は、丹代さんみたいにホルモン治療はしないの? 嫌なことだったら答えなくていいんだけど」
「ああ。僕の体に変化が起こったのは、小学生の頃だったんだ。ホルモン治療っていうのは体にも負担がかかるし、将来を大きく左右するから、最低でも十五歳以上じゃないと受けられないんだよ。だから僕は無理だったし、女が男の体に変化して、それがまた女っぽくなりたいなんて、事例もないし色々ややこしすぎるだろう?」
そういう十一夜君の眼差しは少し悲しそうに見えたが、それでいてすべてを受け入れたような達観した眼差しにも見えた。
そうなのか。ホルモン治療、俺も受けることができるのかもしれないな。でも、それで男の体に戻れるってわけじゃないんだよな。女らしさを減らすことはできるみたいだけど。
十一夜君は小学生で男子化。以後そのまま。丹代さんは現在ホルモン投与。でも着替え時は何処か行ってるし、女に戻れてはいない。どちらが生きやすいかって言うと、十一夜君や俺みたいに、取り敢えず受け入れている方かもしれない。それを受け入れられるかどうかは人それぞれだろうけどさ。
俺だって、ほぼもう女子なのに心の中では自分を俺って呼んだりして、未だに抵抗し続けているくらいだ。受け入れるっていうのだって楽な道とは言えないな。
十一夜君は、重大な秘密を俺に打ち明けてくれたが、本当の自分について打ち明けられたことで随分とホッとした様子だ。きっと家族以外の誰にも言えずにずっと過ごしてきたのだろう。俺は秋菜がいてくれるだけでも随分と救われている。十一夜君はきっと初めて秘密を他人に明かしたのだと思う。十一夜君にとってそういう存在でいられてよかった。
それから暫く、ホッとした様子の十一夜君は、元女子とは思えない勢いで食べまくっていた。考えたら俺も元男子と思えないくらい食べられなくなっちゃったもんな。これは体の変化もあるかもしれないけど、体重気にするから食習慣が変化したことによると思うけど。
「ふふふ。十一夜君ってさ、食べるの好きだよね」
「ん? あぁ、そうだね。これにもそれなりの理由があるんだよ」
「何々?」
まだ秘密があるんだろうか。興味が湧く。
「いや、そんなに大したことではないんだけど。男になってから、何しろ女っぽく見られては面倒なことになるだろうし、そうなることを避けるために自然と喋るのは最低限になって行ったし、人との関わりもなるべく持たないようになっていったんだ。でもやっぱりそれってかなりのストレスになってたんだろうね。食べることにその分執着するようになったみたいでさ。僕は毎日のトレーニングで相当身体を酷使するし、その分食べないと追いつかない面もあるしね」
聞いてみると結構壮絶なんだな。それに比べて自分のお気楽さ加減ときたらどうだ。
しかしこうして考えてみると、家族が全面的に受け入れてくれて、サポートしてくれるというのは、俺の場合大きな助けになっているんだろうな。結構家族から精神的に抉られることが多いような気でいたけど、こんな状況になった俺のことを忌避せずに受け入れた上に、全面的にサポートしてくれているんだもんな。本当に良い家族に恵まれたと思わなきゃ。
「へぇ〜。そうなんだぁ。色々大変な中、頑張ってきたんだねぇ〜、十一夜君は。偉いなぁ、尊敬するよ」
「……ありがとう、華名咲さん……」
そう言う十一夜君は、ちょっと鼻声だった。花粉症、大丈夫かな。
その後十一夜君の満足が行くまで食べて、お喋りして、家まで送ってもらった。
そう言えば今気付いたんだけど、俺と十一夜君って、精神的にも身体的にも男子と女子なんだよ。何か面白くないかな、これって。
内面は男と女。身体的には女と男。俺の内面と十一夜君の外面は男同士で、俺の外面と十一夜君の内面は女同士なんだ。男女でありながら、男同士でもあり、それでいて女同士でもあるんだよ。これって何か面白いよね。こんな関係って普通ありえないでしょ。俺は、もっと十一夜君と仲良くなりたいなと思ったし、もっと仲良くなれる気がした。
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