第二話 梶之助と千咲、ラブラブデート? 海辺で謎の少女に遭遇!

五月二日。大型連休初日。清清しい五月晴れだ。

 休みの日の今朝も、やはりいつものように特製ドリンク(今日はコウモリの糞の粉末を緑茶に溶かしたもの)を振るわれ、即効流しに捨てる。五郎次爺ちゃん嘆き寝込む。

「おっはよう!」

 いつもの時間よりは二時間ほど遅いのだが、千咲が今日も俺んちにやって来た。下着を返しに来たわけではないだろうし、これはきっと……。

「ねえ梶之助くん、今から一緒にショッピングに行こう!」

 やはりな。

「うん、暇だからいいよ」

 これも拒否るとあとで絶対処刑されるし、家にいても五郎次爺ちゃんからテレビゲームに付き合わされるか相撲のトークばかり聞かされるかだろうし俺は快く付き合うことにした。最初に言っておくが俺と千咲は恋人同士ではない。単なるお友達同士だ。だから二人っきりで出かけても何のイベントも起きないぞ。

 俺と千咲、チャリに乗ってまず始めにやって来たのは俺んち最寄り鉄道駅の山陽本線JR大久保駅、その南側に広がる大型ショッピング施設『イオン明石』。一番館ビブレへ入店した。

「ねえ梶之助くん、さっそくだけど私、お洋服買うから一緒に選んでーっ」

 俺は千咲に腕を無理やりグイグイ引っ張られ、エスカレータに乗せられ、連れてこられたその場所は、

「ちょっ、ちょっと待って千咲ちゃん」

 じょっ、女性用下着売り場じゃあないか。

「どうしたの梶之助くん? お顔がおサルさんのオシリみたいな色になってるよ」

 嫌な例え方だ。じつは俺、ここは姉達にも何度も連れてこられた経験がある。けれども男の俺がなんかここにいるのは気まずいだろう。こう感じるのは俺だけなのか、他にも男性客は数名いたのだが。

「ちっ、千咲ちゃん一人で選んでてよ。俺は他の所……本屋さんで待ってるから」

「もう、照れ屋さんね」

 ともかくもこの場にはいたくないので、こうして俺はビブレから少し南へ下った所にある本屋『未来屋書店』でしばし待つこととなった。


「お待たせーっ!」

 三十分ほど待っていると、バーゲン戦争を勝ち抜いたおばさんのごとく買い物袋両手に抱えた千咲が戻って来た。俺は一つ持ってあげた。

「かなりいっぱい買ったんだね。いくらくらい使ったの?」

「合計税込みで一万九千六百八十円よ。お買い得でしょ?」

 高ぁっ! 女の買い物は分からん。

「ねえ梶之助くん、次は映画見よう!」

「いいけど、ホラー物と恋愛物はダメだよ」

 この二ジャンルは映画でなくとも俺の大の苦手なのだ。

 再び一番館へ戻り、その最上階にあるイオンシネマ明石へ。ここは七つものスクリーンが入っている大型シネコンだ。

「あれ見ようよ。つい先週公開されたばっかだし私早く見たいの」

 千咲が指差した映画館横に掲げられているポスターを眺める。

「あのアニメかぁ。なんか乗り気がしないんだけどね……」

 どちらかというと幼稚園児から小学校低学年向けのアニメ映画なのだが、……まあいいや時間潰しにもなるし、それに何より千咲が喜んでいるから。

「私と梶之助くん、中学生、いやひょっとしたら小学生料金で入れるかもよ」

「確かにそうかもしれないけど、なんかね、後ろめたいっていうか……」



「小学生お二人様ですね」

 結局、受付のお姉さんに年齢確認されることも無く、俺と千咲は目的の映画が上映される3番スクリーンへ。こんな映画を見に来るのはせいぜい小学校高学年くらいまでだろうから、俺と千咲のことは少し背の高い、(いや小六の平均程度しかないが)小学生にしか見られていないんだろうな。

 俺と千咲は真ん中くらいの座席に座った。

上映前に長々と流されるCM中に俺はぐっすり爆睡してしまっていた。

隣の千咲はずっとスクリーンに釘付けだったようだ。

 俺はラスト五分くらいのところで、まるで五、六歳児の子を思わせるような千咲の興奮した叫び声で目が覚めた。

「めっちゃ面白かったぁーっ! 梶之助くん、また一緒に見に行こうね」

「暇だったらね」

 実を言うと、俺は、内容ほとんど頭に入ってないんだが。

 映画館を出た後は、二番館フードコートでランチタイム。

「私たち、もしかしたら、お子様ランチ頼めるんじゃない?」

「いやさすがにそれは無理だろ。いくらなんでも十歳以下には……」

 すると千咲は呼びボタンを押して、ウェイトレスを呼んだ。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「はい、お姉ちゃん、お子様ランチ二つ下しゃい」

 急に、幼稚園児のような話し口調に変えた千咲。

「かしこまりました。お飲み物はいかがなさいますか?」

「ジンジャエール下しゃい。梶之助くんは何にするう?」

「俺は烏龍茶でいいよ」

「それでは少々お待ち下さいね」

 ウェイトレスは何の疑いもなくカウンターへと戻っていった。

「ほらね、大丈夫だったでしょう?」

「俺、天ざる蕎麦にするつもりだったのに……」

 入館料だけでなく、またもや成功してしまうとは――なんだかものすごく気まずい。俺と千咲って……。

 

 そして五分ほどのち、

「お待たせしました。お子様ランチでございます」

 イルカさんの形をしたお皿に日本の国旗の立ったチャーハンに、プリン、スパゲッティ。タルタルソースのたっぷりかかったエビフライ、ハンバーグステーキなど定番のもの。その他お惣菜がバリエーション豊富に盛られていた。

「お二人はお友達同士さんね。四年生くらいかな? これ、サービスよ。仲良く遊んで自由研究の参考にしてね」

 ……まあ、小四でも背の高いやつだと160くらいはあるからな。シャボン玉セットと水鉄砲までおまけで付けてくれたのだ。何とも言い表しようが無い妙な気分だ。

「それじゃ食べよう。はい、あーん」

 俺の目の前にフォークで巻きつけられたトマトスパゲッティを持ってくる千咲。

「……ちっ、千咲ちゃん。はっ、恥ずかしいから」

 なんで高校生の俺達がこんなもの食わなきゃならんのだと思ったのだが、食ってみるとなかなか美味いものである。なんつうか栄養バランスがきちんと整っているというか。

 昼めし後は、千咲の希望で三番館にあるアニメイトイオン明石店に立ち寄って、館内から外へ出ると、足を伸ばしてここから三、四キロ離れている、ちょうど今が見頃な《薬師院ぼたん寺》と、その場所から数百メートル先にある藤棚で有名な《住吉神社》へ。

 千咲はお花が大好きなのだ。まあ彼女の容姿からすれば確かにイメージ通りなのだ。見た目だけは本当に可愛い。嬉しそうに眺めてデジカメに残していた。

 その後、俺と千咲はチャリを押しながら神社裏海岸沿いの道をプラプラ歩く。いつの間にか江井ヶ島海岸へたどり着いていた。

「今日はとっても暑いし、もう泳げそうだね」

 千咲は靴と靴下を脱いで、砂を踏みしめた。

「あ、千咲ちゃん、まだ整備されてないからガラス瓶とか落ちてるかもしれないし、裸足で歩くと危ないよ」

「いっけない、足切っちゃうとこだったよ。心配してくれてありがとう」

「いやいや」

 俺は不覚にもちょっぴり照れてしまった。

 ここから望む播磨灘の風景は美しい。俺と千咲は砂浜で、さっき貰ったシャボン玉を吹いたり水鉄砲に海水入れて撃ち合ったりして遊んでいた。傍から見れば絶対小学生同士がじゃれあっているようにしか見られてないだろうな。でも楽しいからついついやっちまう。

 

 いつの間にか、空が鉛色に変化していた。

「千咲ちゃん、なんか一雨来そうだよ」

「ほんとだ、どっかで雨宿りしよっか」

 そんなわけで、俺と千咲はちょうど午後三時のおやつ時ということもあり、軽食とるため近くの喫茶店へ。

入店してから一分も経っていないだろうか、案の定天気が急変し大雨が降り始めたのだ。

この時期よくある春の嵐である。外は夜のように薄暗くなっていた。

「そういや午後からお天気悪くなるって言ってたような」

「朝快晴だったから天気予報のおじさま信じずに傘持って無かったよ。間一髪だったね」

 その刹那だった。

ピカピカピカッとジグザクに走る稲光その約三秒後ドゴォゴォーンと強烈な爆音が鳴り響いたのだ。喫茶店一瞬停電すぐ復帰。

「びっくりしたーっ。さっきの雷めっちゃすごかったね。近くに落ちたのかも……ちょっ、ちょっと梶之助くん」

「あっ……ごめん千咲ちゃん」

 その時俺は咄嗟にテーブルの下に隠れ、千咲の膝の辺りにコアラのようにしがみ付いていたのだ。俺は高校生になった今でも雷が大の苦手なのである。

「もう、梶之助くんったらいつまでたっても弱虫さんなんだから。よちよちよち」

 千咲は俺の頭をなでなでしてくれた。っていうか情けねえ俺。

 ほんの二十分ほどで雨も止み再び日差しも出て来た。俺と千咲は店をあとにする。

 雷はあれ一回きりで済んだみたいだ。良かったあ。

「なんか急に気温下がったみたいだね。さむっ!」

 外は冷たい北寄りの風がピューピュー吹いていた。寒冷前線が通過したようだ。

「上着着る?」

 千咲はお買い物袋からビブレで手に入れた服を取り出した。

「……いっ、いいよ、こんなのは」

 手渡されたのは、もろに女の子向けのウサギの刺繍が成された水色の毛糸服だった。俺は当然のように断る。

「絶対似合うのになあ」

 

 俺達は再びチャリ押しながら海岸へと戻って来た。

「波もさっきより高くなってるよ。危険だしそろそろ帰ろうか」

「そうね……?」

 千咲は何かに気付いたようだ。

「ねっ、ねえ、梶之助くん、あそこ見て」

 千咲が指差した、海に向かって左手の方角へと俺は顔を向けた。

「んっ?」

 ここから一キロくらいは先であろうか。何やら人らしきものが見えたのだ。俺と千咲はその下と駆け寄った。チャリに乗って五分くらい。

「かっわいい!」

「えっ……」

 そこにはなんと、イノシシと鹿の毛皮らしき物を身に纏い、長さ八〇センチほどある柄のついた石槍を持った女の子が仰向けに大の字に寝そべっていたのだ。その子は十歳くらいに見えた。美しい小麦色の肌をしていたがお顔を拝見してみると日本人っぽい。しかしこの身なり。

「この子、小学生かな? いい寝顔ね」

「っていうかその前に現代人じゃないような。槍の形見ると旧石器とまではいかなくても縄文人っぽい」

「確かにそんな感じもするね。でもそうだとしたらなんで現代に来れたんだろ?」

「さっきの雷の衝撃で、どこかこの辺りに、今俺達がいる時代と、縄文時代とを繋ぐタイムスリップ空間が一瞬開いちゃってこの子が誤って転落したとか」 

 事実、このすぐ近くについ先ほどの雷が直撃したであろう焼け焦げた松の木があったのだ。この辺りに落ちたのは間違いないだろう。

「私も同じようなSFチックなこと考えてたよ。やっぱ気が合うね」

 いや、俺は冗談で言っただけだ。確かに雷は落ちたようだが、それが過去の時代へと繋がる要因になるなんて現実主義の俺には到底考えられない。

「ウゥゥゥーッ、ウッ!」

 その時だった。その女の子は叫び声を上げた。目を覚ましたようだ。

「キャッ!」

「うわ、危ねっ!」

「フウウウ、ウウウウウウウ!」

 その女の子はむくりと起き上がるやいなや、腹をすかせたライオンが死に物狂いで獲物に襲い掛かる時のような獰猛な目つきでいきなり俺達に持っていた槍を交互に突きつけ威嚇して来たのだ。警戒しているみたいだ俺と千咲のことを。

 やっぱり、本当に縄文人なのか? なんかあの国民的アニメの、映画大長編シリーズ第三六弾でもこんなの見たぞ。ク○ルだ。とりあえず俺と千咲、後ずさりして一旦距離を置く。それでも再び襲い掛かって来たがその子は力尽きたのか槍の先端部分が俺の目の先三寸ほどの所まで迫った所でパタッと倒れ再び眠りついてしまった。

 女の子が立ち上がったことで分かったことだが、背丈は千咲よりもさらに低く、135センチくらいだった。だが武器を持ってるし、不用意に近づかないほうが吉だろう。

 先ほどまでの行動、これはもうこの子は縄文人だと認めるしかないな。千咲は初めから確信していたようだが俺も。

「あっ、危なかったぁ~。とりあえず警察でも呼んでこの子を保護してもらおっか」

「でもこれ、ちょっと状況説明しにくいよね」

 確かにそうだ。縄文人が突然現代に現れたなんて言ったら、きっと俺と千咲の方が頭メルヘンな不審者扱いされちまうよな。

「そういやさ、この辺りって明石原人の腰骨が見つかった場所だったね。それと何か関係があるのかな? つーかもうすぐ原人まつりの時期でもあるし」

「うーん、分からないけどこのままここに放って置くのはかわいそうよ」

 その女の子は数分後再び目を覚ましたが、元気がなく弱り切っており戦意も消失しているようでもはや俺と千咲に襲って来なかった。女の子は毛皮こそ身に纏っているもののボロボロに破れかけ露出度が高い。このままではちとまずいし、それに先ほどの雨で気温も下がっておりこの姿ではかなり寒いだろう。千咲はさっき俺に渡そうとした服を手渡すとすぐにその上から着てくれた。一応現代の服の着方は知っているようである。

 まあ、情けは人のためならずということもあるし、千咲のチャリの荷台にその子を乗せて俺んちへと連れて帰ったのだ。

 昨日千咲が帰ってから夜遅く、母さんは、昨日は家に帰らずそのまま空港へ向かった親父と共に海外旅行へ旅立った。ゴールデンウィーク最終日前日、つまり五日夕方までは留守というナイスな状況。そのため泊めてやってもいいかなと俺も思っていた。


「五郎次お爺様。私、今日も来ましたよーっ」

「ただいま、五郎次爺ちゃん。あのさ……」

「おう、おかえり梶之助、そして千咲ちゃぁーっん。それから、んん? こっ、この子は? ……きゃっわいい! ベリーキュート! ボクのニューカマーガールフレンドじゃあ。でっ、でかした梶之助、千咲ちゃん。ようやった、ようやったぞ!」

 五郎次爺ちゃんはこの子の姿を見るなり大声で叫び大興奮。

「驚かないで聞いてくれ。この子、縄文時代からやって来たみたいなんだ」

「縄文時代じゃと! そりゃますます萌える。ボクはさっきまで大和時代っぽい雰囲気のギャルゲーやってたがそれよりさらに古のお方にリアル三次元で巡り合えるとは――」

「五郎次お爺様、どうかこの子をしばらく泊めてあげて下さい」

「もっちろんOKよ、というかこれからずっとボクんちの子にならんかのう」

 五郎次爺ちゃん断るどころかフィーバーして大歓迎だ。

「ムム……」

「ウエルカムトゥザ現代! ナイスツーミーツー、マイネイムイズゴロウジ。このボクとハグしよう。これが今の時代の挨拶の仕方じゃよ」

 抱きつこうとした五郎次爺ちゃん。つーか英語も絶対通じねえだろ。しかもいつも思うが発音悪っ。センス0だ。

「ウウウウウウウ~ッ!」

 女の子は怯えた表情で五郎次爺ちゃんに槍を向け、狙いを定めた。先ほどからずっと警戒していた……気持ちは分かる。

「アウチッ!」

 次の瞬間、女の子が持っていた槍が五郎次爺ちゃんのおでこに見事ヒット。グザリと突き刺さった。

「おお、とっても元気でパワフルな子じゃ。ますます好きになってしもうたよ。サンキューベリーマッチ」

 ウ○トラビームの如く血がどくどく流れ出る五郎次爺ちゃん。だがとっても大喜び。まあこれはある意味正当防衛である。よって女の子は無罪。

 その直後、さっきので無駄なエネルギーを消費したのか女の子のお腹から大きなグ~の音が響き渡った。

「ムウウウウウーッ」

 女の子は少し頬を桃色に染めた。なんかちょっと現代の女の子らしさも垣間見える。

「お腹空いてるのね?」

「クウー」

 千咲に尋ねられると女の子はこくりと頷いた。現代日本語分かるのか? いや、適当に相槌打っているだけかもしれない。

「そんじゃとりあえず、自称一流シェフのボクが最高級の手料理をご馳走してやろう。ハサミムシのフライとテントウムシの姿焼きと……」

 ちょっと待った五郎次爺ちゃん。そんなもの食わせたらいくら狩猟を中心に生活を賄っていた縄文人といえども(ちょっと失礼か)絶対腹壊すぞ。つーか昆虫達に謝れ。とりあえず俺がラーメンやらお好み焼きやらインスタント料理を作ってあげた。ちなみに千咲も料理が壊滅的に出来ないのだ。なんつうか、まだジャイ○ンシチューの方がマシというか。仮に出来たとしてもきっとあの激辛料理しか作らないだろうからな。

 その女の子は満面の笑みを浮かべながらズルズルズルッと豪快に音を立てて現在の食品を味わっている。

「美味しい?」

「ルルルウウウ」

 その女の子は、七・八人前はあったのをあっという間に全て平らげてしまった。これで安心しきったのか俺と千咲のことを完全に味方だと思ってくれたようだ(五郎次爺ちゃんにはまだ少し警戒心を示していたが)。

「ねえ、私たちでこの子のお名前つけてあげようよ」

「そりゃグッドアイデ~アじゃのう千咲ちゃん」

「ちょっ、ちょっと二人とも、ペットじゃないんだし」

 まあでも縄文人であろうこの子に本当の名前があるかどうかは不明だしな。一応名付けてあげることにした。

「うーむ。何にしようかのう。喜三郎か、緑之助か、雷五郎か、諾右衛門か、久吉か、光右衛門か……」

 五郎次爺ちゃん、それ、五代以降の横綱の名前じゃねえか。却下だ。

「女の子だから、お花の名前にしようよ!」

 千咲の提案したそれが妥当だな。

「えーっ! ボクのネーミングは?」

「没!」

「五郎次お爺さま。この子は歴とした女の子ですよ。そんなますらをぶりなお名前つけちゃかわいそうですよ」

「はーぃ」

 五郎次爺ちゃんはがっくり肩を落とし、丸まった背中をさらに丸め、しょんぼりした表情で自分の寝室へ。これで邪魔者は消えた。

「梶之助くん、今ちょうど五月だし…………アヤメ、でいいかな?」

「それが良さそうだね。可愛い名前だし」

「よし、決定! 今からあなたのお名前は、アヤメちゃんね」

「ユーム」

 千咲がそう告げると、女の子は笑みを浮かべてとっても喜んでくれたようだ。

「そうだ。アヤメちゃん体も汚れてるし、お風呂入れてあげよっか」

「そうだね。髪の毛に土埃がいっぱい付いてるから」

 風呂は五郎次爺ちゃんが既に沸かしてくれていたようだ。

「現代のお風呂の入り方分かる? 良かったら私と入らない?」

「ウウウウウーッ!」

 肩を掴まれたアヤメはその千咲の手をパシッと払いのけ一人でスタスタ風呂場へと向かった。 

「ふくらみかけのおっぱい見られるのが嫌なのかな? ちっちゃい私よりさらにちっちゃいけどやっぱ同い年くらいなのかな?」

 縄文時代の発育状況を考慮するとそれも不思議ではないと思う。現代人の俺と千咲ですらこの有様なんだし。

 

 十五分ほどして、アヤメは恍惚の表情で戻って来た。

「アヤメちゃん、梶之助くんちのお風呂めっちゃ快適でしょう?」

「ヌーン」

「良かったねアヤメちゃん、きれいになったらますます可愛く見えるよ。萌えキャラだーっ。ネコミミカチューシャ付けてあげるーっ」

「千咲ちゃん、やめてあげなよ。嫌がってるよ」

「ルグーッ」

 アヤメはそれを即効で払いのけ投げ捨てた。

「ごめん、ごめん。あっ、そういえば一つ聞いていいかな。これ、今日撮った牡丹の写真なんだけど、アヤメちゃんはどの色のが好き?」

「ムムーッ」

 千咲にデジカメをかざされ尋ねられるとアヤメは、これはイエスノーで答える質問ではないのだが、これも先ほどと同じような頷き方だった。やはり……。

 千咲が帰ったあと、とりあえずアヤメに現代の日本語を覚えさせようと思い国語辞典を手渡し、そしてテレビ番組も見せてみた。


「ヌウーッン!」

 胡坐を掻いて大喜びで笑いながら画面を眺めるアヤメ。俺はてっきり怖がって逃げ出すと思ったのだが。そういやさっき千咲のデジカメ見ても驚いた様子は見せ無かったからな。

 縄文人がテレビ(しかも地デジ対応最新式ハイビジョンプラズマ)を視聴する。俺達現代人が例えばタイムマシンに乗る以上になんとも奇妙な光景ではあるが、きっとこれで現代日本語も習得してくれることであろう。          


***

 

 五月三日。五郎次爺ちゃん昨日のショックからまだ立ち直れず今朝は特製ドリンク作り中止。アヤメに悪影響与えるかもしれないからそれでよし。

 大型連休二日目の今日は俺と千咲、そしてアヤメの三人でお隣加古郡播磨町にある《大中遺跡》へ。その場所へはチャリで行けないこともないのだが、アヤメを荷台に乗せて四十分以上こぎ続けるのはさすがの千咲もキツイと考え、最寄りのJR土山駅まで二駅電車に乗ることにした。土山駅からはさらに〈であいのみち〉と呼ばれる別府鉄道の廃線跡でもある遊歩道を十五分ほど歩いて俺達三人は訪れた。

 ちなみに途中駅の魚住は、近年高校野球の強豪校となり甲子園出場やプロ野球選手も輩出し,東京パラリンピック車いすテニス銀メダリスト&パリパラリンピック金メダリスト、上地結衣の母校でもある明石商業高校や、高校生クイズ全国大会出場経験もある明石高専の最寄り駅である。少し遠いが、女優の平愛梨の母校、江井ヶ島中学やアナウンサーの赤江珠緒の母校、魚住中学もJRでは魚住駅が最寄りである。

 山電沿線になるが、魚住に隣接する二見地域は、暴言発言で話題になり、明石市長引退後はテレビ番組にもよく出演するようになった泉房穂氏や、気象予報士の蓬莱大介さんが生まれ育った地域である。人工島にある兵庫県立農林水産技術総合センター・水産技術センターには令和四年十一月十三日に天皇皇后両陛下も訪問されている。


 アヤメは電車という、縄文時代という遥か昔のことから考慮すれば、つい最近出来たばかりの乗り物に対しても、ごく普通に乗り込んでいた。しかも切符もちゃんと自動改札機に通して。テレビで覚えたのか? そういや今朝、鉄道旅番組見てたし。

 ここは史跡公園『播磨大中古代の村』として公開されており、園内には古代の人々が暮らしていた竪穴式住居もいくつか復元されている。

 俺達三人はさっそく《兵庫県立考古博物館》へ。ここはナウマンゾウのジオラマや、古代の人々が使っていた土器や槍などが多数展示されている。体験学習室もあるのだ。縄文時代の暮らし振りを俺と千咲も深く学んでみようと思ったわけだ。

「火おこしって思ったよりすげえむずいな。本当に火が出るのか?」

「ワタシニ、オマカセクダサイ、カジスケサン」

 アヤメが挑戦すると、あっという間に火をおこしてしまった。

「すごいわアヤメちゃん。さっすが。私でも出来なかったのに。現代日本語も上手になったね」

「ハイ、チサキチャン、トテモカンタンデシタヨ」

 アヤメはたった一晩で驚くほど現代語をマスターしていた。縄文人パワー恐るべし。


 ちなみに五郎次爺ちゃん、俺達が帰る頃にはすっかりカムバックしていた。

                   

                  ***


 五月四日。今朝は珍しくまともなドリンク(それでもコーラにマヨネーズをミックスさせたやつだが)だったので俺は飲み干してやった。まずっ!

 ご満悦な五郎次爺ちゃん家に残し、俺と千咲はアヤメを姫路市にある的形潮干狩り場に連れて来た。縄文時代には貝塚っていうのもあるし、アサリとかハマグリとかとって遊ぼうという千咲の提案だ。もちろんアヤメは喜んでくれたし、俺も久々にやってかなり楽しめた。

 今日までにアヤメは電子レンジとHD・ブルーレイレコーダーの録画予約の仕方をマスターしてしまっていた。もはや五郎次爺ちゃん以上に急速に現代人へとより一層近づき、縄文人らしさというのがほとんど感じられなくなっていた。この様子だとますます現代生活に馴染んでしまい、もし帰れたとしても縄文時代の生活に戻りにくくなってしまうのではと、少し心配である。

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