53話「黒い粉についての研究成果の中間報告」
「研究成果、出たんですって? 意外と早かったわね」
サフィーが言う。
サフィーは研究棟の一室に来ていた。「また何か分かったらしい」とルニョーから連絡が入ったので、足を運んだのだ。
サフィーの隣にはブリーツが、向かいには、ホーレ事件のせいで研究真っ最中の研究者、ルニョーが居たが、今は別室に何かを取りに行っているようで席を外している。
室内はドドと来た時とさして変わらないが、大きな違いがある。ホーレの村にあった奇妙な墓が、室内に立て掛けられている。サフィーはそれを見る度に、気分がどんよりと曇った。
「傷はだいぶ良くなっちまったようだなぁサフィー」
サフィーに話しかけたのはブリーツだ。
「その言い方、もっと休んでたかった?」
サフィーにはブリーツの考えが透けて見える。ブリーツは、サフィーが結構な傷を負ったのをいいことに、出来る限り休むつもりだったに違いない。もしかすると、白い館で魔法で応急措置をした時、手を抜いたという可能性まであるだろう。
「い、いや、俺はサフィーの体が心配なだけなんだよ、本当だって」
ブリーツが胸の前で手を振って、あからさまに焦っている。
「そうかしらね……」
「やあ、二人共、待たせたね」
ルニョーは片手に試験管を、もう一方の手には、分厚い図鑑を持ってきた。
「あ……それは……」
サフィーは、その試験管の中身に見覚えがあった。一瞬の事ではあったが、サフィーはそれを凝視したことがある。
白い館で老人が最後にした悪あがき。ポケットの瓶を地面に叩きつけた時に、割れた瓶の中から出てきた虫だ。
試験管の中には茶色い色をした虫が入っている。その虫はピクリとも動かないので、もう死んでいるようだ。
「うーん……こうやって見ると、何かしらね。ハエみたいね」
「蚊にも見えるけどな」
「ええ? 蚊じゃあないでしょう。蚊はもっと体が小さいわよ。頭が大きいから、その分、体が小さく見えてるんじゃない? やっぱりハエよ。……いや、ハエよりもちょっと大きいかも。アブかしらね」
「そうかぁ? やっぱり蚊……いや、これはショッカクナガバチだな。ほら、触覚がめっちゃくちゃ長いだろう?」
「あ、今、思い付きで議論からボケに切り替えたでしょ。真面目にやりなさいよ」
「本当だよ。これはショッカクナガバチといって、触覚が大きなハチなんだ」
ルニョーが言った。
「えっ!?」
サフィーが思わず身を乗り出して、ルニョーの顔を見た。ルニョーは相変わらず、少しにやけたようは顔をしている。
「そ、そうなの? ブリーツって、虫に詳しかったのね……」
サフィーの頭は混乱しているが、取り敢えずブリーツの意外な特技に敬意を表して褒めておいた。
「ふふ……サフィー、気を付けた方がいいよ。ブリーツの嘘で、他の人の嘘が見抜けなくなってるみたいだよ」
「えっ!?」
「ごめん、今のは嘘だよサフィー。さっきのは、ブリーツのいつもの癖だよ」
「えーっ!?」
「ナイスだルニョー、偶にはやるじゃないの」
「えっ、なになに、嘘なの? じゃあ」
サフィーは狼狽しながらブリーツとルニョーを交互に見ている。
「そうだよ」
「そうだな。ルニョーが言うんなら」
ルニョーとブリーツがサフィーに言った。
「……いやいや、本当に勘弁してほしいわ!」
「ははは、ごめんよサフィー。ちょっとやり過ぎたかもしれないね。こいつの名前はまだ特定出来てないよ。まだ解析中だからね」
「そうなのね……ブリーツ~!」
「す、すまんすまん、マジで適当に行ってみただけなんだ。いや、申しわけない」
「ああーっ! ブリーツはホント、これが腹立つのよねー!」
サフィーが頭を掻き毟る。本当にイライラする。
「で、これは何なの!?」
気が立っている様子で、サフィーは怒号のような声をルニョーに浴びせた。
「ああ、ごめんなさい。あまりにも腹が立つものだから……はぁー……ふぅー……」
サフィーが深呼吸をし始めた。
「ふぅ……よし、いいわよ」
「そうかい。それじゃあ解説を始めよう。まず、この見た目は生物学上、他に無い見た目だ。かといって、新種というわけでもないんだ。少し姿が異常だけど、在来種なんだ」
ルニョーが試験管を持ち上げると、サフィーとブリーツは虫に注目した。
「ふぅん……在来種でも、珍しい形ってことかしら。どちらにせよ、この虫については、あまり成果は無さそうね。ちょっと変わった虫なのね」
「いや、大きな成果だよ。二人のお手柄だ。それにドドとポチのね。ちなみに、さっきのブリーツの冗談だけど、頭と触覚の比率は普通なんだ。頭が大きい分、触覚が長く見えてるだけなんだ」
ルニョーは、そう言ってメモをサフィーに見せた。サフィーはそのメモを一目見ただけで、どんなことが書いてあるか分かった。このメモは、白い館の一件を終えて城に帰った時、ルニョーに渡したメモだ。メモには手掛かりを掴み易くするために、サフィーがこれまでの事で大事そうな事を出来るだけ細かく書かれている。
「ショッカクナガ……」
サフィーの表情が、また不機嫌になっていく。
「サ、サフィー……ショッカクナガバチのことは忘れてくれ、いやぁ、ネタのばらし方には注意しないとなぁ」
「……ほんと、いい加減にしてよね」
「いや、ほんと、すまんかった、本当に。この通り」
ブリーツは両手を合わせて、サフィーの方へと頭を深々と下げた。
「まったく……ところで、成果、大きい成果って、何か分かったの?」
「うん。かなり大きな事が分かったよ。しかも、核心に近いんじゃないかな」
「そうなの!?」
その言葉を聞いて、サフィーの精神が昂る。今度こそ、マッドサモナーへ大きく近づけたと思っていいらしい。
「聞かせて!」
「勿論。そのために、こうやって解析したんだからね。それじゃあ解説を始めよう。まず、この見た目だ。蚊、ハチ、アブ、ハエ……色々な虫に見えていたみたいだけど、こいつはハエだ」
「おっ、確かに言われてみるとそうだな」
「なんかブリーツって軽いわよねー……」
適当に反応しているようにしか見えないブリーツを、サフィーは疑念のこもった眼差しで見ている。
「……まあいいわ。でも、アブみたいに大きいわ。でも、ハエなのよね」
「ああ。間違えるのも無理は無いただのハエとしてはあり得ない大きさだからね。こいつの普通の大きさは、これだよ」
ルニョーが手を伸ばし、持っている試験管を近くの試験官立てに置くと、傍らの図鑑に手を伸ばす。図鑑にいくつも挟んであるしおりのうちの一つを掴むと、しおりを挟んでいるページを開き、サフィーとブリーツに見せた。
図鑑には、ルニョーの言ったハエの姿が載っている。ハエの姿は実物大よりも拡大してあって、産毛等の細かい部分も分かり易くなっている。
サフィーとブリーツは、図鑑に載っているハエと、試験管に入っているハエを、交互に何回も凝視したが――少し奇妙に思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます