52話「サウスゴールドラッシュ」

 サウスゴールドラッシュを行きかう馬車に紛れて、アークスの乗ったリーゼが歩く。サウスゴールドラッシュを歩くという退屈な行為の中、アークスとミーナの会話は魔女の話題へとなっていく。


「時々、何も言わずにふらっと出ていく時もあるし……うーん……やっぱり掴みどころの無い人だぴょんよ、お師匠様は。弟子になってそこそこ経つけど、イマイチ何考えてるのか分からん部分があるぴょん」

「うーん……その、ふらっと出ていった時に新種を売り捌いてるとか……」

「おおー、確かにあり得るかもしれないぴょん。い……いや、でも、外出する時は、そんな様子は……ああ、でもお師匠様は凄腕の魔法使いぴょんだから……」

 なんとも歯切れの悪い言い方をしているが、ミーナの中では師匠である魔女に関しての、色々な思い出が思い起こされていた。


「い、いや、そんなに真剣に考えなくてもいいよ。僕もなんとなく言っただけだから……」

 アークスは、リーゼの腕を、覗き穴から見えるような位置で固定して、外のミーナの様子を見ているが、どうにもミーナが首をぐるんぐるんと動かして、半ば悶えているような様子で、もの凄く深く考察しているように見えている。

 アークスとしては、これといって深く考察するつもりは無く、ちょっとした退屈しのぎのつもりで話していたのだ。こんなに本気で考えられてしまっても、ちょっと困ってしまう。


「いやいや……これが言われてみると怪しいんだぴょん。もしお師匠様が、本当に密売を繰り返しているのだとすると、お師匠様は薬を作るのも、結構得意そうなんだぴょんよ。ううん、よくよく考えると、あの怪しげな薬も高く売れそうだぴょん~」

 アークスの困惑をよそに、ミーナはどんどんと考察を深めている。しかも、密売とか怪しげな薬とか言い出している。明らかに負の方向に進んでしまっている。

「あの……ミーナ、魔女は一応、騎士団に依頼も出してるんだし、そんな状態で、そんな危ないことはしないと思うよ」

「そうぴょんかぁ~?」

 ミーナがどんどん、良く分からない方向に進んでいくので、アークスは危険な臭いを感じ取って、話題を移そうとした。が、ミーナはノリノリだ。

「ほら、お師匠様って、騎士団を避けてるぴょん。それって、やっぱりやましい何かがあるからじゃないぴょんか……」

「えー? まさかそんな……」

 アークスは、そう言いながらも、いつの間にか、これまでの魔女の行動を頭の中で思い起こしていた。確かに、魔女は昔からそうだ。騎士団に依頼する割に、必要な事以外では騎士団を避けている気がする。今となっては、騎士団の中では一番魔女と近しい関係になってしまったであろうアークスだが、そんなアークス自身でさえ、魔女は心を閉ざして、こちらを警戒しながら話しているという感じがする。


「うーん……ミーナの言う事は分かるけど……」

 アークスは、この時空の歪みの依頼を受けた時の事を思い出した――。


「――すまんなぁ、人に見せる資料を用意するのも久しぶりだから。本当に慣れてなくてな……」

「――人には話したくないことの一つや二つ、あるもんなんだよ」

「――集落全体が集団ヒステリックに陥ってしまった例は、ごくごく僅かだが過去にもある。現実には無い、しかし、みんなに共通する夢に出てくる場所は何なのか……不安なんだよ、みんな」

「――ミーナよ。魔法の資質など、下らんぞ。生まれながらの魔力量や、自分の魔力の性質と精霊力との親和性次第で、そもそも魔法が使えるかどうかははっきりと分かるが、私に言わせれば、それだって眉唾だ」

「――その気持ちは嬉しいよ、ありがとう。でも、私は慣れてるからな……アークス、悪かったな。私も、どうにも、ちょっとしたことでムキになってしまう性格のようだ。直そうとは思うのだが、なかなかどうして、性格というのは一朝一夕には治せないものらしい」

「――本当に、ちょっとカッとなっただけなんだよ。大した理由でもないんだ」


 アークスは、それほど魔女との関わりは無かったし、これほど魔女に関わることになったのも、ごくごく最近の事なので、本当の気持ちは分からない。しかし、これまでの言動からすれば、魔女は悪い人ではなさそうだ。根は、結構良い人なのではないか。そう思わずにはいられなかった。


「それに、もう一つ、気になる事があるぴょん。ただでさえ人に感情を見せない人なのに、その上、偶に会うアークスには分からないだろうぴょんが、なーんか、お師匠様は最近、怒りっぽい気がするんだぴょんね。イライラした感じで、ミーナちゃんに雑用を押し付けたりとか……」

「え……それはほら、ミーナも悪いっていうか……騎士団にも雑用みたいな依頼が来たりするからな……弟子だったら、もっとなんじゃない? 気にし過ぎだと思うけどなぁ……そう、倦怠期とか、そんなのじゃないか?」

「そんな新婚さんじゃあるまいし……んー……なんだか怪しくなってきたきがするぴょんよー?」


「そうかな。てか、師匠なんだから、もうちょっと信頼した方がいいんじゃないか?」

「う……あー……アークスからしたらそうなるぴょんよねー。正統派の正義感だし、しかも馬鹿正直な天然ものだぴょんしねー……」

「ええ? 何だよそれ。いくらミーナだって、怒るよ、そんなこと言うと」

「む……確かに言い過ぎたぴょん……でもほら、あの時だって、仲間の騎士に、この事をバラしそうになったぴょんし……」

「あ……!」

 ブリーツとサフィーにばったり会った時だ。あの時は確かに口が滑りそうになった。空間の歪みがあることは、騎士団の中でも秘密にしないといけない事なのにだ。そういえば、ミーナだけじゃなくて、魔女にもお人よしだと言われた気がする。


「……いや、まったくその通りかも。でもさ」

「?」

「師匠とか……友達だって、仲間だってそうだけどさ、身近な人を信じられないって、悲しいじゃないか。やっぱりさ、心を許して語り合えて……そりゃ、時には嘘をつかれたり喧嘩になったりはするだろうけどさ、そうじゃなきゃ、なんか、嫌だっていうか……辛いじゃない?」

「アークス……ふ……ふふふっ……」

「え……何、どうしたの、急に」

「いや……思ってたより凄まじいお人好しだって思ってしまったぴょん。ああ、別に悪い意味じゃないぴょんよ。ただ、凄い人も居るもんだなぁと」

「ええ? 何それ。喜んでいいんだよね?」

「それは勿論ぴょん。アークスのおかげで、なんだか本当に倦怠期だったのかもしれないって分かってきたぴょんよ。ほんと、少し疑心暗鬼に陥り過ぎてたぴょん」

 ミーナが未だに堪えるのに必死な笑いを、吹き出しそうになりつつも、ぎりぎりのところで我慢している。


「そうでしょ? 良かった! これで仲直りだね!」

「ぷーっ! ああ、いや、ごめんぴょん。悪気は無いんだぴょん。それにしても、アークスは立派な騎士になると思うぴょんよ。かなりの大物に」

「そうかい? そうだったらいいよね……うん?」

 アークスに、一瞬にして緊張が走った。アークスは、レーダーに映らないもの……恐らくは敵を発見してしまったのだ。

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