43話「ルリエイルの白い館」

「ポチが反応したの、あそこで間違いないのね」

 サフィーの声のトーンが控えめになる。

「はい。馬車から降りた時、事前にサフィーさんに言われてたので止まりませんでしたけど、ポチは確かに、あそこで反応しました」

 中心地から、程よく離れた所にある、白い館。鉄の簡素な柵で仕切られている館だ。その館の外見から住んでいる人は富豪とは言わないまでも、そこそこ裕福なのだろうと思われる。

 ドドは、その館に差し掛かったところで、ポチが匂いを嗅ぐのをやめたと言った。それはつまり、十中八九匂いはその白い館に通じている。ということを表している。

「そう……」

「まさか、こんなのどかな町になぁ……」

「ええ……なんだか、嫌よね。こんな平和な村なのにね……でも、だからこそ、あの白い館は調べなくちゃ」

 サフィーが意気込む。

「ドド、手筈通り、いけるわね?」

 サフィー達は、黒い鱗粉の匂いの元らしき建物を通り過ぎていた。このルリエイルの外で馬車から降りた時、サフィーはドドに言っていた。







「――こんな格好で町中をうろつくんだから、マッドサモナーが居たら当然、警戒するでしょう。だから、もし、この町の中にマッドサモナーの根城があっても、立ち止まらないようにしたいわ」

 サフィー達は騎士の格好をしている。ドドやポチは別だが、一緒に行動することになれば、一緒に怪しまれることは間違いないだろう。

「ドド、ポチは匂いが途中で無くなっても、そのまま嗅いでるふりをして進み続ける事って出来る?」

 ドドとポチが二人だけで行くという方法も、サフィーは思いついていた。が、魔法使いと魔獣の組み合わせで、多少は戦闘慣れしているとはいえ、正規の訓練はしていない。また、ドドとポチが、本当にマッドサモナーと関係が無いのかどうかは、サフィーの中ではまだ、僅かに疑念が残っていた。なので、ドドとポチだけでの行動は、サフィーとしてはなるべく避けたかった。


「ええと……出来ると思いますよ。実際にやったことはありませんけど」

「んー、そりゃ、やったことは無いよなぁ。そっか、ちょっと不安だな。ポチにも出来ない事はあるだろうしなぁ……」

「……!」

 ポチがドドを見つめる。

「お……サフィーさん、ポチは自信がありそうです、大丈夫だと思いますよ」

「そう? 頼りになる魔獣ね。じゃあ、それでいきましょう――」






「はい。……ポチ、大丈夫だよな」

 ドドがポチを見ると、ポチは当然だと言わんばかりに軽くドドの目を見ただけだ。次の瞬間には、もうフルーツポンチ舐めに戻っている。

「大丈夫みたいですね。自身たっぷりみたいです」

「そうなのか……?」

「見たところ、どっしりかまえてる感じに、相当な自信がうかがえるわね。これなら大丈夫そうじゃないの」

 ブリーツとサフィーは、それぞれポチを見据えている。


「ということは、いよいよですね……」

「構える必用は無いわよ。遠目で見るだけだから。逆に、変に緊張して周りから浮かないようにしないと」

「そ、そうですか? 難しいな……」

「ああ、別に、意識することはないのよ」

 サフィーはドドが、更に緊張して硬くなっているのを見て、少し吹き出しそうになった。騎士として訓練していないので、場慣れしていないのは当たり前なのだが、ドドの小さな体格が、更に小さくなったように見えて、少し面白かったのだ。


「だって、今回はひとまず、遠目から見るだけだから。もう一回、さり気無く素通りしてみて……その後は、あの鉄柵の門をくぐることになるわ。そうなった覚悟が必要になるけど……そこまでボボ達を巻き込むつもりは無いわ。そこから先は、私達騎士団の仕事だから」

「え……? いえ、ちょっと待ってくださいよ。ここまできたら、僕だって付いていきたいですよ。ポチだって、そのつもりですよ」

 サフィーがポチに目を落とす。ポチはサフィーの方を向いて、じっと立っている。ドドの言う通りだ。サフィーにもポチの決意がひしひしと伝わってくる。


「そう……でも……いえ、分かったわ。こちらとしても、助かる」

 サフィーはドドとポチの目を、順番に見つめた。

「じゃあ……あの館に行きましょうか。まずは下見よ」

 サフィーが立ち上がると、他の二人とポチも立ち上がった。

 これで追い詰めた……といえるのだろうか。ドドには意識するなと言ったものの、サフィー自身は緊張していた。もうすぐ、マッドサモナーと直接対決することになるだろう。

 黒い鱗粉に関係しているであろう白い館は、この店から、この町の中心部を挟んで向こう側にある。

 その距離を二、三往復すれば、恐らくあの館に乗り込むことになるだろう。そうなったら、ようやくマッドサモナーを追い詰めることが出来るのだ。そう思うと、否応無しに、体が硬く硬直してくる。

「……いけないわね。いけない、いけない。さ、行きましょう。悪事の根源まで、もう少しよ!」


 サフィー達が外へ出る。そこは何の変哲もない、普通の町だった。なめし革の上等なジャケットや、ツィードのスーツに紺の蝶ネクタイとシルクハット等、裕福そうな服装の人や、サフィー達と同じ、軽装やローブを着た、戦士や魔法使いと思われる服装の人も居る。

 その中でも大半を占めるのは、簡素な作りのチュニックやベスト。ワンピース等を着ている、所謂、平民層だ。勿論、その中でも服装は様々な形がある。ベストだけは、上質な皮で作られたらしきものを着ている人も居れば、ブレスレット等、ピンポイントで貴金属を纏った人も居る。

 それほど上質な衣類をまとってない人でも、着こなしによって、富裕層には劣らない見栄えをしている人もいれば、服装に無頓着なのだろうか、浮浪者のような見た目の人まで居る。


 それが普通の光景だ。普通の町の様子であり、普通の人達の行きかう様子が、サフィーの目には映っている。何の変哲もない日常の光景。この町は、そんな雰囲気に包まれている。

 あの館もそうだ。黒い鱗粉の匂いは、あの館の前で途切れた。その白い館も当然のごとく、このアリエイルの街並みに溶け込んでいる。


 町の中心には、靴屋、本屋、肉屋、酒場等、幅広い層の人に利用される店が立ち並んでいる。小さい町なので劇場や競技場は無いが、小さな公園やフリックボール等、規模の小さなエンターテイメント施設は、しっかりと町の中心に陣取っている。

 中心から離れていくにつれてそれらは少なくなり、住宅地は市役所、農場等が増えていくのだが、そのうちの一つが、あの、白い館だ。この町の日常に当たり前のように溶け込んでいる白い館。サフィーが見ても、それは同じだ。この町に昔からあるような、白い館。この、意識しなければ、何の気無しに通り過ぎてしまうような、当たり前のように建っている館に、もしかすると、何らかの脅威が潜んでいるかもしれないのだ。


「ふぅー……」

 サフィーが辺りを注意深く見渡しながら、白い館の方へと進んでいく。サフィーは自分が騎士団である事が、少し気になった。辺りを行きかう人々に騎士団の恰好をした人が居ないからだ。しかし、騎士団がこの町に居るのは不思議な事ではない。小さい町には駐在所が無い場合が多いが、騎士団は定期的に見回りに来ることになっている。この町も、その例に漏れずに、騎士団が定期的に出入りしている。


「とにかく、まずは良く調べてみないと」

 誰に話すでもなく、サフィーが呟いた。懸念といったら、騎士団が大々的にマッドサモナーを捜索しているという点だ。裏口から逃げられる可能性も、僅かながらあるだろう。白い館に近づく回数は、出来る限り減らさないといけない。


 しかし、どちらにせよ、あの白い館に近づかなければ、マッドサモナーには辿りつけないだろう。

 サフィー達は、一歩、また一歩と、ごくごく普通な白い館へと近づいていった。

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