42話「昼食が終わり……」
「それにしてもサフィー、フルーツばっかだな」
「悪い? 甘いもの好きなのよ、私」
「だからって、フルーツポンチとは……糖尿になるぞ?」
「ぶっ……! ちょっと、食事中にそんな話しないでよ!」
ブリーツが突拍子も無いことを口にしたので、サフィーは思わず、口の中の物を少し吹き出してしまった。
「果物だって、気を付けないと太るんだぞぉー」
「もぉー、スイーツ好きの女子の敵だわ、ブリーツって」
サフィーはそんなことを言いつつ、今度はドライフルーツを練り込んだ、ベリーパンを口に運んでいく。
ブリーツは、皿に乗った骨付きラム肉四本のうちの一本を食べ終わった。
「んー……ポチ、食うか?」
ブリーツは、徐に手に持った骨を、ポチの傍らに放り投げた。案の定、ポチがブリーツの方を睨んでくる。
「う……な、何だよ。悪かったよ。要らないなら要らないでいいんだ」
ブリーツが、骨を回収しようと手を伸ばしかけると、ポチは素早く骨を咥えてしゃぶり始めた。
「お、なんだ。まんざらでもないんじゃないか」
睨んだ割に、回収されるのが嫌なのかと、ブリーツは少し不思議がった。
「ポチって、骨をかじるの、好きなんですよ。ありがとうございます」
ドドがにっこりと、ブリーツの方に微笑む。
「あ、そうなのか。なるほどなぁ。やっぱり、い……魔獣だな」
犬と言ったら、またポチに睨まれそうだと思ったので、ブリーツは咄嗟に「犬」という表現を避けた。
「はい。いい魔獣なんですよ、ポチは」
「ああ……そ、そうだよな」
ドドに何か誤解をされたような気がするが、まあ同意しておこう。ブリーツはそう思った。
「このフラワースープって、可愛くていいですね。僕、好きです」
ドドがそう言って、スープを一口、静かにすすった。フラワースープはその名の通り、食べられる花を浮かべたスープだ。スープ自体には細かく切った野菜が入っているくらいで具は控えめだが、食べられる花が浮かべられている、ちょっとオシャレなスープだ。
「ドドは少食だなぁ、それだけで足りるのか?」
ブリーツがドドの食事を見た。今、ゆっくりとすすっているフラワースープの他には、申しわけ程度のベイクドポテトがあるだけだ。
「僕は食が細いので、これくらいで丁度いいんです」
ドドはそう言いながら、フラワースープとベイクドポテトをゆっくりゆっくりと食べ進めている。
「そうなのかぁ。おしとやかでいいねぇ。サフィーは女で、結構年頃なのにこれだからなぁ」
ブリーツがサフィーの方を見る。
「……悪かったわね」
言葉とは裏腹に、全然悪びれた様子の無いサフィーは、ベリーパンはすっかり食べ終えてしまって、残り少ないフルーツポンチをやっつけている状態だ。
「んんー……やっぱドドちゃんの方がいいや……ん? ああ、ドドは男だったよな。でも、こんな男だったら、女よりも全然いいぜぇー」
「何とでも言いなさいよ。私だってブリーツなんかに好かれたくないんだから」
「あはは……お二人、仲がいいんですね」
「こういうのは良くないって言うのよ」
「良くはないぞ」
二人が同時に、ドドへと返す。
「お前はいいよな、こんな優しいご主人様が居てさ。お前と入れ替わりたい気分だぜ」
ブリーツは、少し身を乗り出して、ポチに顔を近づけながら言ったが、ポチが振り向くことはなく、残り少ないミートポタージュを舐めながら、しっぽでブリーツの顔をぺしぺしと叩いた。
「むー……やっぱり入れ替わりたいわ、こりゃ。はぁぁー」
深いため息をつきながら、ブリーツが背もたれに体を任せてぐったりとする。
「……ああ、骨、やるか?」
ブリーツはもう、骨付きラム肉とサンドイッチを食べ終わっている。ブリーツは徐に、ラムの骨を一本、手に取った。
「あ、大丈夫です。一本で十分ですよ」
ドドが言った。確かに、ポチを見ると、残り少ないミートポタージュが入った皿の横に、大事そうにラムの骨が置いてあった。ブリーツは、その光景を見て納得して、ラム肉を、元の皿へと戻した。
「ポチ、これは飲めるかな?」
サフィーが、果肉の食べ終わったフルーツポンチに手を触れつつ言う。
「ええ。人間の食べられるものなら大丈夫だと思います。試しにあげてみるといいですよ。ポチは、食べれないものは、自分で食べませんから」
「へぇ……賢いのね」
食べられるか食べられないかは自分で判別できるらしい。サフィーはフルーツポンチの残りの果汁を、ポチにあげてみることにした。
「はい、食べる?」
サフィーはフルーツポンチをポチの前に置いた。
「……」
ポチは無言で、くんくんと匂いを嗅ぐと、ペロリとフルーツポンチの中身を一舐めした。そして、舌を口に入れ、モゴモゴと味わっている仕草をすると、再度フルーツポンチの中身を舐めだした。今度はペロペロと、本格的に舐めだしたようだ。
「んー……ちょっと大き目だけど、可愛いじゃない、ポチって」
木の実の器の中に顔を突っ込んで、ペロペロと果汁を舐める仕草をするポチは、サフィーにはとても可愛らしく思える。
「サフィーさんには、そう見えるのかもしれないですね。サフィーさんは、強いから……」
ドドはまだ残っているベイクドポテトをナイフで小さく切って、フォークで口に運ぶ。そして、それをに三回咀嚼すると、話を続けた。
「僕は弱くて……ポチに出会ったきっかけだって、ポチに助けられたからなんです。その後だって、ポチに助けられっぱなしで……今でさえ魔法を使えるけど、腕はまだまだ未熟ですし、ほんと、頼りになりますよ。ポチは」
「そうなんだ、いいなぁ、私もそんな魔獣、欲しいかも」
すっかり食事を食べ終わったサフィーは、頬杖をして落ち着いている。
「むー……やっぱポチ有能だよなぁ、くそー、俺、絶対嫌われてるもんなぁ」
ブリーツがちらりとポチの方を向くが、ポチは相変わらずフルーツポンチの中身を舐めている。
「あんたのデリカシーが無いからよ」
「いえ……むしろ、ブリーツさん、好かれてるんじゃないでしょうか」
ドドが言葉を発した瞬間、ポチが凄い勢いでドドの方を向いた。
「ふふ……違うって? 大丈夫だよ、分かってるから」
「……」
ポチが、なんとも納得していなさそうにドドの方を暫く見つめて、またフルーツポンチ舐めに戻った。
「ふふふ……」
ドドがポチを見て、にっこりと笑う。サフィーとブリーツには、その笑顔が、とても幸福そうに見えた。
「確かにブリーツさんが、ポチにとっては不快みたいですけど、ただ嫌いだって感じはしないんですよね」
「そうなのか……てか、やっぱ不快なんじゃねーか……」
「そうなんですけどね。でも、ポチがこんなに、僕以外に表情を見せるのは珍しくて……だから、単に嫌いなだけじゃないと思うんですよね。友達って、いうのかな……」
「と、友達……こいつと……」
ブリーツが身を乗り出してポチを見たが、同時にポチも、ブリーツの方へと振り返っていた。
「……」
ブリーツは、不意に目が合ったので、頭が対応出来ずにそのまま暫く見つめ合った。先に動いたのはポチだった。ポチはプイッとブリーツと真逆の方向を向いて、またフルーツポンチを舐め始めた。
「んー……友達じゃねーと思うぞ、やっぱり」
「そう……かもしれませんね。どうなんでしょうね……あ、僕、食べ終わったんで、どうぞ」
「ああ、そうね。丁度、人も少なくなってきたことだし、そろそろ話を始めましょうか」
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