38話「ポチが嗅ぐ」

「よーし、ポチ、次はどこだい?」

 ホーレに続く道を、馬車は走っている。

 その馬車に乗っているのは、ブリーツ、サフィー、馬車を運転する御者、ドド、そして、ドドが使役しているポチだ。ブリーツとサフィーはそれぞれ二人用、合計四人用の合い向かいの席の片側に座っていて、ドドとポチは、もう片側の席に座っている。ポチは時折、体を馬車の外に乗り出し、匂いを嗅いでいる。


 馬車は四人乗りのボックスタイプで、騎士団のものなので、それなりに小奇麗で、装飾も施されている。王族用の馬車よりは簡単な造りになっているものの、一般の馬車に比べると立派な馬車だ。

 そんな馬車が、何故か乗り降り用の扉を開けっ放しにして、少し蛇行しながら走っている。傍から見れば、そんな光景は不自然だ。その事をサフィーは、恥ずかしがると同時に不安も覚えた。

 それもこれも、ブリーツの雑な思い付きのせいだ。サフィーのフラストレーションは、体を動かすことの出来ない馬車の中で、増幅され続けている。


 ポチが黒い鱗粉の匂いを感じるとドドに何かの合図を送り、ドドが御者へと伝える。そんな事を繰り返して、馬車は着々と草原の中の小道を進んでいく。

 ブリーツとサフィーはその間は特にやることが無いので、今後の事も考えて、ポチがどんな合図をしているのかを観察していた。が、特に目立った合図をするわけでもなく、ドドは淡々と進行方向を話すだけだった。

 ブリーツが不思議に思って、ポチがどうやってドドと意思の疎通をしているのかと聞いてみても、どうやらドドの方もはっきりとは分かっていないらしく、「なんとなく、ポチの気持ちが分かるんです」と答えるだけだった。

 サフィーとブリーツは、ますます気になって、更にじっくりとポチ、そしてそれを使役するドドの様子を観察していたが、やはりこれといってサインめいた動作は確認できないままだ。そして、そのうちそれも諦めて、数分に一回、取り留めのない世間話を二言三言話すようになっていた。


 そんな中、馬車の回りには高い木が目立つようになってきて、遂に前方に、背の高い木がひしめき合い、ブリーツとサフィーの二人にとって因縁の深い、ホーレの森が近づいてきた。


「さて……と……森の前に着いたけど、どうするよ?」

 ブリーツが身を乗り出すと、前にはホーレの森の草木が生い茂っていて、とても馬車では進めなそうな光景が広がっていた。

「ブリーツ、あんたさ……」

 サフィーとブリーツが、馬車の振動によって左右に揺らぐ。向かいにはドドが座っていて、ポチは相変わらず真ん中で鼻を外へと突き出し、クンクンと匂いを嗅いでいる。


「……もうちょっと自分でものを考えられないわけ!? どうするどうするってさ!」

「わわっ! 落ち着け落ち着けサフィー!」

 弾けたように突然激昂したサフィーに、ブリーツは前で手を振りながらなだめている。

「まったく……役に立たない仲間よねー」

 サフィーはため息を一つつき、腕組みをして後ろに寄り掛かった。

「結局、半分ボックスタイプの馬車しか借りられないし、なんかもう、行き当たりばったりの踏んだり蹴ったりでさー……」

 サフィーが不機嫌に言う。

「いや、だって、四人乗りの馬車なんて、ボックスタイプのしかなかったんだって。それに、ほら、ポチだって匂いを嗅いでるだろ? いいじゃねーかそれで」

「結果的にはね。でも、そういう問題じゃないでしょ!」

「いやあ……まあ、裏目ることだってあるさ、な?」

「その裏目が命取りにならなければいいけどね」

 サフィーが再び溜め息をつく。

「あ、あの……この先、馬車、通れないみたいなんですけど……」

 ドドが遠慮がちに二人に話しかける。


「あ……もう着いたのね。森の入り口に」

 土をなだらかにして固めた道は、森の中まで続いているが、この先は道の回りに木があって、馬車では通れなさそうだ。

「さて、どうしましょうか……」

「んー……ほんと、どうしようかね……」

「『どうしようかね』じゃなくて、決めなさいよ! ほんと、何でも人任せなんだから」

 サフィーが相変わらず激昂している。

「えー……まあ、取り敢えず降りて匂いを追おうぜ」

「駄目!」

「えー! だって俺に決めさせたじゃんかー!」

 決めろと言うから決めたのに、また怒られた。ブリーツは、とんでもない理不尽を感じている。

「参考までに案を聞いただけよ。落ち着きなさいよ」

「……」

 落ち着くのはどっちだ。と、口で言ったら火に油を注いでしまう。ブリーツは黙っているしかない。なんという理不尽だろうか。

「で、でも、森の中へと続いてるのなら、森の中に入らないと匂いが途切れてしまいますよ。馬車から降りないと」

 ドドもブリーツを肯定している。


「いえ、それは違うわドド。別に馬車を降りる必要は無いの。これまでポチが匂いを辿ってきたコースを思い出してみて」

「コース……ですか……んー……といっても、フレアグリット城から道を辿ってここまで来ただけですからね……」

「そう。ポチは匂いを辿っていて、馬車は結果的に道を辿って移動した。ということは、人が運んできた可能性が大なのよ。そうじゃなくとも、道を利用する何かの仕業に違いないわ。更に言うと、ホーレの町の周辺は、匂いで溢れている筈よ。ホーレの至る所にあるってことは、ホーレ周辺にもその匂いが残っているってこと。いくらポチでも……いえ、ポチの敏感な鼻だからこそ、匂いの追跡が難しくなる」

「そっか……匂いばっかりになるから、本当にどこに行ったかが分からなくなるんだ……」

「そうよ。よく分かったじゃない。ブリーツなんかより、よっぽど頭が働くわね、ドドは」

「何だよその言い草はー……もー……」

 ブリーツは膨れっ面をして、ゴロンとサフィーとは反対方向を向くように、ボックスの壁にもたれかかった。


「あの、ブリーツさん……」

「あ、いいからいいから。ブリーツは放っておいていいのよ」

「でも……」

「ブリーツの心配なんてしないで、話の続きをしましょう。それでもポチは、匂いの大元を探り当てるでしょう。だけど、その後には、結局、馬車が必要になるわ。黒い鱗粉の匂いはきっと、森を抜けて、またどこかへ伸びている筈なんだから」

「あ! そうか! だから、森の回りを探した方がいいんだ!」

「でも、ポチに出来ればだろ?」

 ブリーツが投げやりに言うと、ポチはぎろりとブリーツの方へと、その鋭い視線を向けた。

「な、なんだよー! 出来ないとは言ってないだろ!?」

「出来るのね、ドド」

「ええ。馬車は森の周囲をぐるっと回るように移動してください。それで、ポチが再び匂いを感じたら合図してくれるようにしましょう」

「いいわね。それでいきましょう。ドドは誰かさんよりもよっぽど役に立つわね」

「あのさー、ドドをパーティーに入れようと言ったのは俺なんだぜ?」

「え? ああ、そういえばそうね……そこだけは良くやったわブリーツ」

「だけね、はいはい……」

「よーし……じゃあ、これより馬車は森の周囲を周回、黒い鱗粉の痕跡を探します!」

「了解だ、サフィー」

 御者が声を上げると、馬車は再び進み始めた。

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