18話「発端」
「ミーナちゃんは、花畑で魔法の練習をしていたぴょん」
「あ、この川じゃなかったんだ」
「今日は花畑の気分だったから、そっちでやってたぴょん。今日はティアードロップの練習をやっていたぴょんよ」
「ティア―ドロップ……沈静効果のある魔法か……」
「そうだぴょん。本来は精神を落ち着かせる魔法だぴょん」
「モーチョの気をなだめようとしてたのか……」
「ちっがうぴょん! 話は最後まで聞くぴょん!」
「ああ、ごめん」
ミーナが眉根を寄せて怒ったので、アークスは謝った。
「魔法の練習をしてた時は、モーチョは特に興奮してはいなかったぴょん。ごくごくフツーの精神状態だったぴょん。ミーナちゃんとモーチョは、フツーにティア―ドロップの練習をしていただけだったんだぴょん!」
「そうなんだ。でも、じゃあ何で?」
「何でモーチョがあんなことになってるか。それは、ミーナちゃんがかけた魔法に原因があるぴょん」
ミーナは肩を落として、気が滅入ったように首を垂らしながら話し始めた。
「ミーナちゃんは、モーチョに精神が落ち着くティア―ドロップという魔法をかけて練習していたんだぴょん。何となく心が落ち着いたら成功なので、そうなったらモーチョがミーナちゃんへ言ってくれる手筈で練習していたんだぴょん」
「うんうん。ごく普通の魔法の練習風景だね」
「ミーナちゃんが、ティア―ドロップを何度もモーチョにかけていた時だぴょん。突然、モーチョが激しく怒り出したんだぴょん。あの温厚なモーチョがだぴょん」
「ええ?」
「そう。あまりに不自然だぴょんね。でも、それはミーナちゃんがティア―ドロップを何度も唱えているうちに、大失敗をしてしまったからなんだぴょん」
「え……それって、つまり心を落ち着けるためのティア―ドロップに失敗して、逆に興奮させちゃったってこと?」
「そうだぴょん。それ以外に考えられないぴょん」
「んー……魔法に失敗したからって、真逆の効果が出ることって、あり得るのかな……?」
騎士団にも城下町にも、沢山の魔法使いが暮らしている。しかし、失敗して真逆の効果が出た事例なんて、アークスは聞いたことがなかった。
「あり得るもあり得ないも、実際に出ちゃったんだからしょうがないぴょん」
「確かにね。で、ミーナは大丈夫だったの?」
「どうにかここまで逃げてきたぴょん。でも、多分、今見つかったら逃げられないと思うぴょん」
「それは、どういうこと?」
「その時はまだ利き目が薄かったんだぴょん。モーチョが魔法の力に精神力で抵抗してくれたおかげで、モーチョの動きも鈍ってたし、棍棒もミーナちゃんの体を避けるようにして振りおろしてくれてたんだぴょん」
「ティアードロップにあがなっていると?」
「そうだぴょん。でも、今はもう……」
「凶暴さと怒りをむき出しにしたトロールになっている……と……」
「そういうことだぴょん」
「そっか。じゃあ、今は荒れ狂うモーチョをどうにかしないとか……」
我を忘れて暴れるトロールは相当危険だ。放っておくわけにもいかない。
「そうだぴょん。ミーナちゃんもそう思うぴょん。だからミーナちゃんは、ここで息を潜めていたんだぴょんよ」
「どうしてここで?」
「どうしてって……少しは話の流れで察してほしいぴょんねー」
「え? んー……」
ミーナの話しぶりからすると、これまでの話から分かる事らしいが……。
「もういいぴょん。ミーナちゃんがモーチョを迎え撃つのにここを選んだ理由。それはここに満ち満ちている精霊力にあるぴょん」
「ああ!」
そこまで聞いて、アークスはピンときた。
「ここなら魔法がまともに使えるからか!」
「まともに使えるって、失礼だぴょんね! 元々使える魔法でも、更に効果が増すってことぴょん!」
「ああ、ごめんなさい」
「謝れば済むって問題でもないぴょんが、分かればいいぴょん。しかし……」
ミーナが腕組みをして考え込んだ。その理由がアークスにも分かった。
「今のところ、特別な物音はしないね。鳥の鳴き声とか、普段通りの物音だけだ」
「モーチョは我を忘れて、この一帯を暴れまわっているぴょん。つまり、モーチョの行く先は完全ランダムだぴょん」
「なるほど、それで、僕が見かけたのは、もう一つの川辺が最後だから……」
「そうだぴょん。ここには来ないかもしれないぴょん。むしろ、どこか人里に行く可能性の方が高いくらいかもしれないぴょん」
「そ、そうか……! 別に二つの川と花畑だけで暴れまわってるわけじゃないから……」
「当ったり前だぴょん! だから、人里に行くまでに、この場所でなんとかしようと思ったミーナちゃんの作戦は失敗だぴょん。むー……どうしたら……」
ミーナは目を閉じ、腕組みをして唸っている。
「確かに、ここで止めないといけないな。あれが人里に降りたら、ただならない被害が出るかもしれない」
「モーチョだって、本当は気の優しい男だぴょん。人を傷付けたりしたら、ショックで自殺してしまうかもしれないぴょん。それに、事情を知らない人と出会ったりしたら、モーチョの方が殺されてしまうかもしれないぴょんよ」
「そうだね……暴れまわっていて、聞く耳を持たないのなら、最悪の場合……」
「うー……マズいぴょん。どうしよーどうしよー」
ミーナが言った「どうしよーどうしよー」というフレーズは、アークスの頭の中にも常に響いていた。ことは一刻を争う。なんとかしないといけない。しかし、手段が見つからない。
「モーチョがここには来ないかもしれないってことは、少なくともこの辺りは安全ってことか……」
「まあ……来るかもしれないぴょんが」
「でも、鉢合わせになる率は低いよ。それだったら、一旦、町に戻れる」
「んんー……町に戻って、応援を呼ぶぴょんか……でも、町まで往復したら、結構かかるぴょんよ」
「その間に何をするか分からないってこと? でも、このままじっとしている方が、時間が勿体無いよ。どちらにしろ、ここに来る確率は低いんだから」
「むー……だから、こうやって考えているぴょんが……何も思いつかない以上は仕方がないぴょんね。その案に賭けてみるしかなさそうだぴょん」
「うん。そうと決まったら、すぐ町へ行こう!」
「そうするしかないぴょんね」
ミーナはそう言うと、速足で歩き出した。
「あ……」
まだ心の準備が出来ていなかったアークスだが、確かに事態は一刻を争う。こうやって立っている時間は勿体無い。そう思って走り、ミーナに追いつく。
「アークス、これからは、モーチョが暴れている所に近付いていくことになるぴょん」
「気は抜けないね」
「モーチョに出くわす確率は、ここともう一つの川との分かれ道……そう、丁度、花畑の辺りだぴょん」
「うん……」
花畑。そう、モーチョに荒らされた形跡がある花畑だ。あそこに行くと考えると、道中でモーチョに合う可能性は、十分に高い。
「慎重に、周りの音に気を配っていくぴょんよ」
ミーナが速足で歩きながら言った。
「そうだね。……といっても、それをさっきやりながら、ここまで来たんだけどな……まさか、こんな緊迫しながら、この道のりを往復することになるなんて」
「それはミーナちゃんも同じぴょん。てか、あそこで身を隠してた時だって、緊張しっぱなしだったぴょんよ」
「ああ、そっか、そうだよね。ミーナの方が大変だった」
二人は慎重に周りの様子に気を配りながら、町までの道を進んだ。
二人が花畑へ差し掛かるころには、だいぶ口数も少なくなっていた。神経がすり減ってきたというのもあるが、花畑が一番危険な場所でもあるからだ。
二人は緊張しながら、花畑の中腹まで進んでいた。幸いなことに、その間、モーチョの音は一回も聞こえなかった。
「しかしまあ……酷いありさまだぴょんね……」
「うん。多分、モーチョがやったんだと思う」
「十中八九、そうぴょん。こんなのを自分がやったって分かったら、モーチョは悲しむだろうぴょんねー。例えお花でも、生き物を傷付けたりすると後ろめたい気持ちになるモーチョが、こんなに荒らしたんだから」
「本当に優しいトロールなんだね、モーチョって。川で会った時は、そう見えなかったけど」
「そりゃ、ファーストインプレッションが、あんな状態のモーチョなら当たり前だぴょん。でも、あれはモーチョじゃないぴょん。全く別の何かだぴょん」
「うん、分かってる……!?」
不意に、アークスが足を止めた。
「アークスも聞いたかぴょん……来るぴょん……」
ミーナにも聞こえている。地鳴りのようなこの音、これは間違いなくモーチョが移動している音だ。
「まずいな、ここは花畑のど真ん中だ。身を隠す場所が無い……!」
「走るぴょん!」
「走るって……モーチョがどこからくるのか分からないよ!」
「だから町に向かって走るぴょんよ! こうなった以上、もう歩いても走っても変わらないぴょん。モーチョは近くに居て、見つかったら鉢合わせるしかないぴょんよ」
「消去法か……仕方がない、ばったり会わないことを願うよ……!」
二人が同時に走り出す。周りの景色が慌ただしく過ぎ去り、草花は激しく揺れている。モーチョに近付いているのか、それとも遠ざかっているのかは分からない。しかし、モーチョがまだ、アークスとミーナのどちらにも見えていないことは確かだ。
アークスの手が、自然と腰の鞘を強く握りしめる。
――地響きはやまない。むしろ、段々と大きくなっている気がする。アークスは周りを見渡したが、まだ土煙は見えない――心臓の鼓動が早くなる――。
モーチョに鉢合わせしたとして、僕に何ができるのか。アークスは、いつのまにか、その事を考えていた。ただでさえ力の強いトロールが、魔法の力で我を忘れて暴れている。そんな状況を前に、騎士団の中でも小柄で非力な僕に、一体、何ができるのか。モーチョを止めることも、ミーナをまもることも、今の僕には困難……。
「モーチョ!」
ミーナが叫んだ。アークスも、斜め右の方向に土煙を見た。間違いない、モーチョだ。
「進行方向を変えよう! このまま行ったら本当に鉢合わせになる」
「いや、このままだぴょん! モーチョの進み方、良く見るぴょん!」
「え……?」
ミーナの言う通り、僕は走りながら、モーチョの様子を確かめる。
「あ……!」
「分かったぴょんか……そう、モーチョは蛇行さえしているぴょんが、確実に町の方向へと向かっているぴょん」
「まずいよ……!」
「そう。だから……灼熱の火球よ、我が眼前の者を焼き尽くせ……ファイアーボール!」
ミーナの手から、火球が飛ぶ。火球はモーチョの目の前に着弾した。そのことにより、モーチョの注意は、二人に行くことになった。
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