17話「不意打ち」

「むぐぐ……」

 不意を突かれた! アークスは慌てている。

 何者かは、後ろから両手でアークスの口を、きつく押さえている。しまった。とアークスは思ったが、既に時は遅く、完全に後ろを取られてしまっている。トロールへの警戒と、ミーナを探すことに気を取られていて、他の気配については気にしていなかったのはマズかった。

「やめるぴょん! モーチョに気付かれるぴょん!」

「むぐぐ……?」

「よりによって、このミーナちゃんの名前を大声で叫ぶとは、迷惑もいいところだぴょん!」

「む……むぐ……?」

 後ろからの声は、可愛らしい女の人の声だ。アークスが大声を出してミーナのことを呼んだ事以外では、特に敵意は無さそうに思える。

「おっ、おとなしくなったぴょんか」

 自分の事をミーナちゃんと言っているし、語尾に「ぴょん」が付いている。この人は間違いなく魔女の弟子のミーナだ。

「むぐぐ!」

「離してほしいかぴょん。確かにミーナちゃんも、いつまでもこんなことをしてたらモーチョに見つかってしまうかもしれないぴょん……絶対に大声出さないと約束するぴょん?」

「むぐむぐ!」

 アークスはコクコクと頷いて、自らの意思を示した。

「よーし……いいかぴょん、今度大声出したら、この頭のリボンで口を塞いでそこら辺に放置してやるぴょん」

「むぐっ……!」

 アークスは再びコクコクと頷いた。ミーナはそれを見ると、そーっと両手をアークスの口から離した。

「……ふう、全く、ヒヤヒヤさせてくれるぴょん」

「ぷはっ……はぁ……はぁ……き、君がミーナだね」

「んっ!? 私の名前を知ってるとは、ミーナちゃん、もしかして、有名な大魔法使いになってしまったぴょん?」

「いや……魔女から聞いたんだ。語尾にぴょんが付いてて、ピンクの髪が特徴だって。……というか、その前に自分でミーナちゃんって言ってるし」

「ああ、お師匠様から聞いたぴょんか。とにかく、今はモーチョに見つからないようにしないとまずいぴょん」

 ミーナはきょろきょろと辺りを警戒しながらアークスの手を引いて歩き出した。


「さ、ここに入るぴょん。二人だとちょっと狭いぴょんが、仕方がないぴょん」

 大きな木の根元まで来ると、ミーナはそう言って下の方を指さした。

 木の根元は、丁度風雨を凌げそうなくらいに浮いていて、更に下に穴が掘ってある。ミーナが、モーチョから身を隠すために掘ったものだろう。

「さ、もたもたしないで、とっとと入るぴょん! さあさあ」

「う……うん」

 ミーナがアークスを急かす。どうやら、考えている余裕は無いようだ。アークスは、ミーナに言われるがまま、木の根元のスペースに潜り込んだ。

「んー……さすがに二人だと狭いぴょんね……」

 ミーナがアークスに続いて木の根元に潜り込んだが、さすがに二人が入るとぎゅうぎゅうで、余裕が無くなる。アークスとミーナは肩と肩が触れるくらいの密着状態になった。

「うー……ちょっと、これでもう少し穴を掘るぴょん」

 ミーナがアークスに手渡したのは、小さなスコップだ。

「これは……スコップ? 魔法の練習に来てたんじゃないの?」

「そうだぴょんよ。でも緊急事態だったから、近くの小屋に置いてあったのを拝借したぴょん」

「ええ? 盗んだの?」

「だから、そんなこと言ってる場合じゃないぴょん。後で洗って返しに行くから、今はそれで、もうちょっとここを広げるぴょん」

「んー……仕方ないか……」

 アークスは納得できなかったが、ミーナの身の事も考えると仕方がないと思った。穴を掘り始める。


「ねえ、君がモーチョって言ってるのは、トロールかい?」

「そうだぴょん。何故それを? お師匠様だって、知らない筈だぴょんが……いや、お師匠様なら分からないぴょんね……」

「いや……もう一つの川の方で、暴れてるトロールに出会ったから、それの事かと思って」

「もう一つの……! そうかぴょん。モーチョはそっちに行ってたぴょんか……」

 ミーナが、この狭い中で顎に手を当て、なにやら考え始めた。

「だとしたら、こっちにはこないかもしれないぴょんが……でも、モーチョをあのままにしてはおけないぴょんし……」

 ミーナは唸り声をあげながら真剣に考えている様子だ。

「向こうに居るなら、このまま町に帰ることも出来るかもしれないぴょんが……でも、モーチョはミーナちゃんがなんとかしないと……」

 ふと、アークスは手を止めて、ミーナの顔を見た。ミーナが僅かに震えている。そんな気がしたからだ。

 ミーナは外には出そうとしていないみたいだが、やはり体は少し震えていて、怯えた目をしている。他人であるアークスに分かるくらいに、不安が滲み出ている。


「ね、どうしてこの川で練習をしていたんだい? ここって河原が狭いから、もう一つの川の方が魔法の練習にはいいと思うんだけど」

 アークスが質問した。何か話していた方が、不安が紛れるのではないかと思ったからだ。

「ふふふ……それは素人の考え方だぴょん。通はこっちの川で練習するものだぴょん」

「ええ? 通?」

「こっちの川は、確かに狭いぴょん。しかし、あっちの川……いや、他のそんじょそこらの川には無いものがあるんだぴょん」

「この川ならではの何かがあるっていうのかい」

「そうだぴょん。その……」

「アークス。フレアグリット騎士団のアークスだよ」

「騎士さんだぴょんか。アークスには魔力が感じ取れないから分からないかもしれないぴょんが、ここは精霊力が溢れているのだぴょん」

「精霊力が? なるほどなぁ」

 アークスは納得した。この周辺の精霊力が高いから、この川で練習する事もあるのだ。

 精霊力とは魔法に影響を与える力の事だ。魔法は本人の技術や精神力、精神状態もさることながら、魔法を使う場所の精霊力にも左右される。精霊力が高い土地であれば、それだけ魔法の力も強力になる。ミーナのような修行中の魔法使いにとっては、精霊力が高い土地の方が、魔法を成功させやすい。


「多分、精霊の集まる泉がどこかにあって、精霊力がとっても強いんだぴょん。だから、ミーナちゃんのしょっぱい魔力でも、結構練習が捗ったりするんだぴょん……ああ、穴はもういいぴょん。外に出るぴょん」

「え……でも、いいのかい?」

「もう一つの川の方で暴れてるなら、どーせここには来ないぴょん。ただ……」

「ただ?」

「モーチョをどうにかしないとだぴょん……」

 ミーナはそう言うと、木の根元から這い出た。

「何かあったのかい? ……わ、汚れたなぁ」

 アークスも、ミーナの後から木の根元を這い出た。二人の衣服には、あちらこちらに土がついて汚れてしまっている。

 木の根元を掘って、急ごしらえで無理矢理こしらえた空間だからだろう。

 アークスは、衣服に着いた土を払いながら、トロールの事を話し続ける。

「かなり気性が荒そうだったけど……」

「いや……違うんだぴょん。モーチョはとっても気の優しいトロールなんだぴょんよ。頼りになるし、ミーナちゃんの無理なお願いにも応えてくれるのだぴょん。でも、今のモーチョは危険だぴょん。トロールの持つ力が、衝動的な怒りによって、更に増強されているぴょん」

「ってことは……何か気に障る事をやったりして怒らせちゃったってこと?」

「怒らせたのは怒らせたんだぴょんが……気に障る事を言ったわけじゃあないぴょん。モーチョとミーナちゃんは、仲良く魔法の練習をやっていたんだぴょん」

 ミーナが一呼吸置いて続けた。

「立ち話もなんだし、座るぴょん」

 ミーナが、傍らの切り株を指差した。

「ああ、そうだね」

 アークスは土を払うのをやめ、切り株に座った。ミーナも土を払っていたが、あんな狭い所に隠れていたのだから、払うくらいで土の汚れが綺麗になるはずはない。僕もミーナも、そこらじゅうが土に汚れた衣服を着続けることになりそうだな。と、アークスはため息を漏らした。

 ミーナも、アークスに対面する形で、切り株の近くにある、少し大きめの石に腰を下ろした。


「まずは、ことの発端から話さないといけないぴょんね」

 ミーナは、徐に空を見上げながら話し始めた。

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