4話「フレアグリットの騎士アークス」

「これ、お婆ちゃんが好きな花束だよね……」

 少女がつぶやいた。少女が大事そうに手に抱えているのは、紫色の菖蒲あやめの花の他にも何種類かの花をまとめた花束だ。花束は一般的には普通のサイズだが、少女の小さい手にとっては、少し大きめで持ちづらい。


「あそこを曲がって……」

 布でできた桃色のワンピースと、紫色のおさげ髪をはためかせながら、少女は街中の道を歩いている。お婆さんの家に行くのは初めてではないので道順は分かっているが、少女は頭の中で道順を思い出しながらお婆さんの家へと向かっている。


「んんっ!?」

 不意に、少女が体に衝撃を感じた。

「あ……ご、ごめんなさい」

 少女の前には、恰幅の良い大柄な巨漢が立っていた。頭は丸めていて、ノースリーブの服から出た腕や顔にはいくつも傷跡がある。


「……」

 少女が立ち竦む。その巨漢は、少女を威嚇するように睨みつけていた。少女は巨漢のあまりの迫力に、二、三歩後ずさった。


「ああ!? ごめんで済むなら騎士団は要らねえよ!?」

 巨漢が怒鳴る。

「本当に、ごめんなさい!」

 少女は何回も頭を下げた。が、巨漢は更に声を荒らげ、少女に怒鳴りつけた。

「だからよぉ! 謝るだけじゃ気が済まねえって言ってんだ!」

 目の前の巨漢の怒号に、少女の心はますます恐怖に配されてゆく。

「で、でも、どうすれば……」

「まず、この花は俺がもらってくぜ」

 巨漢は、少女の持っている花束を掴むと、それを力ずくで、無理矢理自分の方へと引き寄せた。

「……あっ!」

 花束は少女の手から、いとも簡単に離れ、巨漢の手へと渡り、少女はその衝撃で花束と共に引っ張られ、よろよろと二、三歩巨漢の方へと近づいてしまった。

「なんだよ……こんなもん、二束三文でも売れんぜ」

 巨漢が花束を見て苛立っている。


「……なぁ、そっちがよそ見してたんだよな、賠償金っての、知ってるかい、お嬢ちゃん?」

「ば……賠償……?」

「金だよ金! 金払えっつってるんだよ!」

「え……でも、今、持ってない……」

「だったら、その体で返してもらおうか」

「きゃっ!」

 巨漢が、その大きな手で、少女の細い腕を掴んだ。

「えっ……」

「来いよ、大人のけじめのつけかたってのを教えてやるからよぉ」

「い……嫌っ! 離してください!」

 少女が巨漢の手を振りほどこうとするが、巨漢の手は殆ど動いていない。巨漢の体が、少しぐらぐらと揺れているくらいだ。

「へへ……こっちは少しは金になりそうじゃねえか。いくらくらいで売れるかな……」

 巨漢は口元を緩ませ、少女を下から上へ、嘗め回すように見ている。

「あ……あの……ご、ごめんなさい! 謝りますから! 何でもしますから!」

「お、言ったなぁ? 今、何でもしますっていったな? じゃあ、言葉だけじゃあなくてよぉ、責任ってものを取ってもらわねぇと……」


 巨漢の言葉が途切れた。巨漢と少女との間に、一人の少年が割って入ったからだ。

 少年は少女と巨漢の腕を掴むと、力一杯に引っ張って、少女と巨漢、両方の腕を外した。

 少女と巨漢の間を遮ったのは、半袖の白いチュニックを着た、髪の青い少年だった。

 少年は長い髪を後ろで留めてポニーテールにしていて、もみあげは長く垂れ下がっている。丈の長いチュニックは、少年の太ももの辺りまでカバーしていて、ボトムズの役目も担っている。

 少年は、巨漢と少女を引き離すと、少女の前で両手を広げ、巨漢と対峙した。


「やめないか!」

 少年の甲高い声が、辺りに響く。

「ああ? 何だ、てめえは」


「僕の名はアークス! フレアグリット騎士団の者だ。一部始終を見ていた。その花束、この子に返してやるんだ」

 広げた両手のうちの片手を、巨漢の方へと差し出した。花束を渡せというジェスチャーだ。

「何ぃー!? 一部始終を見てんなら分かるだろぉー!? こいつがぶつかってきたんだぜぇー!?」

 巨漢は、わざと辺りに聞こえるように、大袈裟に叫んでいる。

「だから、こんなに必死に謝ったじゃないか! 貴方こそ、この少女をどうするつもりだったの!?」

「別に、どうするつもりもなかったぜ。さ、いいから、騎士さんはとっとと帰りな」

「ああ。そうしたい。僕もこれから城に行かなきゃいけないから。でもその前に、その花束は、この子に返してやってよ」

「ああ? ……騎士さんよ、あんたにゃ関係無ぇだろ? これ以上邪魔だてすると、騎士さんだってただじゃおかねえよ?」


「何をする気なんだ?」

「へへへ……随分と華奢な体格してるじゃねえか。腰の剣もレイピアみてえに細えや。声も女みてえに甲高いぜぇ?」

「……何が言いたい?」

「俺と戦って、勝てるかな?」

 体格差は二倍以上。まともに打ち合えばどうなるかは、そこにいる殆どの人にとって、明白だ。

「さあ。戦ってみないと分からないな」

「そうかい。じゃあ試してみるかぁ!?」

 巨漢が勢いよく、腰のバトルアクスを振り上げた。


「……どうしたんだ?」

「……」

 巨漢が、バトルアクスを振り上げたまま、硬直している。

「その体格と、その口の悪さなのに、臆病なんだな」

 アークスは、花束を返せという手を差し伸べたまま動かず、巨漢の目を見据えている。

「何!?」

「僕が騎士だから振り降ろせないんだろ。だから、僕を煽って、先に手を出させようとした」

「てめぇ……本当に殺すぞ?」

 巨漢が、バトルアクスを振り上げた手を、更に振り上げ直しながら、ドスを効かせた低い声で、アークスに凄んでみせた。

「やってみたらいい。お前の危惧している通りに、他の騎士団がお前を捕えに来るだろう」

「……へっ、これだから騎士様はよぉ!」

 巨漢は乱暴に花束を地面に投げつけると踵を返し、地面に八つ当たりをしているかのように、ずんずんと乱暴に歩きながら去っていった。

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