2話「アームズグリッター」
「くっ……間に合えぇ!」
ブリーツの喉から、自然と緊迫した声が出る。リビングデッドの、あの振りかぶり方から推測するに、リビングデッドの一撃はサフィーの首を狙っている。斧の方は鈍そうだが、あんな屈強そうなリビングデッドが首に斬りつけたら、そんなことと関係無く、首を刎ねられてしまうだろう。急がないといけない。ブリーツは杖を放って、何も持っていない両手を振り上げる。
振り上げきる間に、何も持ってない筈のブリーツの手に光が発生し、伸びていく。ブリーツが両手を振り上げきり、両手が頭上に到達した時には、光は相当な長さまで伸びていた。
「はぁっ!」
間に合え! 必死な気持ちと共に、ブリーツは手に持った光を振り降ろした。リビングデッドの斧はもう振り降ろされてるが、間に合わないとサフィーは死んでしまうだろう。既に振り降ろされていたリビングデッドの斧は、もうサフィーの首筋へと到達しようとしているのだから。
「グオォォ……」
サフィーを一回り大きくしたくらいの、屈強な体格のリビングデッドが、低い唸り声のような叫びをあげた。
「やったぜ! サフィー……サフィー?」
「う……ブリーツ……」
「ん……?」
キョトンとするブリーツに、サフィーが低い声で、性格に似合わず、淡々と早口で言った。
「何よ、このふざけた魔法は」
サフィーの一言を聞いたブリーツは直感した。確実に怒っている。
「何って……サフィーを助けようと思って、アンデッドに効く魔法をな……」
「一瞬、私の方が斬られたと思ったんだけど?」
「……へ?」
サフィーが瞳を上にずらした。サフィーは空を見ているのではない。サフィーはブリーツの魔法を見ている。
ブリーツの魔法は光り輝く剣のように見える。……が、真ん中がぐにゃりと歪曲している。丁度、サフィーを迂回するように曲がった剣が、サフィーの頭上を通り過ぎ、リビングデッドの頭に命中しているのだ。
「これのソードオブシャインは私に対する挑戦かしら?」
ブリーツの額に汗が浮かんできた。サフィーの口調が、相変わらず怖い。
「ち、違うぞ。サフィー。これはホーリーライトだ。アンデッド専用の特化呪文で、アンデッドにはすぅーっと効いて……これは……」
「ありがたくない!」
ブリーツの謎のボケにサフィーは突っ込むしかない。
「お、怒るなよ。だからな、アンデッドに即効性のあるのはホーリーライトだろ? で、リビングデッドの斧がサフィーの首元に届くまでに間に合わせるには、サフィーに当たらないように、最短距離で呪文をリビングデッドに命中させないといかんわけだ」
「その結果が、このふざけたホーリーライトだってのね」
「そういうことだ。悪気はないんだ! ふざけた気なんて毛頭無いぞ!」
「あー、そう」
いつもふざけているブリーツを見るサフィーの視線は、相変わらず懐疑的だ。
「あと一つ、言わせてくれる?」
「ど、どうぞ」
まだ何かあるのか。ブリーツは体中から冷や汗が噴き出る思いだ。
「あのね、ブリーツ。それ、間に合ってない」
「へっ!?」
ブリーツが、視線をサフィーの首に移す。
「いや……繋がってるが……」
ふと、ブリーツの視界の端に何かが映ったので、ふと、視線の少し横にずらしてみた。
「あ……ほんとだ」
そこには、サフィーのプルプルと震えた腕と、辛うじて斧が首に至る前に、斧を受け止めたのであろう剣があった。
「ほんとだじゃない!」
サフィーが、叫びながら剣に力を入れて、リビングデッドを押し倒した。
「ああっ! 死ぬかと思った!」
サフィーが叫びながら、リビングデッドに向かって、二刀流の構えをとる。
「……危機一髪だったな、サフィー」
「ええ。でも、そんな事いう口があったらフルキャストでアームズグリッターを頂戴!」
「お、おう! 我が宿らせしは
「よぉぉし! これで残りを一気に片付けてやるんだから!」
サフィーが「うおぉぉぉぉ!」と雄叫びをあげながら、正面のリビングデッドに斬りかかっていく。
「ふっ!」
サフィーは軽く横にステップをして、ひらりとリビングデッドの振り降ろした斧をかわした。サフィーはわざと、リビングデッドへの接近をワンテンポ遅らせ、リビングデッドが斧を振り上げたのを見計らって近付いていた。そして、機械的でワンパターンな攻撃をするリビングデッドが斧を振り降ろす軌道など難無く見切り、サフィーは悠々とリビングデッドの腹に一撃を入れた。
「はぁぁっ!」
再びアームズグリッターをかけられたサフィーの二つの剣によって、リビングデッドの胴が焼き切れるように裂けた。
「ふうっ、一時はどうなる事かと思ったわ」
横からのリビングデッドの斧による一撃を、二刀流の片方の剣で受け止めながら、サフィーはほっと溜め息をついた。
「……ったく!」
斧による一撃を放ったのは、サフィーの体よりも一回り大きく、体格も良いリビングデッドだったが、サフィーは受け止めた剣で、軽々とリビングデッドの斧を押し返した。
リビングデッドはよろよろと、後ろに数歩下がったが、すぐに体勢を立て直すと、再びサフィーに斬りかかった。
「ふふっ! ご機嫌じゃない!」
リビングデッドは死体にかけられた魔法によって謎の耐久力を持っている。リビングデッドに物理的な剣で斬りつけて倒すのは、容易ではない。サフィーがいくら鋭くリビングデッドに斬りつけても、ブリーツのアームズグリッターによる支援を受けなければ、リビングデッドは簡単には倒れない。
「ちぇっ、いいように使っちゃって、ご機嫌なのは、お前の頭だろうが……」
ブリーツがボソッと言ったが、サフィーはそれに、すぐに反応した。
「えっ、何か言った?」
「あー……いや……何でもないですよ」
「あ、そう。あんたがいつも冗談を言うせいで、あんたの言葉に反射的に反応しちゃうようになっちゃったんだから、滅多な事言えないのよ?」
「はいそうですか」
ブリーツが軽く流したが、内心はヒヤヒヤしている。
「……いかんいかん、戦闘に集中しよう」
ブリーツがかぶりを振って、杖を構えた。
「……何の戦闘に集中するのよ」
「ええ?」
ブリーツが周りを見渡す。周りに立っているリビングデッドは一匹も居ず、みんな地面に倒れている。
「お、終わってたのか……」
「あんたがトロトロしてるうちにね!」
サフィーがそう言って、歩き出した。
「うひゃー、歩き辛くてたまらんな」
元々、森の中の小道があるべき場所が、倒れているリビングデッドに埋め尽くされて、見え辛くなっている。
「後で片づけないとね」
サフィーが歩きながら言う。
この道は、そこそこ深い森の中にしては、しっかりと舗装されていて歩き易い道だった。この先には森に囲まれた町があるが、そこの人々の管理のおかげだろう。サフィーはそう思った。
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