ある生物の戯言

@SAHIKI

第1話

これはある生物の独り言である。


『ああ…胸糞悪い。俺は正直、怒っている。

何故、俺が胸糞悪いと怒っているのかって?そりゃあそうだろ。

どうして、俺が、いつの間にか悪者扱いなのだよ?

どうして?何故?俺が完全な悪者扱いなのだよ?


どうしてこうなったのか…?いや、なってしまったのか…?

俺があいつらを…あの二人を、「そそのかした」とか、「騙した」とか、「誘惑した」とか、言われているんだぜ?


冗談じゃない!ふざけるなよ!

実はそうではないのだよ!みんな騙されている。事実は逆なのだよ!

俺は、あいつらが…あの二人がやろうとした事を止めようとしたんだぜ?

俺はそれを阻止しようとしたんだぜ?

でも、結果的には出来なかった。阻止出来なかった。


あいつらは、あの二人は、俺の言う事を無視して、結果的にあんな事を…。

そして奴らは罰を受けた。当然だ。俺の言うことを聞かなかった報いだ。あれは罪であり、罰だよ。

いや…「俺の言うことを聞かなかった罰」ではないな。それは若干違うな。語弊があるよな。

「あの二人は自身の親の言うことを聞かなかった罰を受けた」というべきか…。


俺は失望したね。あいつらに…あの二人に。

でも、俺は「既に起きてしまった事は仕方がない」と割り切った。

だってそうだろ?過去の出来事はどうやったって変えられないからな。

俺はそうやって、あの出来事を割り切ったはずだったのだよ…。


でも、問題はその後だった。

しばらくして、その後にさらに驚くべきことが起きたのよ。

後々書かれた、その出来事が…あの二人の事が書かれた物語では事実は捻じ曲げられていた。

その物語は世界中で歴史的なベストセラー本だ。みんな誰もが知っている話だと思う。

でもその本では、違う事実が描かれていた。


どうしてか…「あの二人が悪い」のではなく、「俺が悪い」と書かれていた…。

何故か、「”俺”があの二人をそそのかした、騙した、誘惑した」と記載されていた。


俺はビックリして…腰を抜かし…あれ?”俺”っていう生き物には腰とかいう部分はあるのか?

まぁいいや…今はそんな事は!とにかく驚いた。


いやいや・…おかしいだろ!なんで、そうなっているんだよ!胸糞悪すぎるよ!


どこかで真実が捻じ曲げられてしまっていた。

それをやったのはあの二人自身か…それともあの二人の子孫達がやったのか…

今現在では、それは定かではない。でも本当に腹が立つ出来事だった。


…さっきから俺が何を…何の話を言っているか分からないって?

ここまで聞いてまだ君達は分からないのかい?それはそれで、腹ただしいし、悲しいぞ。


まぁ仕方がない。君達はあの二人の子孫達だ。さすがは、あの二人の子孫達だというべきか。

褒めてるのではないぞ。呆れているのだ。これは皮肉を込めての意味合いだ。


そういう相手を怒らせる所は、あの二人と君達はよく似ていると俺は思う。


お前達、人間のご先祖様でもある…「あの二人」が大昔に楽園でやってしまった事を言っているのだよ?俺は。


この世に一番、最初に誕生した男と女の事さ。

あの全裸の姿で二人仲良く連れ添って、幸せそうに楽園の生活を謳歌していた最初の男と、最初の女の話さ。

永遠に楽園で幸せに暮らしていれば良かったのに…あの二人はそれの何が気に食わなかったのか…。


あの二人は自身の親から「ある事をやってはいけない」と厳しく言われていた。

でも、奴らはタブーを犯した。そしてあの二人は、自身の親でもある…神様を怒らせた。


あれだけ神様から言われていた、「禁じられた事」をやったのだから、楽園を追放されて当然さ。


あの二人が楽園を追い出される…俺はそれだけは阻止したかった。

俺は、あいつらが幸せそうに楽園で過ごしている様子を見ているのは満更でもなかった。

俺は柄にもなく悪くないと思った。そう思ってしまった。


でも、あいつらは神様の言うことも、俺の言うことも、無視して結果ああなった。

あの禁断の実を手にして食べやがった。


あれを食べたらどうなるのか…当然、あの二人は神様からその事を教えられていたし、知っていたはずだ。

でもあの二人はやりやがった…馬鹿だ。馬鹿だ。馬鹿だ………。


そして、あの二人は楽園を追放されてあの様さ。


その上、何故か「あの二人に禁断の果実を食べるように誘惑したのは誰か」…という事は完全に”俺”の仕業にされた。


おかしいとは思った。だって、あいつらにはそんな悪知恵なかったはずだ…。

そんな悪知恵を身に付けてしまったのは、禁断の果実を食べたせいか…それとも「おかげ」というべきか。


あの二人の子孫である、君達もその「悪知恵」を働かせ、ここまで文明を発達させたのだから、正直凄いと俺は思う。

だが、同時に俺は軽蔑もしている。文明の発達というのは何も良い事ばかりではなかったはずだ。

悲しい事、嫌な事も経験したはずだ。それを忘れるなよ。


俺がもし、あの二人と同じ立場なら俺は絶対「果実」を食べない。

あの二人がやめてしまった「楽園」での完全な幸せを手放したくないからな!


だからあの二人は「果実」を食べてしまった原因で、おかしくなってしまった「被害者」でもあるとも見れる。

あいつらには怒っているが、同情しているのも、また事実だ。


俺はあの二人を誘惑した完全な悪者扱い。

そして、あの二人は悪くない。完全な被害者である…

確かにあの二人はある意味「被害者」でもあるが、俺だけが悪いというのは…

そんな話ってありかよ…。納得がいかない!


一体、誰があんな嘘デタラメな物語を書いたのか…。誰か教えてくれよ…。』




「ある生物の戯言」~了~

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