ブランコ
そして陽は沈み、俺は宿泊所に戻っていた。
自分の部屋にはもう戻る事もなく、俺は隣の部屋の薄いベニヤドアを小さくノックした。
居るのは分かっている。
「隣のお兄さんだ。ここにお土産置いておくから、ちゃんと食べるんだぞ。お兄さん用事があって、もう他のところ行くから、お前達が食べないとゴミになっちゃうからな? あったかいうちに食べろよ? それじゃあな」
俺は持ち帰り用に包んで貰った賄い丼と野菜炒め、どっちも二人前ずつが入ったビニール袋をドアの前に置いて、その宿泊所を後にした。
別に部屋を出る必要はなかったが、あの幼い姉妹はいわゆる、優しさの代償を恐れていた。
お菓子あげる。そのかわり・・・・・・。
何か、そういった類いの悲惨な経験が過去にあったんだろう。
まあ俺いなけりゃ安心して気兼ねなく食えるだろ。
あの狭い部屋を出る事にだってなんの未練も無い。
俺ぐらいスケールのでかい男になると、もう屋根とか要らないからマジで。
街路樹の匂いが夜風に乗り、俺を通り過ぎる。
酒臭い大人達が笑い声をあげながら「もう一軒!」とか「カラオケカラオケ!」とか賑やかに俺を通り過ぎる。飲み会かな。
アサルトライフルを担いだ何処かの学徒部隊が「宿題やってねーよ」とか「ラーメン食べてこーよ」とか賑やかに俺を通り過ぎる。
男子二人女子二人のそいつらは俺を見ると笑顔で「お疲れ」と投げ掛けてきたから、俺も「お疲れ」と微笑んで返しといた。
このご時世、ガキどもの繋がりは中々気持ちがいいんだ。例え面識なくても、あんな感じで挨拶出来る。
ちょっとイイだろ? そういうの。
しばらく歩いてると、さっきのラーメン屋が目に入る。
お。ちょっと行列出来てる。この時間から混んでくるのか。
あの店なら混む。当然だ。
──この俺が認めたのだからなぁ!
やっぱり旨そうだったな、賄い丼。
チャーシュー、メンマ、味玉などのトッピングを、炒めたメシの上にずらりとのっける。
たまらん。また今度行った時に俺も食べてみようかな。
そういえばラスボスはもう帰ったのかな。
俺が店出る時も、なんか慌てて顔逸らして麺すすってたな。
まあどうでもいい。
ぼんやりと色々考えながら歩いていたら、いつの間にか俺は町外れの小さな公園に足を踏み入れていた。
夜の公園にはもう誰もいない。
──さて、金もほとんど無いし、ベンチでもあればソコで寝るかな。と、俺はベンチを探す。
まずブランコがあった。
「ふん、ブランコか」
下らん。だが乗ってやろう。
俺はブランコに腰を下ろし、ゆっくりと揺れながら夜空を見上げる。
静かだ。
地球上に居ようと、冷たい宇宙に変わりはない。ただ地面があるだけだ。
もう、あの幾億の星達を綺麗だと思える事も、俺には無いのだろう。
きぃ、きぃ、と寂しく揺られながら、俺は少し、考えるのをやめた。
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