ささやかなひととき (1577字)
What are little boys made of? (男の子は 何でできてる?)
What are little boys made of? (男の子は 何でできてる?)
Frogs and snails (カエル カタツムリ)
And puppy-dogs' tails, (それに 子犬のしっぽ)
That's what little boys are made of. (そんなもので できてるよ)
男と女はいわゆる幼馴染みだった。家が近所で、幼稚園が同じで、小学校も同じで、だから登下校の班も一緒で、おまけに女……その頃は少女と呼ぶべき彼女は、スカートよりもズボンを好む活発な性格で、となれば、彼らは自然と同じグループの遊び仲間だった。
鬼ごっこもしたし、虫取りもした。カエルを女の子に投げつけて悲鳴を上げられるなんていう悪戯の時でさえ、少女はカエルを投げる側にいた。
日に焼けながら、膝小僧をすりむきながら、全力で遊びきっては、ぱたりと眠る。あんたたち、子犬そのものだったよと、後年、母親が笑っていたのを覚えている。
確かにその頃、自分達は同じこどもであったはずなのになあと、男はぬるま湯を含ませた布で、女の足を拭いながらしみじみと思う。
男の手で一周できる細い足首、なだらかなふくらはぎは軽く叩くように揺らせば、ふるふると柔らかく震えて、男と同じ筋肉や脂肪がおさまっているとは思えない。昔は擦り傷が耐えなかったはずの膝小僧も、つるりと卵を剥いたように白くなめらかだ。
What are little girls made of? (女の子は 何でできてる?)
What are little girls made of? (女の子は 何でできてる?)
ズボンよりもスカートを好むようになって、小さなアマガエルを見てさえ叫ぶようになって、日焼けを嫌うようになって、そうやって、こどもであったことを辞めて、その代わりに、こどもとも、そして男とも全く違う、女の子というものに、女というものに、多分彼女はなったのだろう。
男は女の真っ白い、ただただ青いほどに白い生足に口づける。天井の照明にきらきらと黄金にそよぐ産毛をこそぐように舐める。ぴり、と舌が痺れたように一瞬思い、しかし辞めず舐め上げてから、口の中に溜まった唾液をごくりと飲み込むと、ふ、と甘い匂いが鼻をついた気がした。ボディソープが残っていたのかもしれないし、違うかもしれない。なぜなら、そうだ。
「Sugar and spice (お砂糖 スパイス)
And all that's nice, (それに 素敵な何か)
That's what little girls are made of. (そんなもので できてるの)」
歌が口をつく。女が気に入ってよく口ずさんでいたフレーズ。
そう歌っては、だから男に優しくしたり、だから男を弄んだりした、女によく似合いのマザーグース。
女の代わりに男は歌い、歌って喉が渇いている自分に気がついた。そこでペットボトルから一口水を含み、含んだところで、はたと、女にも水をやるべきかと思い至る。
そこで男は女の顔に自分の顔を寄せ、その乾いた唇を少しの間見つめると、やがて顔を背け水を床に吐き出した。間違いに気づいたのだ。
死に水をとるのは死者が渇きに苦しむことなく、安らげるようにと祈るためだという。
そして、生者にとっては、死者との最後の別れの儀式なのだという。
ならば、彼女は水を飲むべきではないし自分もまた同じだと、口の中に残った水の名残を唾ごとしつこく吐き出しながら男は思う。
女は男の得てきた長い渇きと苦しみを知るべきなのだ。安らぎなどあってはならない。満たされるなどあってはならない。男と同じように苦しむべきなのだ。そして、男は苦しむ女のそばで、同じように苦しむのだ。これまでのように、これからも。ならば、彼女にも、自分にも、末期の水など必要ない。
それでいいと呟いて、男は女の首から解いた縄で輪を作る。
〈2015.10.18 題目「三題『死に水』『マザーグース』『生足』」〉
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