腹痛

龍眼喰 仁智

第1話 朝、彼は腹痛に襲われた

通勤電車に揺られている。なのに腹痛だ。次に電車が止まったときに、飛び出して駆け込んで、いっそのこと楽になってしまいたい。


だがしかし、それはできない。この車両から降りた時点で、会社には遅刻確定。部長のネチネチとした説教から始まる朝だなんて、最悪の極みだ。避けたい。朝を気分よく迎えることは、その日一日すべての幸福度に直結する。


しかし、もう4日目なのだ。こいつは俺の腹の中に4日もいるのだ。そろそろ育ち過ぎているように感じる。腹の中でゴロゴロとなる。病院に行くべきだろうか。それも大層だと感じる。育ち過ぎたこれを生み出すことで死んだひともいるとニュースで見た。


会社の朝礼が終わったら飛び込むか。そうするか。それしかないか。


う、うぐぐぐぐ。ゴロゴロとしている。腹の中で、アレが転がりまわっている。なんて、ことだ。まずい。出てきそうだ。人前で、そんなことをするわけには。あれ、あれれ。でも、これ、ダメだな。もう、ダメだ。ダメすぎる。


ここで、もう出すしかない。


恥ずべきことだ。しかし、しかしだ。もう限界なのだ。ギュウギュウの乗客たちが、俺の腹を圧迫する。もう、堪え切れるものではない。こそっと、こそっと出してしまおう。そうだ。そして、駅のあそこで処理していけば、うん。そう、……ぐ、ぐぐ、もう、だめだ。


うん、産もう。


俺はそう決心したが早いか、持っているカバンで臀部をそっと隠した。ズボンの盛り上がりで誰かに悟られてはいけない。


んぐ、んぐう。で、でてきそう。あ、でて、でてきた。さすが4日目だ。デカい。デカすぎるほどだ。これは裂ける。無理かもしれない。大きく育ちすぎたコレがひとを殺すというの納得できる話である。


言うてる場合じゃない。


無表情をなんとか保ちつつ、いや、保てていなかっただろうが。無理やりソレを生み出すと、パンツに受け止めた状態のままで、俺は電車に揺られることにした。無心でいようとした。もう放心していた。


電車が目的地に到着する。俺は駅の分娩室に飛び込んだ。本来ならここで産卵するはずだった。俺はズボンに隠した、産みたての卵を取り出して、そっと卵置き場においた。


この卵は政府が預かり孵化させ育てる。俺もそうやって、この世に生を受けた。


駅から出て、羽を広げる。後は会社までひとっ飛びするだけだ。そういえば、他の星では猿を祖先とする人類もいるという。彼らは繁殖がやたらと難しい手順を踏まねばならぬために、今や絶滅の危機にあるそうだ。悲しいことだ。


我々のように、鳥を祖先とすれば、そうした危機はなかったろうに。


【完】

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