番外編4 椿と座席争い


 学院から二藍までの道のりはバスでの移動だった。

 一週間分の荷物を詰め込んだそれは死神の馬車みたいに見えた。

 とくに座席決めのクジ引きが最悪だ。座席をクジで決めるなんて馬鹿げた行為を思いついた輩をオーブンで焼いてやりたいくらいだ。

 案の定、クジを引いた瞬間に、脳天をぶち抜かれかけた。

 もちろん、引いたのは天河テリハの隣の席。

 僕を殺害するために衆人環視のもと殺人をおかすという強すぎる決意を瞬時に固めたのは、桃簾イチゲだった。

「すみません、先生。イチゲがご迷惑おかけしました……」

 乗り込んだバスの最後尾席で、桃簾は目にいっぱい涙をためてこっちを睨んで来る。

「あのさ……君たちって、ずっとそんな感じなの?」

「ええ、幼馴染なので……」

 テリハは疲れた表情をしている。胃が痛そうな横顔だ。

「私たちは同じ孤児院で育ったんです」

 確か、前にも似たような話を前にも聞いたな。

 竜鱗の適性は生後三か月もすれば明らかになる。そしてそのタイミングで、育児放棄も起こりやすいのだそうだ。

 なにしろその子を育てても将来は竜と戦う騎士になる未来がほぼ決まっている上、死亡率は他の職種より高い。

 家族でいられる期間の短さや未来のなさに絶望して、子を手放してしまう両親も少なからずいるのだ。

 ただ、親元から離れるメリットもある。

 施設に引き取られた子たちは、早い段階で戦闘訓練を受けられる。

 僕は声のトーンを少し落とした。

「それって……天藍と同じ施設?」

「いえ、それとは別です。私たちのいた施設は、適性が低い子たちも混ぜこぜでした。白鱗天竜は特別なので、専門のチームが育てたはずですよ」

「天藍はエリート中のエリートってわけか……でも君も八鱗騎士だろ?」

「私は後から伸びたのです。最初は五鱗がせいぜいだと言われてました。あの頃は楽しかったなあ」

 テリハは辛そうでもなく、とりたてて明るくするでもなく、なんでもない世間話をするような調子で話し続けた。

 写真もみせてくれた。

 大きく枝を広げた、美しい楡の木が生えた古めかしい建物を背景に笑い合う子どもたち……。泣き虫のマリーや読書家のウィレ、来年、学院に入学予定のシレム、裁縫が上手なケイナ、絵が上手なナルに歌手を夢見るマリオン……施設に通う子の名前や特徴は一通り把握しているらしい。

 親がいなくても、血が繋がっていなくても、家族だとテリハは言う。

 それは彼にとって悲劇とかではなく、普通のことなんだと、なんとなくだけど感じとれた。

「イチゲは小さい子たちから《お母さん》と呼ばれてました。夜に寝つけずにいる子を朝まで抱いて、あやしてやってたから。本当は誰よりも優しいやつなんです」

「うん……なんかわかるな。そういうイメージあるよね……イメージはね……」

 ただし、天河の傍にいないときは、という大前提が問題なわけだが。

 テリハは肩を竦めた。

「……マスター・ヒナガ、正直にお話しします。覚悟はできています。どうか、私を最終戦のメンバーに入れてください」

 僕は数秒、何も言えずに、テリハの切れ長の瞳を見つめていた。

 もちろん、彼がなんの目的もなく、僕に過去を話すとは思っていなかったけれど……。

「君って、けっこう強かだね」

 テリハは穏やかな表情で見つめ返すだけだ。

 たぶん、こいつはどうやったら試合に参加できるのかをずっと考えていたんだろう。クジ引きを提案したのもテリハかもしれない。

「どう考えてもキヤラたちは頭がおかしくて、危険だよ。それなのに試合に出たいの?」

「そうです。女王国を守るのは、異世界の者ではない」

 僕は背後を振り返り、彼が最も信頼を置いているであろう三人を盗み見た。

 それぞれ音楽をきいたり、窓の風景を見たりしているが、さり気なくこちらに注意を払っているような気がする。

「私は騎士として生まれ、戦うために育てられました。そのことに微塵の後悔も、疑念も無い。家族を守るために戦う、それが誇りであり生きる理由です」

 テリハの言葉は、まだ十代とは思えない。僕よりほんの少し年上だなんて信じられない、鋼の意志を備えていた。

「後に続く家族に正しい道を示さなければいけないのです」

 この若い竜鱗魔術師が戦う姿を見たとき、天藍に似ていると思った。

 圧倒的な強さ、魔術の巧みさ……。

 けれど今の印象はまったく違う。

 天藍も、百合白さんを守るために戦っている。守る、という目的は一緒だ。

 でも、うまく言葉にはできないけれど、何かが決定的に違う。

「……わかった。僕も、君たちと戦うことについて、合宿の間に考えてみる」

 及第点だろう回答を、出さざるを得なかった。

 あんな写真を見てしまったら、彼を見知らぬ他人だとは思えなくなる。それが人の情というものだ。

「私も全力で取り組みます」

 爽やかな笑顔を残し、彼はまっすぐに前を向いた。

 まっすぐ過ぎて、眩しいくらいだ。

 高い上背、雰囲気が大人びていて、年齢よりずっと頼もしく、人当たりもいい……なんだかピンとくるものがあった。

「君さ、施設で《お父さん》って呼ばれてなかった?」

「そうです、よくわかりましたね。何故か、みんなにそう呼ばれていたんです」

 つい笑ってしまう。

 でも……でも、この若すぎる父親は、家族を守ると誓った十代の若者のことは、誰が守ってくれるんだろう。

 そんなことをほんの少しだけ考えた。

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