第12話 審判(ジャッジ)

「……潤一郎……やっとあんたの役に立てた……」


 崩れ落ちるサラを潤一郎は両手でしっかりと受け止めた。


「サラ……どうしてこんなことに……一体何が……」


「……情けない声出すんじゃないわよ……わたしはすごく気分が良いんだから……やれることはすべてやった……あとは陽子が……何とか……する……」


 満足げな表情を浮かべるとサラは気を失った。

 ナースコールのボタンを押す潤一郎。緊急事態を告げるブザーが鳴り響く。


「無駄だよ。無駄! 無駄! どんな処置をほどこそうがこいつはもう助からない。忌々いまいましいクソガキの命はもってあと数分さ!」


 シャールは満面の笑みを浮かべながらサラを見下すように言った。そして、「今度はお前の番だ」と言わんばかりに舌なめずりをすると、私の方へと視線を向ける。


 その瞬間、シャールの動きが止まる。

 なぜなら、そこには、全身から怒りのオーラを立ち上らせた女検事伴 陽子の姿があったから。


『シャール……あなたは最低のクズ野郎よ。私があなたを裁く。あなたのルールに従ってね』


「そんなるき満々のオーラを出せば、僕がビビるとでも思ったのか? 最後の切り札サラを失ったお前に何ができる? 潤一郎がこの場を去ればイベントは終わる。その瞬間、お前は……あの世行きさ!」


『させない……絶対にさせない……思い通りになんかさせない……これから当事者尋問を行う。イベントの執行者であるあなたに対してね!』


「望むところさ! お前の手の内はすべて僕に筒抜けだってこと忘れるなよ。この死にぞこないが!」


 シャールの全身からどす黒いオーラが立ちのぼる。

 今まで感じたことのないような邪悪な気配があたりを包み込む。


 しかし、私は動じなかった。

 なぜなら、そんな脅しに頼るような連中をこれまで腐るほど見てきたから。

 そして、そのほとんどは私の手で追い詰めてやったから。


『サラちゃんは、あなたが能力を使ったとき、指を差してあなたの位置を言い当てた。間違いないわね?』


「違う。あれは偶然だ。サラの指が偶然僕のいた方を向いたに過ぎない」


 シャールは、この期に及んで、サラが自分の存在を認識したことを認めようとしない。


『じゃあ、質問を変えるわ。彼女は以前イベントに参加した。間違いないわね?』


「ああ、間違いない」


『そのとき、あなたは、自分が生命を自由にコントロールできることを誇示するため、バラの花を半分枯らすような能力ちからを使って見せた。それは事実ね?』


「どうだったかな……よく憶えてないよ。記憶にないね」


『あはははは! 本当にわかりやすいわ。クズ野郎の常套手段じょうとうしゅだんは』


「何だと……もう一度言ってみろ!」


 人を馬鹿にしたような、私の言葉にシャールが声を荒らげる。


『だってそうじゃない? クズ野郎は都合が悪くなると決まって記憶がなくなるんだから。今のあなたは、金のことしか頭にない、腐りきった政治屋にそっくり。自分が嘘つきで最低のクズ野郎だってことを認めているようなものよ』


「言わせておけば……虫けら同然のくせしやがって! お前なんか1秒あれば殺せるってこと忘れるんじゃないぞ!」


『あぁ~怖い、怖い。立場が悪くなると脅しに出るのも腐りきった連中と同じなんだから。さすがは8歳の女の子に正体を見破られただけのことはあるわね。死を司る神が聞いてあきれるわ。何がルールに基づいた法廷闘争バトルよ。相手に有利な状況証拠が出てきたらビビって逃げてるだけじゃない。3千年生きた割には人間が小さい……いえ、死神が小さいわね。あなた』


「人がおとなしくしてれば図に乗りやがって……ぶっ殺してやる!」


 内ポケットに手を入れるとシャールは死神の鎌を握りしめた。


『へぇ~殺すんだ。私を。でも、覚えておきなさい。あなたが私を殺した瞬間、あなたには「嘘つき&チキン野郎」のレッテルが貼られることを。そして、それは永遠に消えることのないレッテルだってことをね』


「わけのわからないこと言ってるんじゃない! そんなことあるわけないだろう! お前に『死人に口なし』って言葉を教えてやるぜ!」


 死神の鎌を両手で握り直すと、シャールは血走った眼で私を睨みつける。


『じゃあ、説明してあげる。人間の魂はあの世へ行ってもいつかまた生まれ変わる。それは、死神にも解明できていない、自然の摂理。この世に強い未練がある者は何度だって生まれ変わるわ。だから、私はこれからも「生」への執着心を持ち続ける。あなたに何度殺されようが生き返る。そして、できるだけ多くの人に、あなたが「嘘つきのチキン野郎」だってことを吹聴して回る。それはいつしか民間伝承に変わるわ。当然イベントのルールを司る者たちの耳にも入る。そうすれば、これまであなたが築き上げてきた、輝かしい功績は音をたてて崩れ落ちるの。それがいつかはわからない。ただ、あなたは「大切なものがいつ砂の城のごとく崩れ落ちるかもしれない」といった恐怖におびえながら長い年月を生きることになる。「おびえる死神」なんてとんだお笑い草ね』


 私の言葉にシャールは怒りの形相を顕わにする。

 殺意に満ちた視線が私に突き刺さる。


『最後にひとつ言っておくわ。私は。あなたが「虫けら同然」だってさげすんだよ。今のあなたは、その虫けらの尋問にビビって、記憶喪失の振りをして逃げ回っている「虫けら以下の存在」。どうする? 尋問を続ける? それとも私を殺して、永遠に「嘘つき」の「チキン野郎」の「虫けら以下」になり下がる?』


「シ~~~~~~~~ット! この僕を虚仮こけにしやがって! やってやる……やってやる……やってやるよ! 虫けらが二度とでかい口を叩けないようにしてやる!」


 身体を震わせながらシャールは大声で叫んだ。


『じゃあ、改めて聞くわ。あなたは、サラちゃんに対して、自分が生命を自由にコントロールできることを示すため、バラの花を半分枯らすような行為を行った。それは事実ね?』


「ああ、あのクソガキにイベントの説明をするとき、バラの花を使って僕の能力を見せてやった」


『私のときには、モミの木を使った、あの能力ね?』


「そうだ。ただ、勘違いするなよ。それでサラが僕の存在に気付いたなんてことにはならないぜ。なぜなら、あのガキは背後に痛みを感じたことで後ろを振り向いた。そして、それを僕の攻撃だと『推測』しただけだ。『同じ感覚を覚えた』なんて本人にしかわからない。なんなら詳しく本人に聞いてみるかい……? あっ、サラはもう虫の息でしゃべることもできないんだったな。これは残念」


 視線を逸らしてとぼけた態度をとるシャール。

 屁理屈をこねて証拠不十分で逃れようとしているのは明らかだ。


『わかったわ。じゃあ「参考人」を招致して意見を聞くことにしましょう』


「参考人……だと?」


『そうよ。実際にサラちゃんと同じ状況に置かれた者に話を聞いてみるの。死神の能力を受けたときと同じ感覚があったのかどうかをね』


「馬鹿も休み休みに言え。そんな奴、いるわけがないだろう? 自分が何を言ってるのかわかってるのかよ?」


 私のことを鼻で笑いながら、肩をすぼめて両手を左右に広げるシャール。

 そんな彼の態度をよそに私は淡々と続ける。


『参考人は……私よ』


「なんだって!? 参考人と検事が同一人物……僕を馬鹿にしてるのかよ!」


『至って真面目よ。あなたがサラちゃんに対して能力を使ったとき、ベッドにいる私もその余波を受けた。その感覚はモミの木を半分枯らしたときのものと同じだった。つまり、サラちゃんは、あなたが能力を使った瞬間、後ろにいるのがあなただってことを確信したのよ』


 一瞬言葉を失うシャール。

 しかし、依然として負けを認めようとはしない。


「そうだ……お前は嘘をついている……僕をめようとしている……を見せてみろ! できるわけないよな? それができたらサラの話も信じてやるよ!」


『あら、そんなの簡単じゃない』


「なん……だと?」


 私の自信に満ちた答えにシャールは虚をつかれたような表情を見せる。

 私はサラリと言い放った。


『私の考えが100%読めるんでしょ? じゃあ、好きなだけ読んだらいいわ――私が嘘を言っているかどうかを』


 その瞬間、シャールは崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。

 そして、がっくりと肩を落とした。


『もうひとつ尋問するわ。あなたは、サラちゃんがハッタリをかましている理由として『彼女の考えが読めること』をあげた。それで間違いないわね?』


「ああ、間違いない」


『でも、あなたは、サラちゃんが捨て身の作戦をとっていることに気が付かなかった。もし彼女があなたの能力をわざと受けるよう挑発していることに気づいていたら、あなたは彼女に能力を使わなかった……つまり、あなたは私に虚偽の回答をした。そういうことになるわね?』


「ああ、契約している相手の声は筒抜けだけど、それ以外の人間の考えを読むことはできない。あれは嘘だ」


『ということは、結果としてサラちゃんは妨害行為を行ってはいたけれど、あの時点で、あなたはサラちゃんの妨害行為を立証していなかった。にもかかわらず、彼女を傷つけて殺そうとした。これは運営規則で認められているものではない……と言うより、死期が来ていない人間を死神が手に掛けようとした行為は許されるものではない。よって、あなたにはサラちゃんのケガを回復させる義務がある。そういうことよね?』


「ああ、そのとおりだ。サラは、妨害排除権に基づき今の状態にある。それが無効だとすれば、もとの状態に戻さなければならない。死神の能力をもってすれば、それは可能だ」


『以上で尋問を終わります』


 私の言葉が何かの合図であるかのように、シャールはゆっくりと立ち上がる。

 そして、悔しさを噛みしめるような表情を見せる。


「さすがは死神に選ばれた女だ。そんなの2人を相手にするのは骨が折れたよ。今回は僕の負けだ。ただ、次はそうはいかない。サラにも伝えておいてくれ」


 シャールが死神の鎌を高々と掲げると、やいばの部分からまばゆい、黄色の光が溢れ出す。それは見る見る間に無数の小さな光の粒に変わり、シャールのまわりを高速で回り始めた。光のうずは少しずつ大きくなり私とサラをすっぽりと飲み込む。光の中で垣間見たシャールは、タロットカードに描かれている死神――骸骨がいこつの風貌へと変わっていた。


 死神の鎌が私目掛けて勢いよく振り下ろされる。


★★

 瞳に真っ白な天井が映る。

 ベッドに横たわる私の身体からは無数の管のようなものが伸びていて、それはベッドの脇で無機質な電子音を奏でる機械へとつながっている。ここは病院の一室に間違いない。母と父、そして、潤一郎とサラがいる。やはり夢ではなかった。潤一郎の顔を見たら涙が出そうになった。


 私のほおを一筋の涙が伝う。


「涙が……出てる……」


 思わず声が漏れた。口が動く。目も、首も、手も、足も……私の身体が動いている。


 上半身を起こすと、みんなが目を丸くして私のことを見る。数秒後には、どの顔も涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった。たぶん私も他人のことは言えない。美人検事の面影は消え失せているのだろう。


 みんなが私を囲んで泣きながら笑っている。言葉もなくただ頷いている。

 不意にサラが私に向かって小さくウインクをした。


「お父さん、お母さん、潤一郎、サラちゃん、ありがとう。それから……メリークリスマス」


 少し遅い、私のクリスマスが始まりを告げる。



 つづく

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